波に消えた祈り 【シロクマ文芸部】ー警察ミステリー
「天にましますわれらの父よ・・・」
聖堂の正面に掲げられた十字架の前で祈りを捧げる。
祈祷を終えると、ノエルたち修道女は神妙な面持ちで外へ出た。
警官たちが立っている場所へ歩み寄る。
「この高さではまず助からないだろうな。」
地面に寝かされた修道女の水死体を観察し、驫木警部がそう漏らす。
死亡した修道女のキャロルは颯愛バプテスト教会に仕えていた。この教会は切り立った崖の上に建てられており、眼下には荒波が岩壁に容赦なく打ちつける様が見てとれる。
遺体からは他殺を示唆するような兆候が認められなかった為、おそらく足を滑らせたことによる転落死であろうと考えられた。
滑った拍子にとっさに掴んだのか、手には崖淵に咲くハナマスの花が握られている。
「死亡推定時刻は昨夜8時ごろですが、キャロルさんが外にいるのを目撃した方は?」
神谷警部補はさっそく聞き取りを開始した。神父のアデン、修道女のノエル、給仕係のエリーは3人ともキャロルが教会の外に出たことすら気づいていなかったという。
「キャロルがあの場所に自ら行ったとは考えられません。崖淵は危険なため、あの区域は立ち入り禁止なんです。」
神父のアデンが不思議そうに呟いた。それを聞き、神谷は事件の可能性もあると踏み更なる調査を開始した。
教会の書斎を借り資料を見返していると、どこからか甘酸っぱい果実の様な香りが漂ってきた。
「何かわかりましたか。」
コトン、と紅茶のカップが目の前に置かれる。視線を上げると給仕係のエリーが心配そうな表情で神谷を見つめていた。キャロルとは特に親しくしており、今回の件でかなり心を痛めていると言う。早期解決を祈っていますとだけ告げ、その場を後にした。
書類では埒が明かないと、遺体が発見された現場へ舞い戻った。行動規範を正しく守っていたキャロルが立ち入り禁止区域に入った理由は何なのか。
周囲を見渡していた時ふとハナマスの群生が目に入った―—もしや、あれはダイイング・メッセージだったのか。
1つの可能性を見い出し、神谷はすぐさまある人物の元へと向かった。
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「口封じをするしかなかったんです。」
目に涙を溜め、神谷を睨みつけてながら言った。その表情からは以前の穏やかさは微塵も感じられない。神に仇なす罪人に落ちぶれた邪悪な様相を呈している。
教会の寄付金を着服していたことを咎められ、悪事が露呈するのを避けるためにキャロルを海に沈めたと白状した。
「なぜ、エリーだと?」
「キャロルの手に握られていたハナマスですよ。」
事故の線で決まりだと考えていた驫木警部の質問に対し、神谷が説明を行った。
「ハナマスの赤い実はローズヒップティーを作る際に利用されます。エリーが私に運んできたのもローズヒップでした。転落する直前にわざわざキャロルがこの花を掴んだとしたら、ハナマスに関連性の深い人物を示そうとしたに違いない。
ハナマスを頻繁に使用している人物、すなわち、ハナマスの実を摘みローズヒップティーを作っているであろう給仕係のエリーが犯人として浮上したわけです。」
遠くでカモメの鳴き声が聞こえた。
事件の幕引きを知らせる合図なのか、はたまた海から聞こえる被害者の悲嘆の叫びに呼応しているのか。
心の中でそっと手を合わせ、鎮魂の祈りを捧げた。
(※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。)
以下の企画に参加させていただきました。
