クリームにクレーム #せりふ三題噺
呼び鈴が鳴った。席番号は…さっき『コーンスープ オニオンクリームトッピング』を運んだ席だ。嫌な予感がする。
「これはただの泡や。クリームやない。ちゃんとしたのに変えて」
クリームに、お客様のクレーム。泡というのがどういうことかわからないけど、丁寧に対応する。
「上に乗っているのはクリームでございます」
「いや、泡やね。泡にしか見えんよ」
「泡とは、どこが泡に見えるのでしょうか」
「ここに気泡が入って、潰れたとこがあるやんか。泡やんけ」
指の先を見てみると、小さくくり抜かれたような跡がある。スプーンで欠けさせた可能性があるが、テーブルにそれらしきものがないので、指摘しても二の舞になる。
そもそも、クリームは泡立てるから出来るのであって、クレームをつけるようなものではない気がする。
「確かに跡はありますが、食事していただくには問題ないかと」
「そういうことやなくて、泡なの。すぐ潰れちゃうでしょ」
「見たところ、潰れる気配がないのですが」
困り顔で対応していると、クレーマーはカバンから小さいスプレーを取り出した。
「今から証明したる。虫よけスプレーをクリームに吹きかけて、消えたら泡は潰れる。泡だったら、溶けた液体をスープと飲め」
「無茶言わないでください。あと、料理が無駄になってしまいます。お止めください」
「知らんよ。クリームなら消えないはずやからね」
容赦なくスプレーのポンプを押して、液体を吹きかける。何回も押して、クリームに満遍なく纏わりつく。キラキラと反射して、「見て、光ってる」と話題をかっさらうくらい。相乗効果を引き出せているはずなのに、脳が毒物だと拒否している。
「…ごめんね。ちゃんとクリームだったね」
平然と謝罪する。スプーンで掬えば分かることなのに、ことを大きくして平謝り。そもそも、自作自演なのではないか。
「このスープ無駄になってもうた。同じものを注文するわ」
虫よけスプレーのスープを前に、害虫一匹が店内の席に鎮座している。
「なんや、その顔。こっちに非があるからちゃんとお代は払うし、文句ないやろ」
殴りたい。叩いて、潰したい。蹴り飛ばしたい。でも、解決しない。
乱暴な思考が脳裏に過ぎって、血流に溶けて、一周する前に息として静かに吐き出す。それでも、拡張された血管が怒りを膨張させる。
体感していることを少しずつ理解して、睨みつけながら、ただ深呼吸をしている。片隅にある少ない理性が要約して、その場で深呼吸をしているだけ。この時間は無言を貫き、理性に従っていた。
「ねえ、はよ持って来てよ」
ふう。収まった訳じゃないけど、この場をやり過ごせそうな気がした。
「かしこまりました。では、こちらお下げします」
処分が決定したスープが入ったカップを両手で持ちあげて、後ろに下がった。
「あっつう!何してんねんお前!」
後ろに下がったつもりだった。カップの持ち手を指にかけて、カップを滑らせていた。クリームによって閉じ込められた熱気が、この人を苦しめている。
私にも何が起きているのか分からなかったが、わずかな衝動が許せないと思っていたらしい。
「す、すみません。今、拭くものを持ってきます」
急いで厨房に戻った。現在、出勤しているリーダーにタオルがどこにあるか聞いた。リーダーは笑みをこぼしながら、棚に仕舞ってあったタオルを渡してくれた。
「ずいぶんと派手にやったね。キミの責任だけど、私も一緒に行こう」
私たちは、叫び声が聞こえる席に向かい、タオルを手渡した後で私はテーブル、リーダーは床を丁寧に拭き取り掃除した。
「ここの1番えらいやつか?この不始末どうしてくれんねんな?」
「申し訳ございません。こちらで指導しておきますので」
リーダーは続けて、この人をお客様として丁寧に注意する。
「ですが、料理にいちゃもんを付けた挙句、虫よけスプレーをかけるのは度が過ぎる行為です」
「しょうがないやん。クリームが泡に見えちゃったんだもの」
「しょうがなくないです。提供しているスプーンなどを使って、潰したりすればよかったと思いますが」
カラトリーの入れものを覗きながら、困惑した顔を見せた。
「お客様、スプーンがないのですが」
「なんや、元からなかったんとちゃうか」
「いいえ、提供する前に確認しておりますので、見落としはありません」
きっぱりとした態度に、少したじろいでいる。その証拠に、少しだけ静かになった。
「もし、スプーンを隠しているのであれば、ここの備品ですので返していただきたいのですが」
一瞬、視線がカバンに動いた。
「それと、追加注文の件ですが、お客様に提供できる料理は1つとしてありません。ですので、お代はスープ1杯で結構です」
「はあ、食べる気失せたわ」
アクリルの筒に立てられたレシートを確認すると、カバンから財布を取り出し、小銭を置いて席を後にした。スープのお代丁度で、お客様が座っていたところに、ナプキンで巻かれたスプーンが置いてあった。
「衝動的でも、あれはやっちゃダメだよ。火傷で再クレームくるんだから」
「すみませんでした」
リーダーに深々と頭を下げた。
「次からちゃんと呼ぶんだよ。私でも、店長がいたら店長を呼ぶとかさ」
「はい」
「怒鳴り声から察したけどさ、裏から覗いたらぶちまけちゃってたから、思わず笑っちゃったよね」
私の肩をポンと叩くと、リーダーは直前の持ち場に戻った。
リーダーのお願いで、冷蔵庫の中の在庫を確認していた。バインダーに挟まっている個数確認表を手に持ち、ボールペンで個数を書く。その中に、オニオンクリームの絞り袋が入っている。手に持ってみても、泡になる可能性なんてこれっぽっちも感じない。宇宙の法則とか定理とか、均衡が崩れない限りはないと思う。
「どう?在庫足りてる?」
「あ、今確認中です」
急いで業務に戻る。個数を把握しないと、仕入れの時に余分に発注してしまうから。いや、違う。世界があと数日で終わるんだった。仕入れ先の工場は止まっているし、ここの在庫がなくなったら、この店は即閉店になるから確認しているんだった。
あの人は、世界が終わるからイライラしてやったのかな。冷静に観察したけど、どうであれやってはいけないことだ。
在庫チェックが終わり、リーダーに報告する。
「最後の週末で、家族連れが20組ほど来たら、閉店するかもしれないです」と報告をした。
「そういう予測はこっちでするから、キミは個数を報告してくれればいいの」
手渡したバインダーで、軽くチョップされた。
参加させていただきました。
■セリフ
「見て、光ってる」
■三題
・宇宙
・スープ
・虫よけ
終末クレーマーと何気ないお店のお話。
