会見報道が名誉毀損の波紋 〜開沼博氏VS.アワプラネットTV訴訟地裁判決を受けて〜

放送レポート316号(2025年9・10月号) 追記あり
山田健太 専修大学ジャーナリズム学科教授


 提訴会見が提訴され、しかも会見内容を報じた報道機関が名誉毀損で敗訴するという、これまで想定していなかったことが起きている。訴訟当事者や代理人弁護士が司法記者クラブ等で記者会見をすることがよくあるが、その提訴会見の中身を報じたことが名誉毀損に当たるとしたら、今後の記者会見の在り方はじめ裁判報道全般に少なからぬ影響があろう。

1  提訴会見が名誉毀損になるワケ

 OurPlanet-TV(被告、以下アワプラ)の報道が名誉毀損であるとして、開沼博・東京大学情報学環准教授(原告)から訴えられた裁判で、東京地裁(大寄麻代裁判長)は2025年6月6日、原告の訴えを認め被告に55万円の支払いを命じる判決を下した。冒頭に「提訴会見を提訴」と書いたように、裁判が2つ重なっているので少しわかりづらいかもしれない。もともとの裁判では、本稿の対象である訴訟では原告の立場の開沼准教授が、被告として訴えられる側だ。裁判が提起されているわけなので当然、当事者はお互いに快く思っていないことだろう。
 そうなると、もともとの裁判を起こされた側が、さらに自身の社会的評価が低下することを防ぐためにも、少しでもマイナス情報が社会に流れることを阻止したいと思うのは自然の感情ではある。そこで元の裁判では起こされた側の開沼准教授が、起こした側の学生(当時)や代理人弁護士を訴えたのが今回の訴訟だ。これだけでも、ある意味では言いがかり訴訟であるのだが、こともあろうかこれにプラスして、会見の様子を報じた報道機関までもひっくるめて訴えたことになる。
 実は過去にも、会社を解雇された労働者や支援する労働組合が、雇用主の不当性を訴えたビラや示威行動(例えば、会社や社長の自宅前での抗議行動)をした場合に、名誉毀損や侮辱にあたるとして会社側から訴えられることが少なくなかった。さらにその発展形ともいえるが、社内でのパワハラを裁判に訴えた事件で、被害者が記者会見を行った際、その発言内容が名誉毀損で訴えられ、しかも敗訴する事例も発生している。
 裁判所に提出した書状の中身である「提訴の事実」を伝える分には問題ないとされるものの、当事者としてはどうしても訴訟に関する周辺事情や裁判に至る思いを吐露することがある。むしろ、取材する記者はそれを聞くことで、事件の全体像をより深く理解するきっかけにもなる。にもかかわらず裁判所は、もともとの裁判で争っているパワハラの事実関係が認められなかった場合などではとりわけ、会見時に裁判所の事実認定以外の発言があると、真実であるとの証明がないとして名誉毀損を認める傾向がある。
 しかも当事者にのみならず、会見に同席にした弁護士や、会見の場にはいなかった代理人にまで発言の責任が問われ、名誉毀損として訴えられることも生まれている。これ自体も、まさに提訴会見が提訴された事例であるが、さらに今回は、こうした元の裁判の当事者や弁護士に加え、会見を報じた報道機関も訴えられた点が新しい点だ。

▲敗訴を報じるアワプラネットTV

2 記者会見の社会的役割

 第1に、裁判所が記者会見の役割や性格を理解しているかが問われて
いる。司法判断の前提は、記者会見での発言は、公然すなわち広くみん
なの前で社会的評価を低下させる発言であって、あえていえばネットの
書き込みと同じものと捉えている節がある。しかし記者会見は、民主主
義社会を支える重要な要素である報道活動の一環として行われている取
材行為であって、そこでの当事者の発言が原則、制約を受けることがあ
ってはならない。
 しかも、その違法か否かの判断基準が過去の司法判断による事実認定
であるというのは、表現の自由の範囲を限定化させるものだ。冤罪事件
を例に出すまでもなく、刑事事件の司法判断での有罪無罪の判断と、そ
の後の民事訴訟での判断が異なることは珍しくないし、むしろ当然であ
るとさえいってよい状況にある。
 しかも今回のように、その会見を報じた報道機関の報道内容を裁判所
が問題にし、その内容の正当性を判断するということ自体が、明白な報
道内容に対する干渉行為であって、正当なジャーナリズム活動を否定す
ることに繋がる。報道機関は、裁判所が許可した範囲でしか報道しては
ならないというのは、市民の知る権利を侵害するものであって憲法の表
現の自由に抵触するものであるとすらいえよう。
 アワプラも判決後のコメントで指摘しているが、裁判所は報道機関が
第三者の声を伝えることによって成り立っているという前提を理解して
いないのではないか。もしこのような報道機関の社会的役割を否定する
ならば、取材対象者の発言を引用したり、動画配信することすべてが困
難となり、報道機関の活動に大きな影響をもたらすことになる。
 しかも判決を素直に読むと、通り一遍の薄っぺらな会見報道であれば
問題がないが、報道する側が問題意識を持って取材をした結果、深い記
事を書くほど、名誉毀損の可能性が高まるということになる。発表内容
=報道内容と解して、その内容の是非を問題にすることは、逆に言えば
発表通りの報道を求めているともとれ、報道の独立性を否定しているこ
とにもなろう。
 昨今の警察や検察の記者会見でも、報道を抑えるために公式発表自
体を控えめにすることが日常的に行われているとの指摘がある。こうし
た特定の情報の流れの蛇口を閉めることで、結果として当局の意図する
情報のみが流れるという事態が生まれることになるわけだ。

3 司法の非公開性が報道を制限

▲2025年6月6日の東京地裁判決

 第2は、司法の非公開性と頑迷さだ。裁判は当事者のものであって、
裁判所が裁判情報を完全にコントロールし、批判を許さないという姿勢
は、明らかに前近代的なものである。最高裁判所も、裁判資料の保存・公開に関し、過去の重大事件を廃棄していたことを反省し、判決文はじめ裁判記録は国民共有の財産であることを認めるに至っている。
 にもかかわらず今回の判決でも、裁判所の判決こそすべてであって裁判報道(提訴報道)には意味がない、との前提に立っているようにみてとれる。それは前述の通り、提訴会見での発言が名誉毀損に当たるとする判決が相次ぎ、裁判報道の公益性を否定的に捉える裁判例が多数出されていることと通じるものだ。
 司法分野は立法・行政に比して最も遅れた公開度であって、閉じられた司法の世界が存在する。裁判公開(アクセス制限)の領域でみても、一般人の傍聴は憲法で保障されているものの、人数制限、採取制限(録画・録音の禁止)、機会制限(公判前整理手続きほかの非公開)が厳然と存在する。また、訴訟記録についても形式的には公開原則が定められているものの、実質的には刑事記録の全面非公開(判決書すら非開示)の状況が続いており、しかも裁判記録については保存すらしていないことも明らかになった。
 もう一つの制限要素としては、法廷侮辱による表現規制もある。司法制度全体・裁判所総体・個別の法廷(裁判長)の三層にわたる制限が実行されており、これらはもっぱら司法「権威」を守るために活用され、結果としては市民の知る権利を阻害することになっている。その傾向は司法行政分野でも顕著で、たとえば裁判員裁判の手続きもほぼ非公開だ。
 こうした中で報道の自由の観点からみても、法廷取材においては、法廷内を含む裁判所内撮影(ムービー・スチール)禁止、PC使用禁止(那覇のみ許可)、被害者匿名の拡大、法廷での被告取材禁止がある。法廷外でも、裁判所と法務省が一体になっての、裁判員取材(裁判員会見ほか)や受刑者取材が厳しく制約されている。
 こうした流れの中で、裁判報道では廷内報道(肖像権侵害)、裁判報道・判例解説(名誉毀損)、少年事件報道のいずれもが制約的であるほか、裁判員裁判報道や少年事件報道は法で厳しく制約がかけられている。こうした状況の延長線上に提訴報道があるといえよう。司法はどこまでジャーナリズムをリスペクトしているか疑問である。
 裁判所は基本、提訴事実(「引用」事実)以外は報道すると法廷侮辱であると理解しているようにさえ思えるが、もしそうだとすると事件における犯人視報道もすべてNGなのか、警察の逮捕事実が根底にあるからOKなのかという疑問が生まれる。裁判所は、記載が事実の引用のみ(「訴状によれば」とか「弁護士の会見における発言によれば」といった形式)で、かつ「中立・公平」が保たれていれば問題なしと判断してきているが、この中立基準も報道とは相容れないものだ。
 本訴が名誉毀損だと自動的に会見報道も名誉毀損だとするならば、そもそも裁判内容の真実証明を記者に求めることになろうが、両当事者を取材することは困難な場合が少なからずあり、それでは訴訟当事者の提訴(裁判)事実の発表機会を制限することになるだろう。裁判所は、むしろそうした制限を期待しているように思える。
 さらに付言すれば、本来であればこうした非公開性に最も厳しく対峙すべき報道機関が、特恵的待遇に安住する司法記者クラブの存在に代表されるように、厳しい取材規制実態の意識が希薄である。そのため、なかなか改革の糸口が見つからないでいる(わずかに、司法の公開を求める記者・研究者の活動が続いている)。

4 オルタナティブ・メディアの差別性

 そして第3は、メディア差別の是非だ。被告アワプラは自身の性格を、オルタナティブ・メディアと称している。このことが判決に影響を与えているように思えてならない。そもそも裁判所は報道そのものへの価値を低くみていることが窺われるが、さらにいわゆる基幹メディアである一般日刊紙(大手の全国紙や地方紙)や一般放送事業者(地上波放送局)に比して、オルタナティブ=補完的なメディアを一段低く捉えているのではないか。しかもインターネット上のウエブメディアであることをもって、報道機関としての価値が低いとみなしているように判決では読める。
 これは司法全体の認識ともいえるが、裁判所内における法廷内取材も、いわゆる司法記者クラブ所属の大手メディアの記者に限定していることが一般的である。たとえば、本件被告が廷内で、記者クラブ加盟の放送局が許されているビデオ撮影をすることは認められていない。同様に、判決文の交付についても裁判所は、司法クラブ加盟社に限定して行っている。
 裁判所の理屈では、合理的な区別であって、日常的な付き合いの中で信頼ができ効率よく広く裁判内容(判決を含む)を広めてもらうために、大手のメディアにのみ特恵的待遇を認めていることになる。これを裏返せばまさに、被告のような「弱小」メディアは信頼性に欠ける、取るに足らないメディアであって、こうしたメディアには裁判報道をしてもらうことを期待していない、ということになる。
 こうした理屈は被告が別途起こした訴訟においても、裁判所が明確に示した「差別的な」姿勢といえる。3・11以降の官邸前や国会前で行われた反対集会やデモ、さらには特定秘密保護法や安全保障法制の法案審議にあたっては、70年安保以来の多くの市民が集まり、それ自体が大きなニュースとなった。そのはしりであった反原発(脱原発)の官邸前デモは、大きな社会の転換点でもあったものの、大手メディアは報道に消極的であった。
 そのなかでアワプラは、積極的な取材・報道を実施、その一環として絶好の撮影スポットである官邸の向かいにある国会記者会館屋上からの取材を求めたものの認められなかった。主要な新聞・通信・放送社から構成される日本新聞協会加盟の報道機関が、「よそ者」への取材機会提供を拒絶する姿勢を、裁判所もそのまま是認したわけであるが、ここには報道機関自身の差別性と、その差別性を長年の社会的慣習として法的に擁護する司法の姿勢という構造がみてとれる。今回の裁判所の判断根拠も、まさにこの事件で示されたものと同じではなかったか。

▲開沼博氏が訴えたアワプラネットTVの報道

5 報道機関としての位置づけ

 こうした「社会全体の空気感」は、まったく別の時にも顔を出す。たとえば、2024年に鹿児島県警が福岡所在のウエブメディアである「ハンター」に強制捜査・押収を行った際も、明らかに報道機関への憲法違反ともいえる強制捜査にもかかわらず、多くの報道機関は沈黙を守った。また、事件を報じる時にも、ハンターを「報道機関」という位置づけにしなかった新聞・テレビも存在した。
 したがって、まずは既存の報道機関に、そして裁判所に、もちろん社会全体において、アワプラがれっきとした、しかも紛れもない報道機関であることを認めさせることが必要であろう。参考になるのは法廷における証言拒絶権の事件であって、従前は報道機関に刑事も民事も証言拒絶権を認めていなかったものの、2006年になって最高裁は一様に報道機関に対し民事訴訟上の拒絶権を認めるに至った。その際、NHKや共同通信、さらには読売新聞と並んで、雑誌『テーミス』の記者も全く同列に権利が認められたことは、報道機関が決して大手の司法記者クラブ加盟社に限定されないことをあらわしている。
 本件判決は裁判所の後進性を示すものであるものの、その姿勢を変えさせるのは社会全体の認識であり、そのためのハンドルを握っているのは既存の大手メディアであるといえないか。対岸の火事視をするのではなく、我が事と思える報道機関が増え、報道界として一緒に戦うという気概が持てるかが、実は提訴会見問題のキーポイントではないかと思う。
 さらにいえば、既存メディアが書かないことをより手厚く報じるというオルタナティブ・メディアの特性を確認しておくことが大切だ。たとえば、一般には弱い立場の側、訴訟でいえば公人に対して訴えた一市民の声を伝えることが、こうしたメディアの真骨頂であり社会の中で期待されているということになる。これは、社会全体で多様で豊かな言論公共空間を作るという意味で極めて重要な社会的役割であって、まさにジャーナリズムの王道ともいえるものだ。
 なお、判決ではウェブメディアの性格についても消極的な判断をしていないか。今日のデジタルジャーナリズムの時代において、テキストだけではなくビジュアル・コンテンツが重要な伝達手段であることは、いまさら説明の必要はなかろう。しかも、画像、音声、現資料の提示といった多層的な報道が、その分、名誉毀損の可能性を増大させるというのは、慎重な分析が必要だ。確かに情報量が増大することは間違いないが、それがイコール人権侵害の度合いを拡大させると解釈することは、前述した通り「当局発表通り」の報道をすることを求めることになり、問題だろう。 

6 恫喝訴訟の側面も

 最後に第4として、今回の訴訟は自身の批判を封じ込めるためのSLAPP(嫌がらせ・恫喝)訴訟のカテゴリーにはいるものであることだ。もちろん、自身を守るために裁判を受ける権利(訴訟を提起すること)は保障されているものの、裁判所は訴訟の性格を的確に判断して、公人の報道機関に対する不当な訴訟は訴訟手続きにのせないような対応をとることが求められている。
 今回の事案に当てはめるならば、記者会見の内容をベースに、公共性・公益性のある報道を行っていると評価できるものについて、一般的な名誉毀損訴訟と同じ枠組みで訴訟手続きが進むこと自体、報道機関側に大きな負担を負わせ、当該事案についての取材・報道の継続を難しくするばかりでなく、他の報道機関も訴訟を怖れて報道をすることを避ける効果が生まれることは間違いない。それは明らかに、市民の知る権利が縮減することを意味するだろう。
 恫喝訴訟はいま、世界中で報道機関を苦しめる「最大の敵」とされており、多くの国でその対応策が検討されている。日本でもすでに、明らかな言いがかりと認められる場合には、裁判所が訴訟の入り口で止める場合があることを示しつつあるが、まだ一般的には「口封じ」の手段として、強い立場の者が弱い立場の者を訴える事例が後を絶たない。
 最近でも参議院選挙の直前に、現職自民党議員が3年前に上映された映画をもとに、放送した放送局や監督・製作会社を訴える事例が発生している。また旧・統一教会が批判的記事を書き続けるフリージャーナリストを相手に、複数の訴訟を提起もしている。しかもこれに、記者会見を制限(軽視)する社会的風潮が重なることで、より一層恫喝を容認するような状況を生んでいる。
 判決を受け、被告アワプラは控訴をし、司法の場での争いは続くことになったが、裁判とは別にここであげた争点は十分な検討とさらなる理論構築が必要だろう。

【追記】 東京地裁判決 (編集部)

 慶応大生(当時)が開沼博・東京大学大学院准教授(当時は立命館大学准教授)から恫喝による精神的被害を受けたなどとして165万円の損害賠償を求める訴えを起こしたことをめぐり、大学生や代理人の弁護士が開いた記者会見の様子を報じたインターネットメディアのOurPlanet-TV(白石草代表)に名誉を傷つけられたとして開沼氏が同社に550万円の支払いを求めた訴訟で、東京地裁(大寄麻代裁判長、永瀬雄大裁判官、栢分宏和裁判官)は2025年6月6日、「(大学生側が)提出した証拠に基づいて記事を作成したからといって、真実であると信じたことにつき相当の理由があるとは言えない」などとして名誉毀損を認め、同社に55万円(慰謝料50万円、弁護士費用5万円)の支払いを命じる判決を言い渡した。
 判決などによると、OurPlanet-TVが掲載した記事は「慶応大生が開沼博氏を提訴〜名誉棄損で」というタイトル。チェルノブイリ原発事故が起きたベラルーシを訪問した福島県の高校生が学習した結果を報告する会(2018年)で、大学生は司会進行を務める開沼氏に要望して、同報告会やその後にあった懇親会に参加し、その様子を写真や動画で撮影した。開沼氏は大学生やその友人に「勝手にカメラ回してたと聞いたが事実ですか?」「(撮影された高校生らから)被害届などがでると刑事罰に問われる可能性はある」「事件化したときに、マスコミが大々的に取り上げる対象になる可能性は高い」「大学での処分はじめ色々な問題がおこります」などとするメッセージを送信するなどしたという。これに対して、大学生は2019年3月、開沼氏から撮影に対する謝罪と写真のデータ等の削除をするよう恫喝を受けたなどとして、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。同社は原告側の記者会見取材などに基づき、会見の映像や裁判に証拠提出されたこうした一部のメッセージ画面を掲載するとともに「(大学生は)事実に基づかない恫喝を繰り返し受けたことにより、夜も眠れず、深刻な精神的苦痛を被ったと主張している」などと報じた。
 東京地裁は記事には「(大学生の)供述が真実であることを疑わせるような原告(開沼氏)の言い分等の記載は一切ない」とし、「大学教員である原告が学生に対して事実に基づかない恫喝行為を直接的及び間接的に行い、その要求を不当に受け入れさせようとしたとの印象を一般読者に与えるものであるから、原告の社会的評価を低下させると認められる」と判断した。また、判決は「一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、記事は『(開沼氏が大学生に対して)直接的及び友人を介して間接的に謝罪や写真データの消去を求める恫喝行為を行った』ということを、根拠がある事実として摘示するものであると認めるのが相当である」とした。
 一方、大学生が起こした訴訟は一審(2021年8月)、二審(2022年2月)とも「害悪を告知し、謝罪や写真のデータ等の削除を強要するものであることをうかがわせる事情を認めるに足りる的確な証拠は見当たらない」(一審)などとして原告敗訴となり、判決は確定した。2022年8月に開沼氏が提訴した、今回の東京地裁判決はこの点にも言及し、OurPlanet-TVが「大学生の請求が棄却された旨の報道すら行っていない」とし「判決確定の相当期間経過後、25年2月まで何らの付記をすることもなく、原告の恫喝行為が真実であるとは認められなかったにも関わらず、記事をインターネットで掲載し続けたことが、公共の利益に適い、公共性があるとは認め難い。したがって、記事の掲載継続については、この点からも違法性は阻却されない」「(同社は)高額な損害賠償請求等がされたため、掲載する機会を失ったと主張するが、合理的理由があるとはいえず、判断を左右しない」と指摘した。
 OurPlanet-TVは「『提訴報道』の本質は、特定の訴えが提起されたという事実そのものを報じる点にある。報道機関が裁判当事者の主張内容が真実であることを報じたり、事実であると断定して報じたりするものでないことは、『提訴報道』を行う報道機関において確立された慣行であり、これに接する一般読者も、報道に長年接してきたことから、このことを正しく理解している」(控訴理由書)などとして東京高裁に控訴。開沼氏も「(同社は)一審原告(開沼氏)の社会的追放を企図してその名誉を毀損した極めて悪質な事案であり、賠償額55万円は低廉に過ぎる。賠償額は220万円(慰謝料200万円+弁護士費用20万円)とされるべきである」(同)などとして控訴した。10月28日に第1回口頭弁論が開かれて同日結審した。控訴審の判決言い渡しは12月23日。
 東京高裁(水野有子裁判長、三輪恭子裁判官、鈴木和孝裁判官)は12月23日、OurPlanet-TVの控訴を棄却した。判決は同社の控訴理由についての判断を示さなかった。同社側は同25日に開かれた判決報告集会で「控訴審判決には控訴を棄却した理由が付されていない。これだけで問題だ」などと指摘し、上告する意向を明らかにした。


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