医師に「ワークライフバランス」は存在しない。でも「ワークライクバランス」ならある。
「医者って大変ですよね」
そう言われるたびに、少し困る。
たしかに忙しい。
深夜に呼び出されることもある。
人の命を扱う責任も重い。
でも、多くの医師は “嫌々”働いているわけではない。
むしろ逆だ。
一人の患者さんを救い、その先の人生を思う喜びを知っているからだ。
私は循環器内科医として働いている。
緊急カテーテル治療で深夜・休日に病院へ向かうこともあるし、常に勉強はかかせない。
勤務終了後も、患者さんの経過が気になって、ついカルテを開いてしまう。
帰宅しても、「あの治療は本当にベストだっただろうか」「もっとできることはなかっただろうか」と考える。
世間から見れば、「働きすぎ」に見えるかもしれない。
でも、その多くは“強制”だけでは説明できない。
そこには確かに、「好き」がある。
医師という仕事は、不思議な職業だ。
人から感謝される。
社会的意義も大きい。
知識や技術を磨けば、誰かの人生を変えられる。
努力がそのまま、人の役に立つ。
だから、多くの医師は勉強する。
もっと良い治療をしたいと思う。
もっと成長したいと思う。
そして気づく。
仕事と人生の境界線が、少しずつ曖昧になっていることに。
よく「ワークライフバランスが大切」と言われる。
もちろん、その通りだと思う。
休息は必要だし、家族との時間も大切だ。
医師の働き方改革も、絶対に必要だ。
でも、医師という仕事は単純に「仕事」と「私生活」に切り分けられないことがある。
なぜなら、この仕事には“好き”が入り込んでいるからだ。
「もっと知りたい」
「もっと上手くなりたい」
「このままでは亡くなってしまうだろう患者さんを助けたい」
そんな感情が、勤務時間を越えてしまう。
ただ、“好き”には危うさもある。
好きだから頑張れる。
でも、好きだから限界を超えてしまう。
「患者さんのために」
「もう少し勉強したい」
「若手の医師に任せるより、勤務時間外だが自分で治療をした方が安心だ」
そうやって、自分や家族を後回しにする。
医師の世界では、それが美徳のように語られることすらある。
だが、“好き”だけで走り続ければ、いつか燃え尽きる。
実際、私の周りでも多くの医師が心や体を壊してきた。
優秀で、責任感が強く、仕事に誠実な人ほど。
だから私は最近、「ワークライフバランス」という言葉に少し違和感を持つようになった。
仕事と人生を切り離す、というより。
“好きでい続けられる働き方”を探すことのほうが大事なのではないかと思う。
私はそれが「ワークライクバランス」なのだと思う。
仕事を嫌いにならないこと。
仕事に飲み込まれないこと。
好きという気持ちを、持続可能にすること。
それが、長く働くために必要なのではないだろうか。
これはきっと、医師だけの話ではない。
教師も、研究者も、起業家も、クリエイターも
「好き」を仕事にした人ほど、同じ葛藤を抱えている気がする。
好きだから、頑張れる。
でも、好きだからこそ、自分を守れなくなる。
今日もどこかで、好きだから働きすぎる人がいる。
だからこそ私は、「ワークライクバランス」という言葉を大切にしたいと思う。
仕事を減らすことだけではなく。
“好きでい続けられる働き方”を守るために。
