シリーズ「一年一組」⑥*誤解された松原さん
松原孝枝っていう女の子がいた。いつもお姉さんのお下がりを着ているような子で、一見地味に見えたが、型にはまらない自由な気風を持った子だった。
いつの頃からか、その子は、テストのときに他の生徒の答案を見て書くという評判が立っていた。
席替えがあったその日、さっそく隣接した席の子から、この子はテストを見るから気を付けたほうが良いと言われた。
そうは言われたが、誰に答案を見られようが、自分には関係ないと思った。それより、自分が回りの子にとって、答案をのぞき見したい存在だと見做されていることに、くすぐったさを感じていた。平均的な六歳児が皆そうなのかは知らないが、その頃の僕は、幼児性自尊心を身に纏った自惚れ小僧だった。
その事件が起こったとき、僕はその子の斜め後ろの席で、答案を書き終え、余った時間を持て余していた。松原っていう子も、答案を書き終え、鉛筆を置いてつぶやいた。
「ああ、終わった」
それと同時に、その子の意識の中で、テストの時間そのものが終了してしまった。心のスイッチが切り替わり、何をしてもよい自由な時間に移行してしまったのだ。
それまでじっと答案用紙に向かっていたが、鉛筆を置いた途端に背伸びをし、そしてキョロキョロと辺りを見回し始めた。そして、後ろの席の子の様子を何の気なしにひょいと見た。
後ろの子は、まだ問題に向き合い、答案を書き込んでいる最中だった。
大声が響き渡った。
「また見た!」
声の主は、あの字の綺麗な太田君だった。
彼は、まだ答案と向き合っている最中だったので、それまでの松原さんの挙動なんか眼中にない。突然覗かれて、ただただ驚いた。
先生がすっ飛んで来た。
「松原が僕のテストを見ました」
先生は、女の子の頭を平手で引っ叩いた。
「見てないよ」
「嘘をつくな!」
その子は、また引っ叩かれた。
女の子は、机に顔を伏せ、その後しばらく泣き続けていた。
その子に、答案を写すつもりの無かったことは、そばで見ていた僕にはよく分かった。だが、そのとき、女の子をかばうことが出来なかった。それだけの表現力も無かったが、発言する勇気が無かったこともまた事実だ。
後ろめたさが残った。
この松原っていう子は、人の答案用紙を写してまで、良い点を取ろうとは思っていなかっただろう。試験の意味や重要性などもさほど感じていなかったと思う。そんなことに執着するような子じゃなかった。ただ、自由奔放なだけ。じっとしていることが苦手なだけだったのだと思う。
配られてきた答案用紙に、知っていることを書いた。終わったからもう自由だ。単純にそう思っただけのことだ。
実際にそばで直接見たのは、そのときだけだったが、他のケースもそれと同じだったかもしれない。彼女を見ているとそう思えた。
その子の人権は、その後。生徒にも先生にも蹂躙され続けた。
席替えがあって、その子の席が、僕の真横になったことがあった。
そんなある日、こんなことがあった。
僕は、一旦書き終えた答案用紙に間違いを見つけ、消しゴムを使って書き直した。
テスト終了後、先生は皆を前にしてこう言った。
「めどう君が、三番の問題を、最初は間違えて書いていました。松原は、それを見て書き写したのですが、めどう君は、その後間違いに気づいて書き直しました。松原は、それに気付かず、そのまま出したのでバツになりました。やっぱり人の答案を見て書くと、ロクなことはありません」
彼は、松原さんを晒しものにしながら、からかうような笑みを浮かべていたように見えた。実際に気持ちだったのかまでは分からないが、僕にはそう見えた。
彼女をどう育てるつもりで、そんなことを言ったんだろう? 少し残酷過ぎはしないだろうか? それ以後、松原さんは、どんな気持ちで先生に接していたのだろう?
二年生になって以降、どんな先生にどのように向き合い、どのように成長して行ったのだろう?
一年生のときのように、頭ごなしに否定し拒絶するようなことが続いたと考えると、どうにもやりきれない。そうでないことを願う。
松原さんも、その後、母親になったかも知れない。一年生の時のこの体験が、先生不信、学校不信に繋がったとしても無理はない。だとすると、PTAなどの学校行事に、どのような態度で臨んだだろう?
なんだか、一人の先生を個人攻撃するような感じになってしまったが、昭和四十年前後は、成績の優劣で生徒への接し方が異なり、成績のよくない生徒の人権が蹂躙されることは珍しくなかったという。
あのとき、松原さんは、苦しそうに呟いていた。
「あたしは見てないよ・・・」
僕は、彼女が本当に見ていないような気がした。
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(※登場人物名は、全て仮名です)
