2026年8月5日詳解①:HIV患者の認知機能、フレイル、サルコペニア:老年医学との接続
皆様
本記事に関心を持っていただきありがとうございます。
2026年8月5日ーHIV陽性者の高齢化と代謝合併症の詳解①:HIV患者の認知機能、フレイル、サルコペニア:老年医学との接続についてです。
以下ではポリファーマシーへの言及がありますが、HIV治療薬自体は1日1,2剤であっても、併存疾患への処方薬が増えてくると多剤併用になってしまいます。
Executive Summary
Already Known(従来の理解)
抗レトロウイルス療法の成功により、HIV陽性者の余命は一般集団に近づきました。その結果、診療の関心はウイルス学的抑制から併存疾患の管理へ移り、多疾患併存とポリファーマシーが中心的な課題として認識されるようになりました。50歳以上のHIV陽性者では、年齢と性別を揃えた非感染者と比べて多疾患併存とポリファーマシーの頻度がいずれも高く、骨粗鬆症と精神疾患は4倍前後の開きがあります。この理解に基づき、現在の実務は「疾患を数え、薬剤を数え、相互作用を確認する」という枠組みで運用されています。
What's New(この知見が加えたこと)
老年科医とHIV診療医が合同で高齢者総合機能評価を行う外来(Silver Clinic)を通常診療と比較した無作為化試験で、実行可能性と受容性が確認されました。適格者の46%が参加し、6か月時の追跡率は100%、12か月時は91%でした。同時に、評価の枠組み自体が更新されつつあります。米国の317例を対象とした多領域スクリーニングでは、ウイルス抑制率96.2%、CD4数中央値660という良好な集団にもかかわらず78.4%が1つ以上の異常領域を持ち、その有病率は50〜59歳の層でも同等でした。マレーシアと香港の研究では、世界保健機関の枠組みに基づく内在的能力(intrinsic capacity)の複合スコアがフレイルを高い精度で同定しました。疾患カウントではなく機能の複合指標が、リスクの主軸として提案されています。
So What(だから何が変わるか)
問いが「どの抗HIV薬を選ぶか」から「この患者の機能をどう保つか、そして誰が診るか」へ移ります。暦年齢を入口とする現在の運用では、50代前半で既に生じている機能低下を取りこぼします。一方、日本ではこの転換に固有の摩擦があります。高齢者総合機能評価に対する診療報酬上の評価は入院に紐づいており、外来で同じ評価を行う手段が制度上用意されていません。
1. テーマの位置づけと意義
HIV診療は、感染症診療として設計された枠組みの中で30年を過ごしてきました。ウイルス量とCD4数を測り、薬剤耐性を評価し、レジメンを選ぶ。この設計は極めて有効に機能し、余命の一般集団への接近という成果をもたらしました(1)。
しかし成果そのものが枠組みの限界を作り出しています。ウイルス学的に抑制され、CD4数も保たれた患者が外来に並ぶとき、感染症診療の道具立てで測れるものはほとんど残っていません。にもかかわらず、その患者たちは転倒し、認知機能が落ち、社会的に孤立し、10剤の薬を飲んでいます。測れないものが臨床的な重要性の中心を占めるという逆転が生じています(2)。
本レポートで扱うのは新薬でも新しい試験結果でもなく、評価の枠組みそのものです。従来の枠組みは「疾患のリスト」と「薬剤のリスト」を作ることを求めます。老年医学の枠組みは「機能の水準」と「その予備能」を測ることを求めます。両者は測定対象が異なるため、同じ患者を見ても異なる像を結びます。どちらの像が明日の診療をより良く導くのか、そして日本の制度でどちらが実行可能なのかを検討します。
2. 論文の深掘り分析
2-1. 従来の標準的理解
現在の標準的理解は、多疾患併存とポリファーマシーを二つの中心概念に据えています。トルコの横断研究では、50歳以上のHIV陽性者と年齢・性別をマッチさせた非感染者を比較し、多疾患併存(慢性疾患2つ以上)が29%対22%、抗HIV薬以外の5剤以上のポリファーマシーが20.4%対11.8%と、いずれもHIV陽性者で高いことが示されました。個別疾患では骨粗鬆症が9.5%対2.3%、精神疾患が9.5%対2.8%と差が大きく、多変量解析ではHIV陽性であること自体が調整オッズ比2.41でポリファーマシーの独立した予測因子でした。潜在的な薬物相互作用は19.4%に存在しました(3)。
この枠組みからは、二つの実務が導かれます。第一が処方の適正化です。スペインの9施設154例を対象とした介入研究では、ポリファーマシーの有病率は96.1%に達し、高い薬物療法の複雑性・臨床的に重要な相互作用・併用薬アドヒアランス不良の三つが同時に成立する状態が17.5%に認められました。薬剤師主導の階層化介入により、24週後にこの割合は9.4%へ低下し、併用薬アドヒアランスは50%から76.6%へ改善しました(4)。イタリアの181例を対象とした質改善研究では、人工知能による処方照合を用いた結果、重大な相互作用が70.4%、QT延長リスク薬が81.6%、腎毒性薬が95.9%で検出されました(5)。
第二がレジメンの単純化です。高齢化・併存疾患を有する集団において、生涯にわたる多剤曝露による臓器毒性と相互作用を減らす目的で、2剤療法への簡素化が検討されてきました(1)。長時間作用型注射剤の導入も、実臨床では単純化の文脈で選択されています。レナカパビルを含むレジメンの116例のコホートでは、56%が導入時または導入後にレジメンを単純化しており、ウイルス学的管理以外の要因が選択を駆動していることが示唆されました(6)。
しかしこの枠組みには構造的な盲点があります。中国の301例を対象とした多施設研究では、多疾患併存はポリファーマシーと潜在的相互作用の双方を増やしましたが、抗HIV薬のアドヒアランス低下と直接関連していたのは「服薬に関する主観的負担」のみで、ポリファーマシーと相互作用そのものに直接効果は認められませんでした(7)。数えられる指標(薬剤数、相互作用件数)と、実際に転帰を動かす経験(負担感)の間に乖離があります。
日本の文脈では、この乖離がさらに複雑になります。国内のHIV診療は、エイズ治療・研究開発センターを頂点に、全国8ブロックの地方ブロック拠点病院14か所、中核拠点病院約60か所、拠点病院約377か所という三層構造で提供されています(8)。この体制は専門的なHIV診療へのアクセスを確保する設計であり、多疾患併存の管理を担う設計ではありません。全国的な発生動向は毎年の年報として公表されていますが(9)、そこで把握されるのは新規報告であり、既に治療を受けている集団の機能状態ではありません。
2-2. この知見が付け加えたこと
Silver Clinicの無作為化試験は、代替となる枠組みが実行可能であることを示しました(2)。対象は50歳以上でFRAIL尺度によりフレイルと判定されたHIV陽性者です。老年科医とHIV診療医が合同で高齢者総合機能評価と管理計画を提供する外来と、通常診療を比較しました。目標症例数84に対して無作為化されたのは25例(適格者55例の46%)にとどまりましたが、6か月時の追跡率は100%、12か月時は91%、90%以上の時点でアウトカム測定が完遂されました。面接調査では、研究手順とアウトカム指標が受容可能であり、介入が患者にとって価値あるものと受け止められていることが確認されました。
同時に、評価すべき対象そのものの再定義が進んでいます。世界保健機関の高齢者統合ケアの枠組みは、身体的・精神的能力の複合体として内在的能力を定義し、これを機能的能力の規定因子と位置づけました(10)。この概念をHIV診療に持ち込んだ研究として、マレーシアの200例と対照101例、香港の275例を対象とした横断研究があります。認知・感覚(聴覚と視覚)・運動・気分・活力の5領域から0〜6の複合スコアを算出したところ、HIV陽性者と対照の平均値には有意差がなく(5.4対5.6)、有意に劣っていたのは認知領域のみでした。しかし複合スコアはフレイル(オッズ比0.17)および手段的日常生活動作の障害(オッズ比0.25)と独立に関連し、フレイルの同定においては両コホートで曲線下面積0.80以上の性能を示しました。複合スコアはインターロイキン6と相関した一方、可溶性CD14やCD163とは相関しませんでした(11)。
この概念的移行の意味を整理した総説は、フレイルとサルコペニアを内在的能力という上位概念の下に位置づけ直しています。従来これらは個別の老年症候群として並列に扱われてきましたが、内在的能力の枠組みでは、いずれも同一の予備能低下が異なる領域で表出した現象として捉えられます。社会的・構造的決定要因が内在的能力の軌跡に影響し、フレイルのリスク格差を生むという指摘も、HIV陽性者に固有の社会的脆弱性を臨床評価に組み込む道筋を示します。運動、栄養の最適化、多職種によるケアが基盤的な戦略として位置づけられ、炎症と代謝異常を標的とする薬理学的アプローチが加齢の軌跡に影響しうる領域として提示されています(12)。
最も示唆的なのは年齢に関する所見です。米国の統合医療システムで、50歳以上の317例に対して「認知・薬剤・移動・本人にとって重要なこと」の4領域を軸とする多領域スクリーニングを実施した研究では、ウイルス抑制率96.2%、CD4数中央値660という良好な集団にもかかわらず、78.4%が1つ以上の異常領域を持っていました。認知機能障害はほぼ半数(軽度39.8%、中等度8.7%)、視覚障害36.5%、慢性薬5剤以上のポリファーマシー33.2%です。そして年齢層別解析では、50〜59歳の層を含めて異常の有病率が同等でした(13)。暦年齢を入口とする層別化が機能していないことを、この結果は直接的に示しています。
異質性の構造も見えてきました。スペインの588例のコホートでは、女性は男性より若く免疫状態も良好であったにもかかわらず、フレイルが17%対9%、筋骨格疾患が47%対28%、抑うつ症状が45%対30%と高頻度でした。多変量解析では、女性のフレイルは筋骨格疾患(オッズ比3.85)、認知機能障害(3.21)、抑うつ症状(2.67)、低栄養(2.14)と独立に関連し、男性では加齢が主要な駆動因子でした(14)。同じ「フレイル」という語の下に、性別によって異なる表現型が存在します。
修飾可能な因子も特定されつつあります。イタリアの1200例を対象とした横断研究では、抗コリン薬負荷がフレイルスコアの最も強い独立相関因子の一つであり、その影響は加齢(交互作用項0.17)、AIDS発症既往(0.35)、HIV罹病期間(0.16)によって増幅されました(15)。日本では2025年6月に「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」が約10年ぶりに改訂され、日本版の抗コリン薬リスクスケールが新たに収載されました(16)。測定の道具は国内にも用意されています。
介入可能性も検証されています。50歳以上の座位中心の生活を送るHIV陽性者118例を対象に16週間の監視下運動を行った無作為化試験では、完遂した94例においてプレフレイル・フレイルの割合が48.9%から30.9%へ低下しました。高強度インターバル訓練と中強度持続運動の間に差はなく、改善は主に疲労感と低活動によるものでした。ベースラインでプレフレイル・フレイルであった参加者は脱落しやすい一方、残った参加者では400m歩行の改善幅が非フレイル者より大きく(−7.1%対−4.6%)、疲労感の改善もこの群でのみ認められました(17)。運動介入の効果はシステマティックレビューでも支持されています(18)。多職種による介入では、抗HIV薬レジメンの単純化が24.1%、1剤以上の減薬が48.9%で実施され、生活の質の身体・精神両側面が有意に改善しました(19)。
2-3. 批判的吟味:研究デザインと解釈の妥当性
Silver Clinic試験は実行可能性を評価する設計であり、有効性を示すものではありません(2)。25例という規模、単施設という設定、そして目標症例数84に対する組み入れの不足は、この試験単独で診療体制の変更を正当化しないことを意味します。著者ら自身が、確定的な試験には多施設デザインと延長した組み入れ期間が必要であると述べています。フレイルを有する対象者を単一施設から十分に集めることの困難さは、この分野の構造的な制約です。
内在的能力という概念にも検証の余地が残ります。マレーシアと香港の研究では、複合スコアはHIV陽性者と対照の間で有意差を示しませんでした(11)。この所見は二通りに解釈できます。抗レトロウイルス療法下で内在的能力が保たれているという肯定的な解釈と、この指標がHIV固有の脆弱性を捉える感度に欠けるという否定的な解釈です。手段的日常生活動作の障害に対する識別能が曲線下面積0.64程度にとどまった点も、指標としての限界を示唆します。フレイルという既存の指標に対して、内在的能力が付加的な情報をどれだけ提供するかは未確定です。
横断研究への依存も問題です。抗コリン薬負荷とフレイルの関連(15)、社会的フレイルと日常生活動作・運動・認知機能・抑うつ・社会的支援の関連(20)は、いずれも横断デザインから得られた所見です。フレイルであるがゆえに抗コリン薬を要する症状(不眠、過活動膀胱、疼痛)が生じている逆方向の因果を排除できません。減薬によってフレイルが改善するかどうかは、介入試験でしか答えが出ません。中国では入院中の高齢HIV陽性者を対象としたフレイル予測モデルの前向き研究が進行中であり(21)、縦断データの蓄積が待たれます。
対象集団の偏りも無視できません。運動介入試験の参加者は年齢中央値58歳、85%が男性でした(17)。性別によってフレイルの表現型が異なることを踏まえれば(14)、この結果を女性に外挿することには慎重であるべきです。タンザニアの400例の研究では、脂質異常症80.2%、高血圧54.5%、過体重・肥満50.8%という高い併存疾患負荷が報告され、プレフレイル48.3%、フレイル13.8%という数字とともに、生活の質を最も強く規定していたのは抑うつ(中等度・重度で回帰係数−19.25)でした(22)。医療資源と社会的支援の構造が異なる環境では、優先すべき介入対象も変わります。
認知機能をめぐる論点は、さらに慎重な扱いを要します。米国の80例対80例の比較では、HIV陽性であることが髄液アミロイドβ42陽性のオッズを7.97倍、アミロイドβ42/40比陽性のオッズを6.06倍に高める一方、HIVの疾患特性(CD4数、ウイルス量、罹病期間)とバイオマーカー陽性の間に関連は認められませんでした(23)。認知機能低下をHIVに帰属させる従来の説明枠組みでは説明がつかない現象であり、加齢性疾患としてのアルツハイマー病理が独立に進行している可能性を示します。ただし髄液バイオマーカー陽性が将来の認知機能低下につながるかは縦断的に未検証です。
日本における実装課題は制度の水準にあります。高齢者総合機能評価に対する診療報酬上の評価(総合機能評価加算)は、介護保険法施行令に規定する疾病を有する40歳以上65歳未満の者または65歳以上の者について、身体機能や退院後に必要となりうる介護サービス等を総合的に評価し、その結果を入院中の診療や適切な退院支援に活用する取組を評価するものとして設定されています(24)。すなわち評価の対象は入院に紐づいており、外来でSilver Clinicと同型の評価を実施しても、それを評価する仕組みが用意されていません。次節では、この制度的制約を含めて概念移行の実務を検討します。
3. 臨床的思考の深化と再構築
3-1. 旧概念の有効範囲と限界
疾患カウントとポリファーマシーの枠組みは、無効ではありません。むしろ、その有効範囲は明確です。
この枠組みが有効に機能するのは、介入対象が薬剤そのものである場合です。相互作用の検出、腎毒性薬の同定、QT延長リスクの評価は、薬剤リストを起点とする作業であり、疾患・薬剤の列挙で完結します。人工知能を用いた処方照合が重大な相互作用を70.4%で検出したという結果は(5)、この枠組みの生産性を示します。同様に、薬剤師主導の階層化介入が24週で不適切処方を減らしたという結果も(4)、リストを起点とする作業が成果を生むことを示しています。
限界が顕在化するのは、三つの場面です。
第一が、リスト上は問題がない患者を評価するときです。米国の多領域スクリーニングでは、ウイルス抑制率96.2%、CD4数中央値660という「良好」な集団の78.4%に何らかの機能領域の異常が見つかりました(13)。疾患名も薬剤数も基準を満たしていない患者の中に、機能低下が既に生じています。リストは、リストに載らない問題を検出しません。
第二が、リストの長さと転帰の関係が単調でない場合です。中国のパス解析では、薬剤数と相互作用件数はアドヒアランスに直接影響せず、影響していたのは主観的な負担感でした(7)。10剤を負担なく管理する患者と、5剤で圧倒されている患者を、リストは区別しません。同様に、抗コリン薬負荷の影響が加齢とAIDS発症既往によって増幅されるという所見も(15)、同じ薬剤リストが患者によって異なる重みを持つことを示しています。
第三の限界は、リストが「不足」を検出しない点です。ポリファーマシーの評価は過剰処方に注意を向けますが、機能維持に必要な介入——運動処方、栄養評価、感覚障害の補正——が実施されていないことは、どのリストにも現れません。運動介入によってプレフレイル・フレイルの割合が48.9%から30.9%へ低下したという結果は(17)、実施されていない介入の潜在的な効果量を示しています。薬剤を引き算する枠組みには、足し算の発想が組み込まれていません。
したがって境界線はこう引けます。**薬剤に介入する場面ではリストが有効であり、患者の予後と機能を評価する場面ではリストが不十分です。**両者は排他的ではなく、リストは新しい枠組みの中の一要素として位置づけ直されます。内在的能力を上位概念に置き、その下に疾患・薬剤・機能の各リストを配置するという入れ子構造が、現実的な整理になります(12)。
3-2. 新しいレンズで見える風景
内在的能力と機能を軸に据えると、日常診療の三つの場面が変わります。
第一が、スクリーニングの入口です。現在の運用は「50歳以上」あるいは「65歳以上」という暦年齢を入口としています。しかし米国のデータでは、50〜59歳の層でも異常領域の有病率が高齢層と同等でした(13)。年齢を入口とする限り、この層は評価されずに通過します。代替となる入口は、機能を直接問う短い質問群です。マレーシアと香港の研究で用いられた複合スコアは、認知・聴覚・視覚・運動・気分・活力の6項目という簡素な構成でありながら、フレイル同定において曲線下面積0.80以上を達成しました(11)。外来の限られた時間で実施可能な規模です。
第二が、介入の標的です。従来の運用では、認知機能の訴えは「HIV関連神経認知障害」として扱われ、抗HIV薬の中枢移行性を調整するという発想に接続していました。新しい枠組みでは、まず修飾可能な因子を探します。抗コリン薬負荷はその筆頭であり(15)、日本では2025年改訂の指針に日本版リスクスケールが収載されたことで、国内の処方文脈に沿った評価が可能になりました(16)。うつ、低栄養、感覚障害も同様です。タンザニアのデータで生活の質を最も強く規定していたのが抑うつであったこと(22)、社会的フレイルの上位規定因子が日常生活動作・運動・認知機能・うつ・社会的支援であったこと(20)は、標的が薬剤の外側に多く存在することを示しています。同時に、アルツハイマー病理が独立に進行している可能性を示すデータ(23)は、認知機能低下のすべてをHIVに帰属させる説明を放棄することを求めます。
第三が、処方判断の根拠です。2剤療法への簡素化は、従来「錠数を減らす」「臓器毒性を減らす」という薬剤中心の論理で語られてきました(1)。機能を軸にすると、判断根拠が変わります。簡素化によって主観的な服薬負担が下がるのであれば、それ自体がアドヒアランスを介した転帰改善の経路になります(7)。逆に、簡素化が耐性の余地を狭め将来の選択肢を減らすのであれば、余命と機能予後を踏まえた判断が必要になります。長時間作用型注射剤の選択も同じです。レナカパビルのコホートで82%が予定通りに投与を受けた一方、18%で1セット以上の遅延が生じ、中央値11日の遅れが観察されたという事実は(6)、通院能力という機能項目が薬剤選択の前提条件であることを示しています。移動能力が低下した患者に注射剤を選ぶ判断は、機能評価なしには成立しません。
3-3. 概念移行の実務的摩擦
新しい枠組みを現場に持ち込むとき、四種類の摩擦が予測されます。
第一が制度的摩擦です。日本では高齢者総合機能評価に対する診療報酬上の評価が入院に紐づいており(24)、外来でSilver Clinicと同型の合同評価を実施しても、それを評価する仕組みがありません。加えて、国内のHIV診療体制は専門診療へのアクセス確保を目的とした三層構造として設計されており(8)、老年科との合同外来を組む前提が構造に含まれていません。拠点病院に老年科が存在するとは限らず、存在しても連携の枠組みは施設ごとの裁量に委ねられます。結果として、この転換は制度が後押しするものではなく、個々の施設の持ち出しで始めるほかありません。実行可能な出発点は、合同外来の設置ではなく、既存の外来枠内での短時間スクリーニングの導入になります。
第二が用語と評価基準の摩擦です。フレイルには複数の操作的定義が併存しており、表現型に基づく基準と、欠損の累積に基づく指標は、同じ患者を異なる重症度に分類します(15)。内在的能力はさらに新しい概念であり、国内の老年医学領域でも標準的な運用が確立しているとは言えません。HIV診療医が「フレイル」と言い、老年科医が別の定義で応答するという事態は容易に起こります。共通言語を先に作らずに合同評価を始めると、評価の不一致が連携そのものへの不信につながります。実務的な対処は、施設内で単一の尺度を先に決めることです。
第三が役割認識の摩擦です。HIV診療医にとって、患者との長期の関係は診療の中核をなしてきました。他科への紹介を増やすことは、その関係の希薄化として体験されうるものです。しかし米国の多領域スクリーニングでは、行動保健への紹介が42.3%、ソーシャルワークが42.9%、薬剤師主導の心代謝リスク評価が56.8%で生じており(13)、機能を軸にした評価は必然的に紹介を増やします。紹介の増加を「手放すこと」ではなく「担当領域を明確にすること」として捉え直せるかが、移行の成否を分けます。多職種介入によって生活の質の身体・精神両側面が改善したという結果は(19)、この捉え直しを支持する材料になります。
第四が、患者側の受け止めをめぐる摩擦です。長年「感染症の患者」として自己を位置づけてきた人に対し、フレイルや認知機能の評価を持ち出すことは、老いの宣告として体験されうるものです。とりわけ長期生存者にとって、自らの身体の脆弱性を数値で示されることは、診断当初の予後告知の記憶と接続する可能性があります。Silver Clinic試験の面接調査で、介入が患者にとって価値あるものと受け止められていたことが確認された点は(2)、この懸念が必然ではないことを示す重要な材料です。ただしそれは、評価の目的が「機能を保つための手立てを探す」ことであると明確に共有された場合に限られます。評価だけを導入して介入の手立てを用意しない運用は、患者に脆弱性の自覚だけを残します。
なお、脱落という現実的な摩擦も見込む必要があります。運動介入試験では、ベースラインでプレフレイル・フレイルであった参加者ほど脱落しやすい一方、残った参加者では改善幅が大きいという逆説的な構造が観察されました(17)。最も介入を要する層が最も継続しにくいという事実は、評価の導入だけでは不十分であり、継続を支える仕組みを同時に設計する必要があることを意味します。
4. 今後の展望:何がわかれば決着するか
決着に必要な条件は三つあります。
第一に、Silver Clinicの多施設無作為化試験です。実行可能性は示されましたが(2)、有効性は未証明です。何を主要評価項目に置くか——生活の質か、入院か、機能低下の遅延か——という設計自体が、この枠組みの臨床的価値を定義することになります。
第二に、内在的能力の縦断的検証です。現在の根拠は横断研究に依存しており(11)、複合スコアの低下が将来の機能障害や死亡を予測するかは未確定です。既存のフレイル指標に対する付加価値を示せなければ、新しい指標を導入する正当性は生じません。国内外で縦断コホートの構築が進んでいます(21)。
第三に、修飾可能な因子への介入試験です。抗コリン薬負荷とフレイルの関連は横断的な所見にとどまっており(15)、減薬によってフレイルが改善するかは未検証です。日本では2025年改訂の指針で国内版のリスクスケールが整備されており(16)、国内での減薬介入研究を実施する条件は整いつつあります。運動介入については既に効果が示されているため(17,18)、次に問うべきは実装の方法です。
現時点での到達点は、評価の枠組みを疑うべき理由が十分に蓄積したという段階です。枠組みを置き換える根拠は、まだ揃っていません。
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終わりに
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本記事は生成AI Claudeで作成したものを、一部加筆修正して公開しています。
