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2026年7月14日詳解③: 低リスク甲状腺癌の経過観察:30年という長期観察研究から見えてくるもの

皆様
本記事に関心を持っていただきありがとうございます。
2026年7月14日ープライマリ・ケアにおける甲状腺疾患の詳解③: 低リスク甲状腺癌の経過観察(Active Surveillance):30年という長期観察研究から見えてくるもの、についてです。


Executive Summary

Already Known(従来の理解)
甲状腺癌、とりわけ乳頭癌の罹患率は1980年代以降に急増しましたが、死亡率はほぼ横ばいであり、その大部分は超音波の普及による過剰診断で説明されます(1)。診断された癌に対しては、大きさや性質を問わず手術で摘出するのが長らく標準でした。この一律の対応は、命に関わらない癌にまで手術の合併症という代償を負わせてきました。低リスク微小乳頭癌に対する経過観察(Active Surveillance)は、日本の隈病院・伊藤病院が世界に先駆けて臨床研究として始めた選択肢です(2)。

What's New(この知見が加えたこと)
30年に及ぶ長期成績が蓄積し、低リスク微小乳頭癌では経過観察群と即時手術群で生命予後・遠隔転移に差がないことが示されました(2)。経過観察下の腫瘍は多くが安定または緩徐な変化に留まり、増大する少数例も救済手術で対応可能で予後を損なわないことが、腫瘍動態の解析で描き出されています(7,8)。複数の系統的レビューは、経過観察を不要な手術・合併症・生涯の甲状腺ホルモン補充を回避できる妥当な管理選択肢だと結論しました(10,11)。若年者ではやや進行しやすいなど、対象選択の精緻化も進み(9)、米国・日本・韓国のガイドラインが選択基準と監視法を整えつつあります(5,6,15)。

So What(だから何が変わるか)
「癌と診断されたら切除する」という直観そのものが問い直されています。低リスク微小乳頭癌は「切る癌」から「監視する状態」へと位置づけが変わりつつあり、プライマリ・ケア医には、結節発見時に選択肢を示し、患者の不安を扱い、専門医紹介の前後で意思決定を支える役割が生まれます。ただし、経過観察の安全性を支えるのが主に観察研究であること、施設に標準化された監視体制を要すること、そして日本発の知見であるという文脈への理解が欠かせません。


1. テーマの位置づけと意義

過去40年間、世界の甲状腺癌罹患率は急上昇を続けましたが、死亡率はほとんど変わりませんでした。この乖離が意味するのは、増えたのは「命を脅かす癌」ではなく、超音波などの画像診断が拾い上げた小さく進行の遅い癌、すなわち過剰診断だということです(1)。見つけなくてもよかった癌を見つけ、切らなくてもよかった甲状腺を切る——この連鎖への反省から、低リスク微小乳頭癌を手術せずに監視する経過観察(Active Surveillance)という発想が生まれました。そしてその発想を、臨床データで裏づけて世界に示したのは、日本の専門施設でした(2)。

このテーマは、単なる術式選択の話ではありません。「癌は見つけたら切る」という、医師にとっても患者にとっても強固な直観を、「一部の癌は見守ってよい」へと転換する、パラダイムの問題です。生涯にわたる健康戦略家であるプライマリ・ケア医は、甲状腺結節の発見者であり、専門医への紹介者であり、そして診断後の患者の不安に長期に伴走する存在です。手術か経過観察かという意思決定の入口に立つのは、しばしばプライマリ・ケアの現場です。

なぜプライマリ・ケアがこの転換の主役の一人なのか。それは、経過観察が「専門施設だけで完結する話」ではないからです。結節を最初に見つけ、超音波を出すか判断し、専門医に紹介し、そして診断後も年単位で患者と向き合うのは、多くの場合かかりつけ医です。患者が「癌なのに切らなくていいのか」という不安を最初にぶつける相手も、しばしばプライマリ・ケア医です。したがって、この転換の恩恵を患者に届けられるかどうかは、専門医の技量だけでなく、かかりつけ医が経過観察という選択肢を正しく理解し、適切に橋渡しできるかにかかっています。本レポートは、この転換が臨床意思決定をどう再配線するか、移行期に何が不確実か、そして甲状腺を超えてどこまで波及するかを検討します。


2. 論文の深掘り分析

2-1. 従来の標準的理解

長らく、甲状腺の乳頭癌に対する標準治療は外科的切除でした。葉切除ないし全摘に、必要に応じてリンパ節郭清や放射性ヨード内用療法を組み合わせる——これが「癌を治す」王道であり、経過観察は例外的な位置づけでした。この標準の背後には、「癌は放置すれば進行する」という一般化された前提があります。乳頭癌はこの前提のもとで、発見され次第、大きさや性質を問わず切除の対象とされてきました。

しかし、この一律の対応がもたらした帰結を、韓国の経験が劇的に示しました。超音波による甲状腺検診が普及した韓国では、甲状腺癌の罹患率が短期間に十数倍へと跳ね上がり、その大半が微小な乳頭癌でした。にもかかわらず、甲状腺癌による死亡率は変わりませんでした。増えた診断のほとんどが、命に関わらない癌への「発見と手術」だったのです。手術には反回神経麻痺・副甲状腺機能低下・生涯の甲状腺ホルモン補充といった代償が伴います。「見つけて切る」の一律適用が、益なき負担を生み出していた——この気づきが、経過観察という発想の出発点でした。

しかし、この前提は甲状腺の微小乳頭癌には必ずしも当てはまりませんでした。近年の精緻な推計は、過剰診断の規模を具体的な数字で突きつけています。米国の検証済みシミュレーションは、1991〜2019年の乳頭癌の72〜94%が過剰診断であったと推計し、非触知結節への超音波を減らせば罹患率は大きく下がる一方、死亡率はほとんど変わらないと示しました(3)。登録データを発癌モデルで解析した別の研究も、早期乳頭癌の大半が過剰診断に帰属することを確認しています(4)。つまり、切除されてきた癌の相当部分は、そもそも生命を脅かさないものだったのです。

重要なのは、この経過観察という発想を、思弁ではなく臨床試験として世界に先駆けて実行したのが日本だったことです。1990年代、日本の専門施設(隈病院・伊藤病院)は、低リスク微小乳頭癌の患者に対し、即時手術ではなく定期的な超音波での経過観察を提案する前向き研究を開始しました。当時としては大胆な試みでしたが、その背景には「微小乳頭癌の多くは剖検で偶然見つかるほど頻度が高く、しかし臨床的に問題になることは稀」という、日本の病理・疫学の蓄積がありました。この地道な長期研究が、後の世界的なパラダイム転換の実証的基盤になったのです。

この認識の転換を受け、ガイドラインも動きました。米国甲状腺学会の2015年ガイドラインは、極めて低リスクの微小乳頭癌に対し、即時手術に代わる管理として経過観察を選択肢に含めました(5)。日本では、経過観察の臨床研究を主導してきた実績を背景に、日本内分泌外科学会が2021年に成人低リスク微小乳頭癌の経過観察に関する適応と戦略のコンセンサスを公表し、対象選択と監視法を体系化しました(6)。標準的理解は、「低リスク微小乳頭癌には手術」から、「手術と経過観察のいずれも妥当な選択肢」へと、静かに書き換えられつつあります。プライマリ・ケア医が知っておくべきは、この選択肢が例外的な実験ではなく、主要ガイドラインに支持された正規の管理方針になったという事実です。

2-2. この知見が付け加えたこと

パラダイム転換を支えたのは、何より長期の実観察データです。日本の専門施設は、低リスク微小乳頭癌に対する経過観察を30年にわたり実施し、経過観察群と即時手術群で生命予後や遠隔転移に差がないことを示しました(2)。経過観察中に腫瘍が増大したり新たなリンパ節転移が現れたりする例は一部に留まり、その場合でも救済手術で対応でき、予後を損なわなかったのです(2)。「見守る」ことが「切る」ことに劣らない——この事実が、転換の土台になりました。

この長期成績の含意は重大です。「切らずに見守る」という、直観に反する選択が、最終的な生命予後において「切る」に劣らなかったのですから。進行した場合に手術のタイミングを逃すのではないかという懸念は、実データによって和らげられました。経過観察中に増大や転移が現れてから手術に切り替えても、予後は良好に保たれたのです(2)。これは、経過観察が「治療の放棄」ではなく「手術のタイミングを見極めながらの能動的な監視」であることを意味します。

腫瘍の振る舞いも詳細に描き出されました。経過観察下の乳頭癌の体積変化には典型的なパターンがあり、多くは長期に安定または緩徐な変化に留まることが示されています(7)。急速に増大する腫瘍はむしろ少数であり、大多数は「動かない」のです。腫瘍体積の倍加時間に基づく増殖動態の解析は、増大する少数例を早期に見分ける手がかりを与え、監視の間隔や介入の判断を科学的に支えます(8)。年齢と性による進行リスクの差にも光が当たり、若年者ではやや進行しやすいことがメタ解析で示され、対象選択を精緻化する根拠となりました(9)。裏を返せば、高齢者ほど経過観察の安全域が広いことになり、これは生涯の残り時間が短いほど過剰治療の害が相対的に大きくなるという、プライマリ・ケアの時間軸の思考とも整合します。

経過観察がもたらす具体的な利益も明確になりました。手術を回避することは、反回神経麻痺による嗄声・誤嚥、副甲状腺機能低下による低カルシウム血症、頸部の瘢痕、そして全摘の場合は生涯にわたる甲状腺ホルモン補充とその管理負担を、まとめて避けることを意味します。これらは低リスク癌の「治療」の代償として、決して小さくありません。命に関わらない癌のために、生涯続く不便や合併症のリスクを引き受ける——この不均衡を、経過観察は解消します。

これらの知見は、複数の系統的レビューによって統合されました。経過観察は、追加的な利益(不要な手術・合併症・生涯にわたる甲状腺ホルモン補充の回避)を伴う妥当な管理選択肢であると結論した包括的レビュー(10)、経過観察と手術を比較して疾患特異的アウトカムに差がないと整理したレビュー(11)、そして30年の経験から得られた教訓と今後の方向を論じた総説(12)が、いずれも同じ方向を指しています。かつて「勇気ある例外」であった経過観察は、いまやエビデンスに裏打ちされた標準的選択肢の一つになったのです。もっとも、これは「手術が誤りだった」という話ではありません。手術もまた確実に癌を取り除く妥当な選択であり、要点は、低リスク例では両者が並立する——患者が選べる——という点にあります。

さらに重要なのは、日本発の知見が国外でも再現され、一国の特殊事情ではないことが確かめられつつある点です。米国の専門施設は独自の前向きコホートで腫瘍動態を解析し、経過観察下の乳頭癌の多くが安定していることを示しました(7)。韓国は大規模な前向き研究網を構築し、腫瘍増殖動態の詳細な解析(8)や、治療方針決定の枠組みの検証(21)を進めています。異なる医療制度・人種集団で同様の結果が得られていることは、経過観察の安全性が普遍性を持つことを示唆します。ただし、対象選択の基準や監視の間隔にはなお国際的なばらつきがあり、基準の調和は今後の課題です(13)。「日本で始まり、世界で検証され、各国の文脈で実装される」という段階を、このパラダイムは今まさに歩んでいます。

2-3. 批判的吟味:研究デザインと解釈の妥当性

ただし、この転換を臨床に持ち込むには、慎重な吟味が必要です。第一に、対象選択の厳密さです。経過観察が安全なのは、あくまで「低リスク」と判定された腫瘍に限られます。国際的なコンセンサスは、腫瘍径・被膜外進展の有無・リンパ節転移の有無・気管や反回神経への近接といった超音波所見に基づく選択基準と監視プロトコルを整理しています(13)。具体的には、腫瘍が甲状腺内に留まり、気管や反回神経に接しておらず、明らかな転移リンパ節がなく、細胞診で高悪性度の所見を欠くことが、経過観察の前提になります。この判定には質の高い超音波と読影の技量が要り、誰でも・どこでも同じ精度で行えるわけではありません。ガイドライン間で基準に差もあり、実践の標準化は途上です(14,15)。適応を外れた腫瘍——被膜外進展や転移を伴う例、進行の速い組織型——にまで安易に経過観察を広げれば、転換は害に転じます。「低リスク」の見極めこそが、このパラダイムの安全性の生命線であり、その判定の質を担保できる施設に紹介することが、プライマリ・ケア医の責務になります。

第二に、エビデンスの構造的限界です。経過観察の安全性を支えるのは主に前向きコホート研究であり、経過観察と手術を無作為に割り付けて生命予後を比較した大規模ランダム化比較試験は、倫理的・実務的困難から存在しません。生命を脅かさない癌を対象に、あえて「切る群」と「見守る群」に無作為割り付けする試験は、そもそも設計しにくいのです。したがって「差がない」という結論は、質の高い観察研究の一致に基づくものであり、この点は明示しておく必要があります。もっとも、無作為化がないことは経過観察を否定する根拠にはなりません。むしろ、乳頭癌の自然史がきわめて緩慢であるがゆえに、長期の実観察こそが最も直接的な証拠となる、という側面があります。エビデンスの「格」を階層で機械的に判断せず、疾患の性質に照らして重みづけする姿勢が求められます。

第三に、患者側の受容と心理です。経過観察は「癌を体内に残す」選択であり、不安を伴います。手術と経過観察のいずれを選んでも、十分な情報提供と支援があれば意思決定後の後悔は低く抑えられることが前向き研究で示されていますが(16)、実地では受容率や継続率の維持が課題です。ある地域の10年間の経験では、経過観察の受容と継続に持続的な困難が報告されました(17)。甲状腺癌患者の生活の質・心理状態は診断から追跡まで一貫した関心を要します(18)。

第四に、日本における文脈です。経過観察は日本発の知見であり、国内には豊富な実施経験と専門施設があります。一方、日本は韓国のような検診主導の罹患率急増を経験せず、微小癌への抑制的な対応が働いてきました。国立がん研究センターの統計は、国内の甲状腺癌の罹患動向を把握する基盤を提供します(19)。海外の経過観察の議論をそのまま輸入するのではなく、日本の病因分布・医療体制・患者意識に即した運用が求められます。これらの吟味を踏まえ、次章では、この転換が臨床意思決定をどう再配線するかを具体的に論じます。


3. 臨床的思考の深化と再構築

3-1. 臨床意思決定の再配線

パラダイム転換の核心は、意思決定ツリーの特定の分岐が書き換わることです。従来は「低リスク微小乳頭癌と診断された → 手術(葉切除ないし全摘)」でした。これが「低リスク微小乳頭癌と診断された → まず経過観察を第一選択肢として提示し、患者と相談する」へと変わります。「Aならば切除する」が「Aならばまず見守る」に変わる——この一分岐の転換が、下流のすべてを変えます。

具体的に、どの患者でこの分岐が適用されるかが要点です。おおむね、腫瘍径が小さく甲状腺内に限局し、被膜外進展や明らかなリンパ節転移がなく、気管・反回神経に近接せず、細胞診で高悪性度の所見がない——こうした低リスク条件を満たす症例が、経過観察の候補になります(6,13)。逆に、これらの条件を外れる腫瘍、進行の速い組織型、若年で増大傾向のある例では、従来どおり手術が優先されます(9)。プライマリ・ケア医にとって重要なのは、結節を見つけて専門医に紹介する段階で、「見つけたらすべて切る」ではなく「低リスクなら見守る道もある」という選択肢の存在を、あらかじめ患者と共有しておくことです。この一言があるかないかで、患者が専門医の前で受け止める情報の枠組みが変わります。事前に「切らない選択肢もある」と聞かされていれば、経過観察の提案を「見捨てられた」ではなく「妥当な選択肢の提示」として受け取れます。専門医紹介は「手術のための紹介」から「手術か経過観察かを一緒に決めるための紹介」へと意味を変えます。

この再配線は、抽象的な「パラダイムが変わった」という話ではありません。個々の患者の前で、「切りましょう」と言う場面が「見守るという選択もあります」に置き換わる、具体的な言葉と行動の変化です。そしてその変化は、不要な手術・術後合併症(反回神経麻痺、副甲状腺機能低下)・生涯の甲状腺ホルモン補充を回避する、実質的な利益をもたらします(10)。

もう一つ、再配線されるのは「時間の扱い方」です。従来の意思決定は、診断された瞬間に手術という不可逆な選択へと一気に進みました。経過観察は、この時間軸を引き延ばし、「今すぐ決めなくてよい」「様子を見て、必要になったら切ればよい」という、可逆的で段階的な構造に組み替えます。プライマリ・ケアが得意とする「経時的にフォローしながら判断する」という診療スタイルと、この構造は親和的です。一度の決断で完結する外科の論理から、時間をかけて経過を見る家庭医の論理へ——意思決定の重心そのものが移動するのです。ただし、この移動が機能するには、患者が「先送り」ではなく「積極的な監視」として経過観察を理解していることが前提になります。

3-2. 移行期の臨床的不確実性

とはいえ、私たちは今、旧パラダイム(手術)と新パラダイム(経過観察)が併存する移行期のただ中にいます。この「今この瞬間」に臨床医はどう振る舞うべきか、正面から扱う必要があります。

第一に、エビデンスの強度差を直視することです。経過観察の安全性は質の高い観察研究に支えられていますが、生命予後を比較したランダム化比較試験はありません。「新しいほうが正しい」と断定するのではなく、「低リスク例では経過観察も手術も妥当で、どちらも予後は良好」という等価性の理解が、移行期の正確な立ち位置です。第二に、施設間格差です。経過観察には、標準化された超音波評価・多職種連携・確実な追跡体制が要ります(13)。これらを備えない施設で安易に経過観察を選べば、進行の見逃しにつながりかねません。紹介先の体制を見極めることも、プライマリ・ケア医の役割です。

第三に、意思決定支援の質です。前向き研究は、手術と経過観察のいずれを選んでも、支援が十分なら後悔は低いことを示しました(16)。裏を返せば、支援が不十分なら後悔が生じます。ここでプライマリ・ケア医の役割が際立ちます。専門医との短い面談だけでは、患者は情報を消化しきれません。かかりつけ医が、専門医の説明を患者の言葉に翻訳し、家族の懸念を受け止め、時間をかけて納得を醸成する——この伴走が、後悔なき選択の条件になります。低リスク甲状腺癌の治療方針決定における共同意思決定(SDM)の効果を検証する多施設クラスターランダム化試験が進行中であり(21)、その結果は移行期の意思決定支援を洗練させるでしょう。

実地では、経過観察の受容率・継続率の維持が課題です(17)。いったん経過観察を選んでも、不安が募って途中で手術を希望する患者、通院が途切れる患者が現れます。「一度決めたら終わり」ではなく、患者の不安の変化に応じて方針を再相談でき、確実に追跡を継続できる仕組みが要ります。これはまさに、継続性を旨とするプライマリ・ケアが担いやすい機能です。移行期の臨床医に求められるのは、新旧の優劣を断じることではなく、目の前の患者の価値観に沿って、可逆的で修正可能な選択を一緒に組み立て、時間をかけて支える姿勢です。この点で、本テーマは疾患概念そのものの再構成(低リスク癌を「監視する状態」と捉え直す)という側面も帯びています。

3-3. 波及効果の見積もり

このパラダイム転換は、甲状腺の手術室に留まらず、隣接領域へ波及します。ただし、過大評価は禁物です。

最も大きな波及は、「癌」という語のもつ心理的重みへの再考です。低リスク微小乳頭癌は生命をほとんど脅かさないにもかかわらず、「癌」と告知された患者は、不安・抑うつ・就労や保険上の不利益を被りうることが、診断から追跡までの生活の質・心理研究で示されています(18)。経過観察を機能させるには、「これは監視でよい種類の癌です」という説明を通じて、疾患の受け止め方を作り替える必要があります(12)。ラテンアメリカ向けの実装勧告は、まさにこの点——「過剰診断」「偶発腫」「過剰治療」という用語を患者に丁寧に説明し、不安を管理しながら経過観察を選択・継続してもらう——を3段階のプロセスとして体系化しました(20)。用語と説明の設計そのものが、治療の一部になるのです。

第二の波及は、診断の入口である検査行動への影響です。過剰診断の起点が超音波オーダーにあるという認識(1,3)は、無症状者への安易な甲状腺超音波を控える動機になります。日本が韓国のような罹患率急増を免れた一因は、微小癌への抑制的な姿勢が検査行動そのものを穏やかに保ったことにあると考えられます。近年のGLP-1受容体作動薬の普及に伴う偶発的な結節発見の増加も、この文脈で捉え直せます。経過観察の議論は、「見つけてから見守る」だけでなく「そもそも不必要には見つけない」という上流の抑制と接続しており、プライマリ・ケア医が結節の検査をどれだけ入口で絞れるかが、下流の過剰治療を左右します。

第三に、これは甲状腺を超えた、進行の遅い癌全般に対する私たちの態度への波及です(4)。前立腺癌の低リスク例に対する経過観察が既に定着しているように、「すべての癌を即座に叩く」という一律の姿勢は、癌の生物学的多様性の前で見直されつつあります。低リスク甲状腺癌の経過観察は、この大きな潮流の一部として、医師と患者の「癌観」を穏やかに更新します。ただし、経過観察が明確に妥当なのは低リスク微小乳頭癌という限られた集団であり、あらゆる癌に一般化できるものではありません。進行の速い組織型や高リスク例にまで安易に延長すれば、命を落とす過小治療になりかねません。波及の射程を見極めることも、過剰な期待と過剰な警戒の双方を避けるうえで重要です。


4. 今後の展望:何がわかれば決着するか

残る不確実性の中心は、二つあります。第一に、意思決定支援の最適化です。低リスク甲状腺癌における共同意思決定の効果を検証する多施設クラスターランダム化試験(21)や、経過観察の適応を拡大した前向きコホート研究の成熟が、「誰に・どう提示すれば、後悔なく適切な選択ができるか」を明らかにするでしょう。第二に、対象選択と中止基準の精緻化です。年齢・腫瘍動態・分子マーカーによる層別が進めば、「経過観察を安全に続けられる人」と「早めに手術すべき人」の線引きが鮮明になります(8,9)。

決着の条件は具体的です。生命予後を比較するランダム化比較試験は倫理的に困難なため、決着は長期前向きコホートの継続的な追跡と、国際的な適応基準・監視プロトコルの標準化に委ねられます(13,15)。とりわけ、どの超音波所見が将来の進行を予測するのか、監視の間隔をどこまで延ばせるのか、そして経過観察を安全に「卒業」できる基準は何か、といった実務的な問いへの答えが求められます。加えて、「癌」という呼称そのものを見直す病名改訂の議論が進めば、心理的負担という波及を根本から軽減しうるかもしれません。低リスク微小乳頭癌を「癌」ではない別の名で呼ぶ提案は、過剰治療の心理的駆動力を断つ試みとして、国際的に検討されています。

日本においては、経過観察発祥の地としての豊富なデータを、国内の医療体制と患者意識に即して実装し続けることが問われます。プライマリ・ケアの側からは、結節を不必要に見つけない入口の抑制と、診断後の患者を後悔なき意思決定へ導く伴走の両面が、この転換を現場に根づかせる鍵になります。現時点の到達点は「低リスク微小乳頭癌には経過観察も手術も妥当であり、まず経過観察を提示してよい」という暫定的合意であり、次に問われるのは、その提示をいかに後悔なき意思決定へと結実させるか、という一点です。「癌を見つけたら切る」から「一部の癌は見守る」へ——この転換を安全に届けることは、過剰診断の時代における医療の成熟の試金石です。


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終わりに

最後までお読みいただき、ありがとうございました。本記事が少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。今後とも良い記事を配信していけるよう努めて参りますので、どうぞよろしくお願い致します。
なお、以下が本記事の元ページへのリンクです。

本記事は生成AI Claudeで作成したものを、一部加筆修正して公開しています。

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