信用創造2:ジャイアンの詭弁と落語の「壺算」

ジャイアンの詭弁
ドラえもんの中に、こんな話があります。
ドラえもんとのび太くんが、100円と50円のアイスを買います。
そこにジャイアンが来て、「1つ売ってくれ」と言い、50円払って50円のアイスを受け取ります。
でも、すぐにジャイアンは戻ってきて、
「やっぱり100円のにかえてくれ」と言って、
50円のアイスを返して、100円の方をもらいます。
のび太くんが、「あと50円はらってよ」と言うと、ジャイアンは、
「お前頭悪いな。はじめに50円払って、今50円のアイスを渡したろ。
合計100円払ったことになるじゃないか」
と言って、のび太くんは反論できなくなり、100円のアイスを50円だけ払って持っていくのです。
ジャイアンの詐欺みたいなお話ですが、これは古典落語に「壺算」という元ネタがあるようです。
壺算
値切り上手な兄貴分と弟分が、いっしょに壺を買いにいきました。
店には大小の壺がありますが、小さい方の壺3円50銭を3円に値切って買って店を出ます。
けれども、2人はすぐに店に戻り
「やっぱり大きい方にする」と言います。
店主が「大きい方は2倍の値段です」と言うと、
「さっき3円払ったから、倍なら6円だろう」と強引に値切ります。
そしてさらに
「この小さい方の壺を下取りしてくれるよな?これが3円、さっき払ったのが3円、合計6円払ったことになる。勘定あってるだろう」
と言います。
店の主人は混乱して「足りない」と言いますが、
2人組はそろばんで「ちゃんと6円になる」と押し通して、大きい方の壺を持って帰ります。
最後に店主が「この勘定はなんというんですか?」
と聞くと、2人組は、「これは壺算というのだ」とオチをつける、
というお話です。
信用創造と似てるよね?とAIに聞いてみた
この2つのお話は、前の投稿で書いた「信用創造」とちょっと似ています。
似ている点は、会計のトリックで、同じお金を2回カウントし、2倍の価値にしている点です。
銀行の場合、簿記(複式)の仕組みで、同じお金を「資産」と「負債」の両方にカウントし、数字上の価値を拡大させます。
ジャイアンや壺算の場合、それは詭弁とよばれ、信用創造は銀行への信頼とよばれます。
明確にだれかに損をさせる壺算やドラえもんのアイスの話とは違い、信用創造の場合は、それによって誰かが明確に損をするということではなく「経済を拡大させる」「お金がふえる」という良い効果があるということになっています。
誰かに同意してほしかったので、
AI(Grok)に「壺算と信用創造は似てるよね?」と聞いてみると、
ネットの世界を漂う情報分析のアルゴリズムの集積であるAIの答えは、
「簿記のトリックで、実体を伴わない価値を創出するという点で感覚的にとても似ています。」
「壺算は’信用の悪用’で、信用創造は ’信用の制度化’ で、合法です。」
ということです。
信用創造は、流通するお金をふやして、合法。
経済を活性化させることができる。
信用創造自体は、害悪ではないという方向でした。
信用創造、つまり貸付でお金をふやす権限を持った機関(銀行など)が、無から作り出したお金を、別の人に「どうぞどうぞ、お使いください」と差し出すということです。
(これを、この世界に流通しているお金は、じつはほとんどが誰かの借金だ、と表現をする人もいます)
「ただし、1年に**%のお金使用料(利息)を払ってくださいね。払ってもらえないなら、財産(など)を差し押さえます」
とした場合…
そのお金を使う側には何が起きるでしょうか?
たとえば、住宅ローン。
2500万円の家を30年くらいのローンで買うと、ざっくりといえば、合計5000万円くらいの返済をすることになります。
ローン完済後にその家を売るときに、5000万円以上に値上がりしていなければ、その家に関して言えば、「損をする」ことになってしまうのです。
そしてそれは、実際には全部のことにあてはまります。
つまり、商いにせよ、住宅取得にせよ、その「事業」は「成長」しつづけなければ、お金を返せない、もしくは「損をする」ことになります。
そういったいろいろなことがあつまって、この社会はできているのです。
「経済成長しなければならない」理由の原点は、「利息」にあるのではないでしょうか?
一方、この世界には「利息をとらない」金融世界というのもあります。
それについては、また別の項として、綴ってみたいと思います。
