少し重い初恋の味 #せりふ三題噺
レモンの活用次第で、人生に色どりを与えてくれる。
美味しさのために冷凍をすることで味が凝縮するとか、輪切りにすると香りがよくわかりやすくなるとか、手法が多い。
一番の活用方法は、よく絞ること。絞った過程で出た果汁がフレーバーになる。レモンスカッシュなどの飲料に取り入れられたり、料理だと唐揚げの上から直に絞ることがある。
レモンは、初恋の味として例えられる。甘酸っぱい青春が呼び起こすその時に感じないはずのレモンの味が、微かに浸透している。
かく言う私も初恋をしたときに、口の中に広がる酸っぱい味を感じた。誰とでも気兼ねなく話せる、フレッシュな彼女に一目惚れをした。
口の中は、分泌された唾液で満たされていて、彼女を見ていると緊張で飲み込むことができなかった。そうなったら、トイレに駆け込んで吐き出すしかなかった。
美術の時間に校庭に咲いている花を並んで模写するときも、修学旅行で新幹線の近くの席に座っていた時も、話しかけることが出来ずにクラスメイトでいられた1年間が終わった。
心が苦しくて、何も伝えられなかったのが悔しくて、頭が彼女のことでいっぱいになった。口の中にまるごとレモンを詰められたように、噛みしめるほど果汁があふれてくる。
それから、何を食べてもレモンがフレーバーになり、食べ物の好き嫌いがはっきり分かれた。好きな飲み物は、レモンスカッシュ。子どもの頃から好きだった唐揚げは、いつも同じ味で飽きてしまった。
何も進展せず、卒業式を迎えた。桜の花びらが散っていた。
卒業証書を受け取る彼女を見て、唾液が抑えられなくなった。思い出して味わっていた酸味より濃厚で、一目ぼれを経験したあの時と同じ味がする。
隣にいたクラスメイトが異変に気付いて先生を呼んでくれた。私は急いでトイレに駆け込んだ。洗面器に吐き出した半透明の青春を、ただただ見つめていた。
「今後、この味を忘れる時が来るのか」
トイレのドアから、廊下にいる先生の声が聞こえる。私は口をゆすいで廊下に出た。容態は悪くないことを伝え、見知らぬ顔で卒業証書を受け取ることができた。
***
星形に突起した絞り器に、レモンの切り口に当ててやる。何百個ものレモンを使って練習した慣れた手つきで、果汁を絞り出す。特製のシロップと混ぜ合わせて、レモンスカッシュの素を作っている。
『初恋の味!?レモンスカッシュ』は、当店の定番になった。吹き抜ける甘酸っぱさと強炭酸の刺激がマッチしてクセになると大好評。シロップのレシピは門外不出で、私が誰かに引き継ぐまで、誰も真似ができない。
「2か月くらい前に開店したドリンク屋さん、行ってみた?レモンスカッシュが人気の」
「行ってませんね。帰路と逆なので」
「えー、もったいない。奢るから、早めに切り上げて行ってみない?」
「いいですよ。楽しみにしてますね」
先輩に誘われて、行列ができるドリンク屋さんに着いた。先輩が注文をしている時、店主と何度か目が合った。見覚えのある顔だったけど、思い出せなかった。店主から、提供されたレモンスカッシュをそれぞれ受け取る。その時に見た笑顔は、少しぎこちなかった。
「どう?美味しい?」
「うーん、少し重いというか、絡みつく酸っぱさというか」
「そうかな?キレのある甘酸っぱさだと思うんだけど」
「ここの店主さんの初恋は、苦労がありそうですね」
■セリフ
「行ってませんね」
■三題
・新幹線
・花びら
・レモンスカッシュ
参加させていただきました。
あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
