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読書日記『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』 ~能力主義の呪縛から抜け出し、多様な背景が交差する学校をどう描くか~

『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』(著者:勅使川原真衣(編著)、野口晃菜、竹端寛、武田緑、川上康則、出版社:東洋館出版社、出版年:2024年)を読んでの教育行政・学校経営の視点からの読書日記です。

息苦しさの根っこにあるもの

現在の学校現場が抱える息苦しさや閉塞感の根本原因はどこにあるのか。本書は、その問いに対する一つの明快かつ重い答えを提示している。それは、現代社会に深く根ざした「能力主義(メリトクラシー)」という原理である。

教育行政や学校経営に携わる立場として、現場で日々生じている様々な課題を、教師や子供という「個人」の資質や能力の問題に帰結させるのではなく、システムとしての「構造的な視点」から捉え直すための極めて重要な視座を得た。

「ふつう」という基準が排除を生む

学校という空間においては、しばしば「これくらいはできるべき」という一元的な基準―マジョリティにとっての「ふつう」―が暗黙の前提として設定されている。能力主義のもとでは、この基準から逸脱する子供は「支援が必要な対象」とみなされ、やがては通常学級から別の場へと排除(エクスクルージョン)されていく力学が働く。

学校における支援が、環境の障壁を取り除く「社会モデル」のアプローチではなく、マジョリティの枠組みに子供を同化させるための訓練になりがちであるという本書の指摘は、非常に耳が痛い。「○○さんはできているのに」といった終わりのない序列化の仕組みに巻き込まれることで、子供たちは「できないのは自分の努力が足りないからだ」という自己責任論を内面化させられ、自ら声をあげる主体性を奪われている。

教師もまた傷ついている

この能力主義の刃は子供だけでなく、教師自身をも深く傷つけている。「クラスをきちんとまとめる」「スムーズな学級運営をする」ことこそが優れた指導力であるという強烈な規範が、教師に過度なプレッシャーを与えている。

この同調圧力と不安が、統率を乱す子供に対する恐怖や焦りを生み、管理や統制を強める「教室マルトリートメント(不適切な関わり)」へと繋がってしまう。これは決して一部の未熟な教師による属人的な問題ではなく、システム自体が内包する構造的なリスクである。評価と評判に縛られ、防衛的にならざるを得ない教師たちを、いかにして「指導力」という呪縛から解放し、心理的安全性のある職場環境を構築するかが、学校経営の大きな課題であると痛感させられる。

「生存者バイアス」と特権性への気付き

本書の対話を通じて最も強い自省を迫られたのは、環境に適合できた側(マジョリティ)が無自覚に抱え込んでいる「生存者バイアス」と「特権性」への気付きである。今の自分がうまくやれている状況を、自らの努力や高い能力の賜物だと錯覚しがちだが、実際には、たまたまその環境のルールや仕組みに自分の特性が適合しやすかったという「偶然性」に支えられているに過ぎない。

この偶然性を忘却したとき、個人の成功体験は他者への抑圧へと変貌する。「自分はこれでやってきたのだから、みんなもできるはずだ」という基準の絶対化が、相手の背景にある非対称性を想像する力を奪うのである。

「あなたのため」という言葉の危うさ

特に留意すべきは、この抑圧がしばしばパターナリズム(父権主義・温情主義)と結びつき、「社会に出たら困るから」「あなたのため」という善意の衣を着せて行われることの危うさである。立場の強い者が、本人の意思や特性を無視して自分のモノサシを強要することは、相手を深く傷つける暴力性を帯びる

「あなたのため」という言葉が、実はマジョリティにとって都合の良い形に相手を矯正するための免罪符として機能していないか、常に足元を疑う必要がある。管理職や教育行政という、権力を持つ立場にある者ほど、この無自覚な暴力性に敏感でなければならない。

求められるのは「治す」ことではなく「変わる」こと

真にインクルーシブな教育環境を実現するためには、マイノリティである子供を枠にはめて「治そう」とするのではなく、マジョリティである大人側の眼差しや、学校のシステムそのものを柔軟に変容させていくパラダイムシフトが求められる。それは、個人の能力を切り取ってアセスメントすることではなく、関係性の中で生じる事象の背景にある合理性を丁寧に解きほぐしていく作業である。

管理者としての足元を問い直す

現場の教師たちが抱える葛藤や不安を安易に否定したり、即効性のある解決策で蓋をしたりすることは避けたい。誰もが「ふつう」を強要されず、異質な他者と共に過ごす協働的な学びを保障するためには、組織内に生じる摩擦を恐れずに対話の機会を確保することが必要になる。

管理者として、自身の特権性を常に問い直しつつ、既存の強固な枠組みに少しずつ風穴を開け、多様な人間が息づくことのできる環境の整備に向けて、地道な実践と検証を重ねていくほかない

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