あいさつの「あい」は「愛」でした💕naomiさんの作品を読んで…
まずはこの文章を書くきっかけとなった、こちらの記事の作者naomiさんに感謝の気持ちを贈ります。(是非ご覧下さい。とっても素敵なお話しです!)
毎朝子供さんたちに安全な登校をと、6年間も見守りと挨拶を続けられたnaomiさん。
最初は子供からの挨拶をしてくれないことに目を向けていたnaomiさんはある日を境に気持ちが変わります。
この文章を読んだ途端、かつての私のモヤモヤの答えがnaomiさんの文章にあった!と、ひらめきました。
直感の赴くままに気づけば私は初めましてのnaomiさんに対して、私の作品で紹介させて貰えますか?とメッセージを送っていました。
そして快くお許しのお返事!
本当にnoteでの出会いって偶然じゃないんですね!
さて私のモヤモヤは何かと言うと…
それは長男が中学1年の時に遡ります。彼は小学6年から不登校を選びました。小学校の卒業式は欠席。(私が校長室で卒業証書を貰いました)中学の入学式はその日だけなぜか出席、次の日から中学3年の始業式前日まで再び家に篭りました。
中学のPTA活動には朝校門で親が立って挨拶をする。というものがありました。
不登校の子供の親にも容赦なく当番が回ってきました。
登校時間は数人のお母さんが校門でタスキ(書いてる内容は忘れましたが)をかけて先生と一緒に並んで挨拶をするのです。
挨拶の相手は絶賛思春期真っ最中〜の子供達。
伏目がちの彼らからはこちらが思うような挨拶など返って来るはずなどありませんでした。
始業時間のチャイムを合図に当番の役目は終了。私達には感想を書くノートが手渡されました。
皆さんどんなことを書いてるのかな?と過去の書き込みを見ていると、どれもほぼ全て挨拶の無いこと、挨拶はあっても声が小さいと批判ばかりでした。
はぁ〜。私はため息をつきそうになりました。
まぁ、昭和の親はそう思うよね。
挨拶は大切(特に目上の人に対して)。
挨拶は元気良く大きな声で。
ルールに縛られた昭和らしい価値観。
でも、時代は平成。
もうそろそろこの価値観はどうにかならないのかな?と思う私がいました。
当番の親は朝の忙しい時間に学校へ来るわけです。人によっては出勤時間の段取り、兄弟の登校時間のやりくり、いろんな事情に折り合いをつけてこの時間を作っていることでしょう。
そして私以外、おそらく自分の子供は当たり前に登校していたと思います。
もうこんな挨拶当番だなんて。
そんな思いから挨拶したところで子供からは期待する挨拶は無し。批判的な感想が出るのもわかる気がしました。
ただ学校に来れるだけでそれ以上何を望むの?
しかも時間通りに登校出来てるよ?
元気な挨拶ってそんなに大切?
それが当時の私のモヤモヤでした。
変わってnaomiさんの記事に戻ります。
naomiさんも当初子供から挨拶が返って来ないことを不満に思われます。ただnaomiさんの素晴らしいところは、そこから視点を変えたことでした。
子供にも色んな事情があるのだろうと想像力を働かせます。
その日から子供1人1人の幸せを願いながら声をかけるようになりました。同じ挨拶でも伝える気持ちは全然違うのですね。
naomiさんの思いは挨拶の声に乗り子供の心に届きます。お手紙を書いて渡してくれる子供が出てきました。なんて素敵な話しでしょう!
挨拶が無いと不満を口にすることは簡単ですが、そこから一歩踏み出して相手の幸せを願って挨拶(愛)を与える行動へ。
当時の私にはそこまでの視点の広さはありませんでした。
この思いが必要だったのだと、今回のnaomiさんの文章を読んで気付かされました。
当番で立つ親は挨拶をしたという事実だけで、校門をくぐる1人1人にその日の安全や幸せを祈っていなかったのだと思います。
だから批判的な感想しか出なかったのでしょう。
私も批判的な感想はなんか変?
までは思えたのですが…。
私が当番の日、ノートに書いた感想は
「時間通りに登校出来てることはすごいです」
だったような気がします。
それは当時の私の精一杯の抵抗でした。
他の親と同じように、声が小さいとか挨拶がないという批評だけは絶対に書きたく無かった。
学校に来ている事実は当たり前じゃないんだ凄いことなんだ。と言いたかったのです。
その後息子は紆余曲折ありながらも高校へ進学、大学も紆余曲折ありながらも卒業しました。
やはりと言うか、サラリーマンには興味が無かったようで就活はパス。
今は好きな世界で自分で仕事を始めています。
まだ軌道に乗るまでは行かないので親元での生活です。
親として不安になりそうですが、私はnoteで学びました。
まずは私自身を大切にして、もうそうなっていると思える生活を想像すれば良いのだと。
そうして私は自分の好きな文章を綴ることが出来るnoteの世界に身を置き、もう息子は独り立ちしてると想像し、わくわくして生活することに決めました。
そんな日々に偶然にもnaomiさんの今回の文章に出会えました。(前日には息子と朝からいざこざまで起こしてしまってました)
違和感を持った、あの朝の出来事を再び思い出しました。
確かにあの頃生きてさえいてくれれば良い。と思っていた私。
挨拶なんか出来なくても良いのに。何を大人は期待してるんだ。とモヤモヤしていた私。
naomiさんの心温まる文章には挨拶のあいには「愛」が必要なこと。そこに気づいた私は初心に戻れました。
息子の元気な顔を目の前で見れる今に感謝しよう。
挨拶には愛を込めて、日々生活して行こうと気づかされました。
こうしてnoteに出会えたのもずーっと遡って行くと、息子の不登校の日があったからです。
またそんな息子とのことについてもここで少しずつ綴って行けたら…と思っています。
最後に再びnaomiさんとの出会いと、naomiさんと出会えるきっかけとなったRuiさんへ。
愛溢れるお2人に、感謝の気持ちをお伝えして終わりたいと思います。
読んで下さってありがとう。
出会えたご縁に感謝。
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最後まで読んで下さりありがとうございます🍀