もう一度仙人に会いたい
仙人は大学前のカラオケ屋で働いていた。私が吹奏楽部の定期演奏会の打ち上げでカラオケ屋に流れ着いたとき、カウンターの向こう側から「よっ」とフランクな挨拶をされたので誰かと思ったら仙人だった。相変わらず無精髭が汚いが、ここではそれが許されているらしい。
仙人というのはもちろんあだ名なのだけど、私はそれが彼が学生にしては老けた容姿だったからなのか、大学8年生だからそう呼ばれていたのかを知らない。でもやけに澄んだ目をしているところや、そう呼ばれても気にする素振りを見せない世俗への無関心ぶりは仙人そのものみたいだった。
「ニーシーリーベンレン、マー?」
「ウォーシー、リーベンレン!」
私がまだまじめに講義に出席していた大学1年生の時のこと。私と一緒にお互いが日本人かどうかを中国語で確認し合うパートナーとして出会ったのが仙人だった。
大学生というのは体格こそどの学年も変わらないが、漂う風格でその人が何年生かなんとなくわかるものである。1年生は垢抜けず、2年生あたりからチャラさが混ざり、そして5年生を過ぎた者(つまり留年した人)はどこか悟りを抱えた沈んだ空気を纏うようになる。私は初めて対峙した彼を見て、漂うその圧倒的な無欲さに即座に悟った。これは至高の領域にいる人だと。
仙人はいつも一人だった。見かけるといつもベンチや学食や図書館でぼーっとしている。でもなぜか、いつも妙に楽しげに見えた。
「三毛田君はさ、ベビースターラーメンを数えたことある?俺さっきまでずっと数えてたんだけどさ、一袋に何本入ってたと思う?」
なんだそれ。よほど時間を持て余しているらしい。
一方その頃の私は、吹奏楽部に入り、運転免許を取り、茶髪に染めて、バイトがない日は毎晩友達と遊んでいた。中学高校の根暗な自分とは違うのだと信じていたけど、段々と人はそう簡単に変わらないことがわかってきた。
学力だけで選んだ経済学部は全く興味がもてなかったし、紹介された女子大の人と一緒に『恋空』という映画を観に行ったけど、どうにも接し方がわからずに「僕たちもこの空で繋がってるよね」的なポエムメールを送ったら連絡が途絶えてしまった。そもそもまともに恋愛ができた試しがなかったのでそりゃそうなる。
友達とは楽しく過ごしていたけれど、たまにどうしようもなく一人になりたい時があった。夜に意味もなく原付で走って、たまにこっそり泣いた。説明のつかない涙が2粒だけこぼれた。
演奏会の打ち上げでカラオケに流れ着いたその日、私はノリに追いつけなくなって一人で店を抜け出した。避難するように向かい側のゲームセンターに入る。
店内は閉店間際でがらんとしていて、そこで一人だけシューティングゲームをやっている仙人がいた。バイトは終わったんだろうか。休憩時間なのかもしれない。
「なにやってるんですか仙人」
「おう。俺さ、バイトする度に一回地球を救ってんのよ」
仙人は驚くほどそのゲームが上手かった。たった一機の戦闘機でどんどん上からやってくる敵を撃ち落としていく。見てると楽しそうで、私も隣の席で同じゲームを始めた。ぴきゅーん、ぴきゅーん。今、この世界で私と仙人だけが地球を守っている。すごく楽しかった。それが私が仙人を見た最後の日だった。
あれから4年経ち、私は大学5年生になった。講義をサボりすぎて留年したのだ。その間、私は別れ話の最中にミルクレープの段数を数えて元カノに泣かれたり、あと暇を持て余して本当にベビースターラーメンを数えてみたりした。結局人はそう変わらない。
もしもう一度誰かに会えるなら、また仙人に会いたいなあと思う。ちゃんと友達になりたかった。私たちけっこういい地球防衛軍になれていたと思うんだよなあ。
おわり(1516文字)
