読書日記『心理的安全性のつくりかた』
『心理的安全性のつくりかた』(著者:石井遼介、出版社:日本能率協会マネジメントセンター、出版年:2020)を読んでの教育行政・学校経営の視点からの読書日記です。
「心理的安全性」という言葉は、教育の世界でもずいぶん広がった。けれども、その言葉が広がるほどに、私はどこかで少しだけ警戒もしていた。何でも言いやすい雰囲気、温かな人間関係、安心して働ける職場。もちろんそれは大切である。だが、本書の言葉を借りれば、それは単なる「ヌルい職場」になってはいないか。表面上は穏やかなのに、言うべきことが言えない学校。人間関係は悪くないのに、新しい挑戦が生まれず、同じことが静かに繰り返されていく職場。本書は、その違和感の正体を、かなり丁寧に言葉にしてくれる一冊だった。
本書を読んでまず強く印象に残ったのは、心理的安全性とは、単なる「やさしさ」や「仲の良さ」ではなく、チームが成果に向かって学び続けるための条件だと捉えている点である。著者は、心理的安全性と「仕事の基準」の掛け合わせで組織を分類し、目指すべきは双方が高い「学習する職場」だと明確に述べている。この整理は、学校経営を考えるうえでとても重い。学校にとっての成果とは、数字だけでは測れないとしても、少なくとも子供の学びや育ちに関わる何かを少しでもよくしていくことだろう。そのために必要なのは、波風の立たない職員室ではなく、違和感を言葉にできる職員室であり、困ったときに助けを求められる関係であり、失敗を隠さず次に生かせる文化である。子供のため、学校のために、必要なことを責任をもって率直に出せること。その意味での安全性なのだと思う。そう考えると、心理的安全性とは、組織を甘くする「妥協」ではなく、むしろ組織を学習する集団へ変えていくための、かなり厳しい条件なのだと感じた。
学校には独特の静けさがある。会議で何か引っかかっても、今さら言わなくてもよいかと飲み込む。若手が困っていても、みんなそうやって覚えてきたのだからと見過ごしてしまう。前例に疑問があっても、年度途中で変えるのは難しいと自分を納得させる。大きな衝突は起きない。けれども、その静けさの中で、組織は少しずつ学ぶ力を失っていく。本書では、対立を避けるのではなく、意見の対立を業績のプラスに変える「健全な衝突(ヘルシー・コンフリクト)」の重要性が説かれている。学校に必要なのも、単なる安心感ではなく、この「健全な衝突」を受け止められる強さではないだろうか。意見の違いを不協和音として消すのではなく、よりよい実践への入口として扱えるかどうか。そこに、学校が変わるかどうかの分岐点があるように感じた。
本書で示される日本版・心理的安全性の4因子「①話しやすさ」「②助け合い」「③挑戦」「④新奇歓迎」という整理も、学校の現実にそのまま重なる。ただ、私には特に「②助け合い」が深く残った。学校では、助けを求めることが、どこか弱さの表明のように受け取られやすい。管理職も、教職員も、教育委員会も、「わからない」「困っている」「手が足りない」と言うことに、ためらいを抱えがちである。しかし、本来それを言える組織の方が、はるかに健全なはずだ。助けを求められない学校ほど、問題を抱え込み、表に出てきた時にはすでに深刻になっている。事故対応でも、生徒指導でも、初期の小さなサインを出せるかどうかが、後の大きな差になる。心理的安全性とは、困りごとをなくすことではなく、困りごとを早く出せるようにすることなのだと、あらためて感じた。
さらに本書のよさは、心理的安全性を気分の問題で終わらせず、「きっかけ→行動→みかえり」という行動分析の問題として捉えているところにある。これは教育行政にもそのまま返ってくる。どれだけ「率直に話し合える学校づくりが大切です」と理念を掲げても、相談を受けた側がどんな「みかえり(リアクション)」を返すかで、現場の行動は決まる。 うまくいかなかった実践を報告してくれた時、責めるのか、学びに変えるのか。困り感を出した人に、どんな表情で返すのか。組織文化は、立派な理念でできるのではなく、日々の小さな応答の積み重ねでできていくということである。
教育行政の立場から読むと、本書は学校への助言である以上に、自分たち自身への問いにもなる。学校にもっと早く相談してほしい、率直に共有してほしいと思うなら、まずこちらが、相談したくなる相手であるかを問わなければならない。言えば仕事が増える、共有すれば責められる、挑戦すれば失敗だけが残る。そうした経験が積み重なれば、組織は静かに口を閉ざす。本書は、心理的安全性を語る前に、自分たちがどんな反応を返してきたのかを振り返るよう促しているようだった。
読み終えて残ったのは、よい学校とは、単に穏やかな学校ではないということである。少しの勇気で出された言葉が、ちゃんと受け止められる学校。助けてほしいという声が、弱さではなく責任感として扱われる学校。うまくいかなかった実践が、失点ではなく次の学びの材料になる学校。そうした学校は、派手ではないかもしれない。だが、静かに強い。本書は、その強さがどこから生まれるのかを、丁寧に教えてくれた。
学校は、子供のための場所である。だからこそ、そこで働く大人たちが、学び合える関係の中にいることは、決して脇役の話ではないのだと思う。心理的安全性とは、職員を甘やかすための言葉ではなく、子供の学びを支える組織の土台をどう耕すかという問いなのだろう。大きな改革の前に、まず一つの言葉の返し方を変えること。そこからしか始まらない変化も、たしかにあるのだと思う。
