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📖 診察室の物語 #1:数値が良くなったのに、その人は泣いた

この記事に登場する方は、複数の患者さんのエピソードをもとに再構成しています。


その方の検査結果を画面に映したとき、私は普通に「良くなりましたよ」と言った。

いつもの外来の、いつもの一言だった。

でも、目の前の人は黙ったまま、ゆっくりと目を伏せて、泣き始めた。


その方は、これまでいくつもの専門病院を渡り歩いていた。

どの病院にも、糖尿病の専門医がいた。正しい知識を持った、優秀な先生たちだった。

治療を受ければ、ある程度は良くなる。数値が下がって、「この調子ですね」と言われる。

でも、しばらくすると、また悪くなる。

すると今度は、間違いを指摘される。「ここが駄目です」「なぜ守れなかったんですか」と言われる。

本人は奮起する。「次こそは」と思う。頑張る。また良くなる。褒められる。

でも、また時間が経つと、戻ってしまう。

この繰り返しを、何年も続けていた。


想像してほしい。

毎日、朝起きたときに「今日こそちゃんとやろう」と思う。食事を計算する。間食を我慢する。エレベーターではなく階段を使う。寝る前に「今日は頑張った」と自分に言い聞かせる。

それを何週間、何ヶ月と続ける。

でも、外来に行くと数値が下がっていない。あるいは、一度下がったものが戻っている。

先生は眉をひそめて、カルテを見ながら言う。「うーん、もう少し頑張ってもらわないと」

その一言で、何週間分の「頑張った自分」が消える。

帰り道、駅のホームでぼんやり電車を待ちながら思う。「頑張ったのに。これ以上どう頑張ればいいんだろう」

これを繰り返していると、人はどうなるか。

静かに、諦める。

怒りでもなく、悲しみでもなく、もっと深いところにある「もういいや」。声を荒げることもない。泣くこともない。ただ、目から光が消える。


私の外来に来たとき、その方の目には、もうその光がなかった。

「どうせまた同じことの繰り返しですから」

最初の診察で、その方はそう言った。椅子に浅く座って、腕を組んで、視線はどこか遠くを見ていた。

怒っているのではなかった。諦めていた。燃え尽きていた。

紹介状には、これまでの治療経過が几帳面に書かれていた。処方された薬の名前、変更のタイミング、検査値の推移。それだけ見れば、「標準的な治療がなされていた」と言える。

でも、紹介状には書かれていないものがある。

この人が、どんな気持ちで毎朝起きていたか。外来の前の日に、どんな思いで体重計に乗っていたか。「また怒られるかもしれない」と思いながら、待合室のソファに座っていたこと。

紹介状は、そういうことは伝えてくれない。


「これまでどんな治療を受けてきましたか?」と聞くと、驚くほど正確に答えてくれた。

薬の名前も、食事の方針も、運動の内容も。全部覚えている。HbA1cの推移まで頭に入っていた。

この方は、知識がないのではない。努力が足りないのでもない。

ただ、「自分は何をやってもうまくいかない」と信じ込んでしまっただけだ。

何年もの「頑張ったのに駄目だった」が積み重なって、いつのまにか「自分は糖尿病すらまともに管理できない人間なんだ」という信念になってしまった。

それはもう、洗脳に近かった。


私がやったことは、特別なことではない。

まず、その方がすでにやれていることを見つけた。

カルテを丁寧に見ると、完全にコントロールを失っていたわけではなかった。朝食はきちんと摂れている。間食のタイミングにパターンがある。歩く習慣も、完全にはなくなっていない。

「ここ、できてますよ」と伝えた。

その方は、一瞬きょとんとした。

「え、できてるんですか?」

本当に驚いた顔だった。何年も「ここが駄目です」と言われ続けてきた人が、「できている」と言われて驚かないわけがない。

「できていない」ところだけを指摘するのは、簡単だ。10個の項目のうち3個しかできていなければ、「7個できていません」と言うこともできる。でも、「3個もできてますね」と言うこともできる。

どちらが正しいかではない。どちらが、この人の次の一歩につながるかだ。


次に、うまくいかなかった部分について、「なぜうまくいかないのか」を一緒に考えた。

意志の問題ではなく、体の仕組みの問題として。

「あなたが悪いんじゃなくて、この方法があなたの体に合っていなかっただけかもしれません」

この一言に、その方は黙った。腕を組んでいた手が、少しだけ膝の上に下りた。しばらく黙って、それから小さく頷いた。

薬を変えた。食事のアプローチも変えた。「カロリーを減らす」から「食べる順番と質を変える」へ。その方の仕事の時間、食事のタイミング、好みの食材。生活に合う方法を、一緒に探した。

理屈を説明した。なぜこの食事の順番が効くのか。なぜこの薬がこういう仕組みで働くのか。

「言われたからやる」ではなく「わかったからやる」に変えたかった。


「わかった」と「できた」の間には、深い溝がある。でもその溝を埋めるのは、意志力ではなく、納得だった。


小さな成功が生まれた。

2週間後、ほんの少し数値が動いた。0.2%。誤差の範囲と言えば誤差の範囲。

でも私は「動きましたね」と言った。

その方は「……本当ですか?」と聞き返した。その声には、久しぶりに「期待」の色が混じっていた。

期待。

この人がこの感情を持つのは、もしかしたら何年ぶりだったのかもしれない。


そこから数ヶ月、少しずつ、確実に数値が改善していった。

劇的な変化ではない。外来のたびに0.1〜0.2%ずつ。地味な変化。映画にはならない。SNSでバズることもない。

でもその地味な変化の裏側には、毎日の朝食と、昼の散歩と、夜の食事の工夫と、「今日もちゃんとやった」という小さな自信があった。

そして今度は、その自信が次の外来で消されることはなかった。

「良くなってますね」「ここが効いてますね」「この食べ方が合ってたんですね」

確認する。認める。一緒に喜ぶ。

それだけのことが、この人には何年も足りていなかった。


数値が明確に「良くなった」と言える日が来た。

検査結果を画面に映して、「良くなりましたよ」と言った。いつもの外来の、いつもの一言。

でも、この日の「良くなりましたよ」は、いつもとは違った。

目の前の人は黙ったまま、ゆっくりと目を伏せて、泣き始めた。


その方が泣いたのは、数値が嬉しかったからではなかったと思う。

たぶん、初めて「自分はダメな人間じゃなかったんだ」と感じたのだと思う。

何年も「できない自分」を突きつけられ続けて、いつの間にか「自分は糖尿病すらまともに管理できない駄目な人間だ」と信じ込んでいた。

数値が良くなったことは、きっかけに過ぎない。

本当に起きたことは、自分を許せた、ということだった。


私たちが外来で扱っているのは、数値だけではない。

HbA1cの数字の裏側には、その人の朝と昼と夜がある。仕事の忙しさがあり、家族との食卓があり、眠れない夜がある。「また駄目だった」と自分を責めた朝がある。コンビニでお菓子を手に取って、棚に戻して、でもやっぱり取って、レジで自分を嫌いになった夕方がある。

カルテには1行で書ける。「HbA1c 6.8%、前回比-0.3%」。

でもその1行の裏側に、何ヶ月もの日々がある。

「良くなりましたよ」の一言が、ある人にとっては、ただの報告になる。でもある人にとっては、何年分もの重荷が降りる瞬間になる。

同じ一言が、同じ重さを持つことは二度とない。


あの日の診察室で、私は少しの間、何も言わなかった。

言葉を探したわけではない。

言葉は要らなかった。

泣いている人の前で、黙っていること。何もしないこと。それも、医療の一部だと思っている。

外来の予定は押していた。次の患者さんが待っていた。

でも、この数分間は、この人のものだった。


📖 診察室の物語 ── 代謝の専門医が外来で見てきた景色を、ひとつずつ。

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⚕️ この記事は代謝内科の臨床経験をもとに書いたものであり、個別の診断・治療を目的としたものではありません。


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