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西山麻由子の超短編③必殺デモンストレーター

③必殺デモンストレーター


        

                     作:西山 麻由子
 
 今日も一日タフな日だった。スーパーでのデモンストレーションの仕事。今日はサントリーの新ジャンルビール『頂』の宣伝販売促進の仕事だった。
 朝降っていた雨も止み、午前中のお客さんの入りもボチボチだったのに、お昼前に売れたのは、6本1パック615円(税抜)のみ。なんと少ない。これでは先が思いやられる。重い足取りでバックヤードに抽選会の景品を載せたカートをしまい、気分一新お昼ごはんをとることにした。
 最近急激に太ってしまったので、ここのところお昼はブランの健康補助食品のみ。レモン味とメープルシロップ味を2枚ずつ、4枚食べ、サントリーのボスの缶コーヒーで軽く済ませた。トイレに入り、歯磨きをし、化粧を直し、従業員出入り口を出て、スーパーの前の隅のタバコを吸える場所でタバコを2本吸った。
 気分が落ち着いてきたのでベンチに座り、会社にメールで午前中の売り上げ報告をした。ひと段落ついたので、携帯でYou TubeのいきものがかりのYellを観て少し元気を取り戻した。
 午後は頑張ろうと気をとり直して、従業員出入り口を入り、休憩室へ行き、自販機でクリスタルガイザーを買い、喉を潤し、エプロンと三角巾をしてポケットに必需品を入れ、身なりを整え一階に降り、カートを押して、よし、と気合を入れて売り場に戻った。
 スーパーでのデモンストレーターの自由度は高い。売上をあまり求められることもなく、責任者や担当者や店長もうるさくはない。ほぼ任されている状態で、自分なりに責任を持って業務に取り組める。
 私はかなり声を出すほうだが、煙たがられないように周りへの配慮はしている。店内アナウンスがある時には絶対に声は出さないし、店員さんを尊重してあまり目立ちすぎないようにしている。周りとうまくやっている、といえばそれまでだが、何においても大事なのはお客様で、ひたすらお客様に興味を持ってもらえるようにメーカー名と商品名は大きな声で言い、それから商品説明をする。お客様とのコミュニケーションは楽しくもあり、腕の見せどころ。お買い上げいただけるように抽選会の景品を説明して興味付けをして、いかに力を入れて売り出している商品かを述べ、会話のキャッチボールをしながら買い上げてもらう。
 午前中に来て、車じゃないと持って帰れないので午後から来る、と言っていたおじさんが車で来てくれた。プレミアムモルツ2本1パックの1等賞を2パックくれたら2ケース買ってくれると言ったのであげたら、2ケース買ってくれた。副賞のグリコのグラッツを10袋あげたら喜んでくれた。笑顔が嬉しかった。売上は一番だが、何よりお客様に喜んでもらえることが喜びで、達成感のみならず、幸せな気分になる。
 その後客足が減り、午後4時くらいまで我慢の時間が続いた。4時を過ぎると夕食の支度の買い物をするお客様が増え、店内も活気づいてきた。それでも『頂』は男性を顧客にする商品ということもあり、女性客は振り向いてくれそうもなかった。50代後半くらいの女性のお客様が1人500mlの6本1パックを買い物かごに入れているのを見て、あわてて抽選会の説明をし、副賞のグラッツを6袋あげたらとても喜んでくれた。
 いよいよ佳境に入り、身体も無重力状態になり、言葉も滑らかになり、ひたすら商品をアピールし続けたら。350mlの6本1パックが6パック売れ、時間終了。まずまずの出来。満足には程遠いがとりあえずやり遂げた達成感で、バックヤードで片づけをした。
 もう1人店内に入っていたデモンストレーターのお兄さんがカフェオレを飲ませてくれた。美味しいので、「ボスのラテベースですか?」と聞くと、「香川のサントウコーヒーです」とのこと。「ありがとう。今度買います」と挨拶し、担当のおじさんにハンコをもらって、身づくろいをし、退店時間を記入し、従業員出入り口を出た。
 外はどしゃぶりの雨だった。雨宿りをしている人も多く、困ったなと途方にくれている。自転車で来なくて良かった、と傘をさしてタバコを吸った。あまり売れなかったので、店内に入り350mlの『頂』を1本買い、家路を急いだ。
 
 夕食は脂ののりすぎていない長崎産のあじの開きと高知産のフルーツトマトと小松菜の味噌づけだった。疲れすぎていたのでビールを3缶も空けた。酔いが心地よく身体に染み渡る。労働の喜びを感じるのはそんな時だった。
 シャワーを浴びて12時には睡眠薬を飲んで床についた。眠れない。脳が活性化して睡眠薬が効かないのだ。仕方ない、と諦めて、風呂場に行きタバコを吸い、キッチンでウィスキーを飲みながら高知の塩ケンピを食べた。
 You Tubeでララ・ファビアンのアダージョを聴く。ハスキーで憂いを帯びた奥行きのある魅力的なボイス。ベルギーの高等音楽院を出ただけの実力と麗しい容姿を併せ持った女性。心が凪いできたので、眠りにつくことができた。
 次の日の朝は7時に目が覚めた。庭でタバコを吸い、コーヒーを飲みながら朝刊を開くと、ananのキンキキッズ20周年記念特集の宣伝がバーンと出ていた。スーパーは9時に開くので、スマホでメールを見たり占いをしたりして時をかせぎ、8時40分になったので化粧をしてスーパーに行った。
 かねてから欲しかった山田涼介くんが宣伝している香味ペースト。高かったけれど思い切った買うことにした。身体を整えるためメンテナンス用に渋栗のモンブランを購入。あいにくananはおいてなかったので、きれいなピンクといイエローのバラの花を買うことにしてレジで精算した。スーパーを出てコンビニに行くとananがあった。ようやくゲットして満足して家に帰った。
 身体がもたないと悲鳴をあげていたので、急いでモンブランを食べた。甘くほろ苦い大人の味。美味しかった。スイーツはやめられない。コーヒーを飲みタバコを吸った。自分の部屋に行きananを開いた。大人になった剛君と光一君がいた。渋い大人の貫禄と美しさに心満たされ、買ってよかったと嬉しかった。
 リビングに行くと私宛の封筒があった。フジ主催、House協賛の『あしながおじさん』のミュージカルペアチケットに当選したようだった。1階の24列。広いひめぎんホールでは良い席だ。
 労働のごほうびとありがたく思い、さっそくカレンダーに『あしながおじさん』と記入した。

                               (完)

#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門

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