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三途の川の此岸から


photo by Mayu Tsuruta

三途の川の此岸から


昨日まで当たり前にあったものが
今日はない

しんと静まり返った部屋で
昨日までいたものの不在を感じる

そこに存在していたという証は
記憶の中にとどまり
記憶の中で生き続ける

わずかに残されたものが
昨日までそこにいたという気配を残す

しかし、それもやがて
時間と共に消えてゆく

記憶の忘却は時に人を助ける
忘れたい気持ちと忘れたくない気持ちが交差する

手放したくないのは自分だと気づく
手放したら消えてしまうような錯覚を覚える

寂しさが感謝に変わる時
心に空いた穴は温もりで満たされる



愛犬のカカがいなくなって一月が経つ。
一人で部屋にいたくなくて、ついつい用事を作ってしまう一月だった。
小旅行に出かけ、カカを忘れていると、思い出した時に少し申し訳なさを感じる。

でもきっと、カカはそんなことは気にせずに、さっさと天に上がってしまっているのだろう。寿命を全うしたし、もともと猫犬だったので自分のペースで天にあがり、命の泉への道のりを歩んでいる最中なのだと思う。

遺影と遺灰が飾られた祭壇にお線香を灯し、おりんを鳴らす。

「すみませーん。お話したいので、ちょっと降りてきてくださーい。」

すると、夫が横で

「以外と遠いんで、そうそう呼び出されても大変なんですけどー。こっちはこっちでやることあるんでー」

とカカの言葉を代弁する。
そうだよねwきっとそう思っているよねwww

こちらは三途川の此岸までカカに付き添ったこともあり、体がまだ現実に着地しきれていていない。心の真ん中が空洞になっているうちは、まだそこと繋がっているのかもしれないな、と思う。そうか、まだ此岸から三途の川を渡って命の泉へと向かっているカカの後ろ姿を見送っているのかもしれない。そう考えると寂しいけれど嬉しくもあり。

ま、カカさん、まだ一月だから、面倒くさいとは思いますが、もう少しお付き合いくださいな。49日が過ぎたら遺骨は森羅万象へとお返しいたします。そして、その時には私の心の中にある寂しさも一緒に森羅万象の中へ溶けていきますように。


*長い間ご購読頂きありがとうございました。
最後の回が楽しい話題で終われなかったこと、すみません。
でも、私の中には常にあの世とこの世の間の感覚があります。
その場所に身(魂)を置くことが好きなのだと思います。
その現実から少し遠く離れた場所に安らぎを覚えているのです。
その場所から現実を眺めると、少し違った見え方がします。
自分の人生に、現実世界に物語性が浮かび上がってくるのです。
全てのものはマーヤ(幻想)です。
物語をどう紡いでいくのかはあなた次第です。
電気信号により浮かび上がる世界を、流れるように旅し、素敵な音を奏でてまいりましょう。「旅をしながら詩(うた)を奏でる」とはそういう意味だったのかもしれません。

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流れゆく景色を眺めながら心に浮かぶ言葉を紡ぐ。物理的に移動する旅もあれば、たったひとつの言葉から心の中の風景が流れることもある。その気にな…

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