上田中央郵便局にて
日本郵政公社が民営化されたのは平成十九年。これからお話しするのは、それ以前、郵便局がまだ日本郵政公社の管理下にあった平成十年頃、僕がまだ三十代だった頃のことだ。
自宅から近かったその郵便局、日頃よく利用していたが、一部局員の態度について不愉快な思いをしていた。そこは、簡易郵便局ではない。ほかでもない上田中央局である。
正規の局員が、まるで接客を面倒がっているような態度を見せていた。
それに対する怒りが積もり積もって、限界に達してしまったことがあった。
僕は鈴鹿に住んでいた妹の子どもたちに、絵本を送ろうとしていた。窓口にいた職員は、自分より一世代上、五十代とおぼしき、頭の禿げ上がった丸顔の男性だった。
封書の中身が本であれば、書籍小包扱いにすると料金が安くなると教えてくれたのは良かった。だが、説明するときの言葉遣いが、いつもどおり、いかにも面倒臭そうなのだ。内心ムカつきながらも、我慢して聞いていた。
封筒の一部を切れば良いというので、言われたとおりに切り込みを入れたのだが、説明が不十分だったために、不自然な箇所に、不自然な角度で切込みが入ってしまった。実際に本を入れてみると、そのままでは本を傷める可能性も考えられた。できるものならば、切込みの一部を塞ぎたかった。
「すみません。このままで送ると、本が傷みそうなのですが」
「そんなものは、へぇ適当にやっときゃええだ」
だらけ切った、身内でしか使わないような、砕けた東信方言である。
― そんなものって…、適当にやっときゃって…、甥っ子姪っ子たちへの大切な贈り物なのに… ―
それまで散々耐えてきた上でのことだ。
「なんですか、さっきからその態度は」
「なに?」
「そんな態度は不愉快です」
「なんだと? 俺になんか文句でもあるだか?」
「そんなものとは何ですか? 私は、あなたの息子でも部下でもない。そんなにぞんざいに扱われる筋合いはない」
「どういう意味だ?」
「あなたは『そんなもの』とおっしゃいましたが、送り先は、私にとって大事なお客さんです(この点に限ってだけは嘘をついた)。本を綺麗なまま、大切に届けてもらいたいと思うのは当然でしょう。それが、何ですか、その面倒がっているような態度は…。あなた自身が銀行に行ったときに、行員さんが今のあなたみたいな対応をしたら、不愉快じゃないですか?」
どんな反応が返ってくるかと身構えると、その人は、一瞬、視線を上に向けた。何かを考えているかのように見えた。
少しの間があって口を開いた。
「そうだな…」
少しトーンが落ちている。
しかし、こちらは、不愉快な思いが積もり積もっていたので、言葉は止めどなくあふれ出した。
「郵便局というのは、局員のためにあるのではない。利用者のためにあるんです。そして、あなたがたも利用者のために仕事をしているわけです」
「そりゃ、そうだ…」
「私は好き好んであなたに会いに来ているわけじゃない。郵便局を利用しなければならない用があるから、ここに来るんです。ところが、来る度に不愉快な思いになります。郵便局を利用するのに、何でいちいちそんなに不愉快な思いをしなければならないんですか?」
強めの口調で話してはいたが、感情的な言い方にならないように努めた。最初に見せたのが、感情剥き出しの挑戦的な態度だったこともあって、こちらはわざとそれとは対照的に、淡々とした口調で話した。
「私は自分に誇りを持って生きています。そんな雑な扱いを受ける筋合いはない。人はもっと互いに尊重し合って生きるべきじゃないですか? あなただって、仕事でそこに立ってるんでしょう? 窓口に立ってるんだったらちゃんと仕事してください。銀行に出来ることがなんで郵便局に出来ないんですか? 郵便局のせいで、一日が不愉快になります。何とかならないんですか? 郵便局の中でも、特にここは、態度の悪い人が多いですよ」
たぶん、もっと多くの言葉を連射したと思うが、それ以上、よく覚えていない。反論する隙を与えず、畳みかけるように話しているうちに、その男性の顔から次第に精気が失せ、しまいには、目にじわじわと涙が浮かんできた。
「わかった。今度、朝礼の時にその話をしてみる」
最初の態度とは打って変わってしおらしかった。
次にその郵便局に行ったとき、窓口に立っていたのは、前回と同じ男性職員だった。だが、接客態度があまりにも変化していることに驚かされた。
「お客さん、こちらへどうぞ」
まるで別人のようだ。前回までのゆるみきった顔付きや身のこなしや雑な言葉遣いが、嘘だったかのように、ピリッとした表情。身のこなしもてきぱきとしている。これには驚いた。
― やれば出来るんじゃないか ―
** **
あれから、もう随分時が過ぎた。今では鹿児島にいる僕も、その分だけ歳をとった。
あの上田での出来事は、長らく「徹底的にやり込めたエピソード」として記憶されていたのだが、今、改めて振り返ってみると、その印象が少し変化していることに気付かされる。
雑な対応だったことついては論外だが、肝心なのはその後だ。
自分より一回り若い一利用者の言葉に耳を傾け、その後すっぱりと態度を改めたのである。その変わりようは、あまりにも鮮やかだった。
実はこれ、なかなか出来ることではないのではないか…。
「それ以前の彼」は、決して褒められたものではないが、「それ以後の彼」は、本当に立派だったと思う。
― できるものならば、今すぐにでも会って、その思いを伝えたい ―
そんな思いに駆られたが、長い年月が過ぎ、そして遠く離れて暮らしている現在、その願いが叶うことはないだろう。
(2026年 6月)
