2026年7月16日詳解②: その説明が治療になる——脳腸相関障害を「気のせい」で終わらせない患者コミュニケーション
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2026年7月16日ーAジェネラリストのための専門領域アップデート:消化器内科の詳解②: その説明が治療になる——脳腸相関障害を「気のせい」で終わらせない患者コミュニケーションについてです。
Executive Summary
Already Known(従来の理解)
過敏性腸症候群(IBS)や機能性ディスペプシア(FD)に代表される脳腸相関障害(disorders of gut-brain interaction:DGBI)は、総合診療の外来で頻繁に出会う一群です。ジェネラリストの多くは、検査で異常が出ないこれらの患者に「異常はありません」「ストレスでしょう」と説明しがちで、医師の言葉や態度は「治療」ではなく「接遇」の問題とみなされてきました。
What's New(この知見が加えたこと)
ローマVの枠組みは、医師-患者関係を治療の中核をなす基盤的な「レベル1」の心理社会的ケアとして明確に位置づけ直しました。系統的レビューによれば、共感・傾聴を伴う診察と、確信を持った積極的診断+脳腸相関の心理教育は、症状の重症度・生活の質・治療アドヒアランスを改善します。非欺瞞的(オープンラベル)プラセボやノセボを意識した説明の効果も示され、「何を・どう伝えるか」が臨床アウトカムを左右することが分かってきました。一方で、患者はSNSから誤情報を得やすく、訂正すべき情報が増えています。
So What(だから何が変わるか)
説明そのものが介入である、という発想への転換が求められます。ジェネラリストは、「異常なし・気のせい」に代えて、確信を持った積極的診断と脳腸相関の平易な説明を行い、メディア由来の誤解を整理し、共感的かつノセボを避けるフレーミングで伝える——この技法を、明日の外来から実装できます。薬剤や検査と違い、説明はどの外来でも資源に左右されずに更新でき、しかも副作用の心配がありません。DGBIは長く付き合う症状であるだけに、最初の説明の質が、その後の受診の反復・アドヒアランス・満足度を大きく分けます。共感的な対話と正確な情報提供は、患者のスティグマや不安を和らげる、費用のかからない治療手段でもあります。
1. テーマの位置づけとジェネラリストへの意義
IBSやFDといったDGBIは、器質的疾患を除外したあとに「残る」患者群ではなく、それ自体が明確な病態を持つ一群として理解されるようになりました(1)。これらの患者は総合診療の外来に日常的に現れ、その多くはジェネラリストが継続的に診ています。
このテーマがジェネラリストにとって重要なのは、DGBI診療で最も効果的な「道具」の一つが、高度な検査でも新薬でもなく、医師自身の説明とコミュニケーションだからです(2)。薬剤や食事療法は施設や資源に左右されますが、説明の質はどの外来でも今日から変えられます。しかも、DGBIは患者にとって長く付き合う症状であり、最初の説明が「気のせい」で終わるか「理解された」で終わるかが、その後の受診行動・アドヒアランス・満足度を大きく分けます。専門医への紹介が難しい地域や、心理療法の提供体制が限られる環境でも、ジェネラリストの説明は等しく提供できます。その意味で、コミュニケーションはDGBI診療における「格差の少ない治療資源」であり、総合診療が担うべき中核的な機能です。本稿は、この「説明という介入」をどう更新するかを、患者が接する情報・説明のフレーミング・優先すべき対象という三つの観点から整理します。あわせて、日本の外来環境(短い診察時間、保険病名としてのFD・IBSの定着、漢方を含む治療文化)に即した実装のあり方も検討します。
2. 専門知見の構造的理解
2-1. テーマの現在地:標準的な専門診療の流れ
DGBIの理解の土台は、生物心理社会モデル(biopsychosocial model)です(1)。ローマ財団が整備してきたローマ基準は、症状の分類だけでなく、生理・心理・社会の各次元が症状の発現と持続に関与するという多次元的な枠組みを提示してきました(1,3)。この枠組みでは、遺伝・幼少期の経験・腸内環境といった素因の上に、感染・炎症・ストレス・食事などの誘因が重なり、脳と腸の相互作用の調節が乱れて症状が生じ、その症状が不安や生活障害を通じてさらに脳腸相関を悪化させる、という循環が想定されます(1)。重要なのは、この循環のどこにも「気のせい」という要素がない点です。症状は主観的でも、その背後には説明可能な生理学的機序があります。IBS・FDをはじめとするDGBIは、腸管運動異常・内臓知覚過敏・脳腸間の情報伝達の乱れ・腸内細菌叢や粘膜免疫の関与などが複合する病態として捉えられます(4)。FDでは、食後のもたれ感・早期満腹感・心窩部痛が、胃十二指腸の運動や知覚の異常と脳腸相関の乱れによって生じると理解されており、近年は胃排出だけでなく十二指腸の微小炎症や透過性の変化も注目されています(5)。こうした機序の理解は、患者に「なぜ症状が起きるのか」を説明する材料そのものになります。医師がこの機序を自分の言葉で噛み砕けるかどうかが、患者への説明の質を直接左右するため、機序の学習は単なる知識の蓄積ではなく、コミュニケーションの準備でもあります。DGBIを「原因不明」と捉えるか「機序の説明できる状態」と捉えるかで、患者への言葉は根本から変わります。
一方で、日常診療でこれらの患者にどう向き合うかは、標準化が遅れてきた領域です。慢性腹痛の患者に対し、ジェネラリストはしばしば器質的疾患の除外に注力し、異常が出なければ「問題なし」と伝えて終わりがちです(6)。慢性腹痛への実践的アプローチを扱った近年の総説も、まず警告徴候を評価して器質的疾患を除外しつつ、DGBIとしての積極的診断へ切り替える重要性を強調しています(6)。しかしこの「異常なし」という説明は、患者に「では何が原因なのか」という不安を残し、症状が続くかぎり受診を繰り返させます。検査を重ねるほど「まだ見つかっていない重い病気があるのでは」という懸念をかえって強めることもあり、除外一辺倒の姿勢は、患者の安心にも症状の改善にも必ずしもつながりません。医師が「異常がない」という否定形でしか語れないとき、患者は自分の苦痛が軽視されたと感じ、医師-患者関係そのものが損なわれます。
日本の状況も押さえておく必要があります。FDは2013年に保険病名として認められ、日本消化器病学会の機能性ディスペプシア診療ガイドライン2021では、内視鏡を全例に求める従来方針から、器質的疾患が疑われる場合に限る方針へと転換しました(7,8)。治療では、酸分泌抑制薬・アコチアミド・漢方(六君子湯)が一次選択に位置づけられ、心身の相互作用を前提とした二次選択として抗不安薬・抗うつ薬が挙げられます(7)。注目すべきは、日本のガイドラインが漢方という文化的に受け入れられやすい選択肢を第一線に置いている点で、これは「薬で腸の状態を整える」という説明を、患者に抵抗なく受け入れてもらう入口にもなります。スペインの神経消化器病学会とプライマリ・ケア学会が共同で出したFD管理文書も、プライマリ・ケアでの初期対応(H. pylori検査・除菌、経験的なプロトンポンプ阻害薬・消化管運動改善薬、難治例での神経調整薬、認知行動療法)を推奨しており、FD診療がまさにジェネラリストの領域であることを裏づけています(9)。これらのガイドラインに共通するのは、診断の入口と初期治療をプライマリ・ケアに委ね、内視鏡や専門的介入を後方に回すという方向性であり、その分だけジェネラリストの説明と初期マネジメントの比重が増しています。
2-2. 新たな知見:専門医の判断はどう変わるか
近年の最も重要な転換は、「医師-患者関係そのものが治療効果を持つ」ことを、ローマVが基盤的な「レベル1」の心理社会的ケアとして明文化した点です(2)。ローマVの枠組みでは、心理社会的ケアは階層をなし、レベル1は日常診療のすべての医師が担う関係構築と説明、レベル2は自己管理教育やより構造化された支援、レベル3は消化器心理士による専門的な心理療法に相当します(2)。ここで強調すべきは、最も基盤にあるレベル1、すなわちジェネラリストの通常の診察こそが、治療の土台だと位置づけられたことです。DGBI成人を対象とした系統的レビューは、共感・温かさ・傾聴を特徴とする「充実した診察(augmented encounter)」が、症状の重症度や生活の質を改善すること、とりわけIBSでその効果が明確であることを示しました(2)。これは、特別なプログラムを組まなくても、通常の診察の質を上げるだけで測定可能なアウトカム改善が得られることを意味します。さらに、除外診断ではなく確信を持った積極的診断と脳腸相関の心理教育を組み合わせた戦略的コミュニケーションが、FDの治療アドヒアランスを高めるうえで優れていたと報告されています(2)。同レビューは、自己管理教育から統合的な消化器心理ケアまでの多職種モデルや、非欺瞞的プラセボの活用が治療文脈を最適化することも指摘しており、コミュニケーションを軸にした重層的な支援の有効性が浮かび上がっています(2)。
この「コミュニケーションが効く」という主張は、消化器領域に限らない広い実証に支えられています。医師が患者の感情的な手がかりにどう応じるかを検討した系統的レビュー・メタアナリシスでは、医師が共感的に応じる機会をとらえたのは全体の半分に満たず(プールした割合0.47)、総合診療では他科より高い(0.61)一方、なお改善余地が大きいことが示されました(10)。裏を返せば、患者は診察中にさまざまな形で不安や苦痛のサインを出しているのに、その半分以上は拾われずに流れているということです。共感が患者アウトカムと関連することはがん診療のメタアナリシスでも示されており(効果量相関0.23)、「共感は成果に効く」という方向性は一貫しています(11)。この効果量は薬剤の上乗せ効果に匹敵する水準であり、共感を「あれば望ましいもの」ではなく「効果のある介入」として扱う根拠になります。対面だけでなくオンライン診療でも、表情・視線・声のトーンといった非言語的手がかりが共感の伝達に重要であることが専門家の合意で確認されており(12)、画面越しの診療が広がるなかで、意識的に非言語のサインを送る技術の重要性が増しています。
さらに踏み込んだ知見として、「期待」や「文脈」そのものが症状に作用することが分かってきました。IBSを対象にした試験では、偽薬であると正直に伝えて投与する非欺瞞的(オープンラベル)プラセボが、二重盲検下の偽薬と同程度の効果を示しました(13)。患者に嘘をつかずとも、「この治療には体の反応を通じて症状を和らげる効果が期待できる」という文脈を丁寧に共有するだけで、一定の改善が得られうるということです。これは、説明と治療文脈が生む期待効果を、倫理的に活用しうる可能性を示唆します。逆方向の「ノセボ効果」も重要です。消化器がんの化学療法患者を対象にしたランダム化試験では、ノセボ効果について事前に教育するだけで自己申告の有害事象が減りました(14)。後発品への切り替え後に新たな有害事象が増えた消化管間質腫瘍の観察研究でも、薬物動態や添加物では説明できず、ノセボ効果が大きく関与したと結論づけられています(15)。つまり、副作用を強調しすぎる説明は、それ自体が症状を生み出しうるのです。副作用や治療リスクをどう言葉にするかが、実際の症状発現を左右するため、正確さを保ちながらも不必要に不安を煽らない伝え方が求められます。こうしたリスク・安全性のコミュニケーションを構造化して伝える重要性は、消化器領域の治療全般で強調されるようになっています(16)。DGBIのように症状が主観的で、期待や不安が症状に直結しやすい病態では、この「言葉の効果」はとりわけ大きく働きます。
2-3. 情報の限界と専門医視点の吟味
もっとも、これらの知見をそのまま外来に持ち込むには吟味が要ります。第一に、エビデンスの質です。医師-患者関係を扱う研究は異質性が高く、間接的な指標に依存する部分があり、系統的レビュー自身がその限界を認めています(2)。共感とアウトカムの関連も、患者による評価か研究者による評価かで効果量が変わるなど、測定の問題を抱えています(11)。「共感が効く」という方向は堅牢でも、どの技法がどの患者にどれだけ効くかの精密な処方箋は、まだ描き切れていません。
第二に、文化的文脈です。前述の系統的レビューは、東アジアの臨床現場では「疾患中心の安心付与(disease-centered reassurance)」が、欧米とは異なる役割を持つ可能性を指摘しています(2)。日本の外来では、患者が「病名をつけて、はっきり説明してほしい」と望む傾向があり、欧米流の「共に不確実性に向き合う」対話がそのまま最適とは限りません。むしろ、明確な診断名と、その病態の分かりやすい説明を提示することが、日本の患者には安心につながりやすいと考えられます。このため、海外の知見を輸入する際は、共感や傾聴といった普遍的な要素は取り入れつつ、説明のスタイルは日本の患者の期待に合わせて調整する必要があります。日本ではFD・IBSが保険病名として定着し、漢方を含む治療選択肢がある一方、一人あたりの診察時間が短い外来環境では、丁寧な心理教育を行う時間の確保が現実的な課題になります(7)。限られた時間の中で説明の質を上げるには、初回に要点を絞って伝え、続く受診で少しずつ理解を深めるといった、複数回に分けた説明設計が有効です。パンフレットや信頼できる情報源の案内を併用し、診察時間の制約を補う工夫も現実的です。
第三に、患者側の不満の実態です。ノルウェーのオンライン調査では、IBS患者の97%で生活の質が低下し、約半数が診断までに1年以上を要し、かかりつけ医の対応に満足していたのは34%にとどまりました(17)。同調査では、かかりつけ医がIBSについて十分な知識を持っていると感じた患者は18%にすぎず、受けた治療に満足していたのは21%でした(17)。これは一国の調査ですが、DGBI患者が抱く「理解されていない」という感覚の根深さを示しています。診断の遅れと説明の不足が、患者の不信と受診の反復を生んでいる構図がうかがえ、裏返せば、説明とコミュニケーションの改善余地がそれだけ大きいということでもあります。次章では、この「説明という介入」を、患者が接する情報・フレーミング・対象という具体レベルでどう更新するかを整理します。
3. ジェネラリストの視座による知識の統合
3-1. 患者が接触しうる情報の整理
DGBIの患者は、外来に来る前にすでに大量の情報に接しています。とりわけ影響が大きいのがSNSです。TikTokの消化器関連動画を分析した研究では、大腸がんの動画は医療者発信が多かった一方、IBSと炎症性腸疾患の動画は大半が患者発信(それぞれ約79%・80%)で、誤情報が頻繁に含まれ、食事変更が過度に強調される一方、エビデンスに基づく治療は過小に扱われていました(18)。患者は「特定の食品を抜けば治る」「腸もれ(リーキーガット)が原因だ」といった、単純化された、あるいは根拠の乏しい説明を持ち込みがちです。こうした動画は共感を呼びやすく、拡散力も強いため、体験談としての価値はあっても、そのまま治療方針にすると害になりかねません。ジェネラリストがまず行うべきは、患者がどんな情報に触れ、何を信じているかを尋ねることです。「ネットやSNSで、この症状について何か見聞きしましたか」と一言問うだけで、訂正すべき誤解の所在が見え、説明の焦点が定まります。患者を情報から遠ざけるのではなく、信頼できる情報源へ橋渡しする姿勢が、SNS時代のコミュニケーションの前提になります。
こうした情報環境を踏まえると、ジェネラリストの役割は「何を訂正し、何を補強するか」を見極めることです。訂正すべきは、極端な除去食への過信や、原因を単一要因に帰す誤解です。たとえば「グルテンを完全に断てば治る」「特定のサプリメントで腸内環境がリセットされる」といった主張は、根拠が乏しいうえ、過度な食事制限による栄養面の弊害や、かえって症状へのとらわれを強めるリスクを伴います。補強すべきは、脳腸相関という多因子の枠組みと、生活・食事・薬物・心理の複数の手立てがあるという見通しです。頭ごなしに「それは間違いです」と否定するのではなく、「その情報にも一部正しい面はありますが、全体像はこうです」と接続する伝え方が、患者の面子を保ちながら理解を更新させます。加えて、IBSにはなお恥ずかしさやスティグマが伴い、患者は症状を人に言い出せずに抱え込みがちです(17)。排便や腹部症状は口にしにくく、職場や学校で理解されにくいため、患者は孤立しやすい傾向があります。症状の持続には社会経済的な要因も関与しうることが指摘されており、情報格差や受診のしやすさの差にも配慮が要ります(19)。「あなたの症状は珍しくない、きちんと説明のつく状態だ」と伝えることは、それ自体が誤情報とスティグマの両方への対抗手段になります。診察室が、患者が安心して症状を語れる数少ない場になりうる、という認識が出発点です。
3-2. 説明のフレーミング
説明の骨格として、まず「積極的診断」を明確に告げることが出発点です(1,2)。「検査で異常がないのでIBS/FDでしょう」ではなく、「症状の型から、これはIBS(またはFD)という診断のつく状態です」と言い切ります。診断名を確信を持って告げること自体が、患者の「原因が分からない」という不安を鎮める効果を持ちます。そのうえで、脳腸相関を平易に説明します。「腸には多くの神経があり、脳と常に情報をやり取りしています。その連携が過敏になると、通常なら気づかない腸の動きを痛みや不快感として強く感じるようになります」といった説明は、「気のせい」でも「重病」でもない、第三の正確な理解を患者に手渡します(4,5)。比喩を使うのも有効で、「火災報知器が敏感になりすぎて、煙が出ていないのに鳴ってしまう状態」といった説明は、内臓知覚過敏という概念を専門用語なしで伝えられます。この説明は、症状が実在すること(患者の訴えを否定しない)と、危険な病気ではないこと(過度な不安を煽らない)を同時に成立させる点で優れています。患者が自分の状態を「制御できないもの」ではなく「仕組みの分かる、対処できるもの」と捉え直せれば、それだけで症状への注意の向け方が変わり、悪循環が緩みます。
フレーミングでは、言葉の選び方が症状に直接作用しうる点に注意が要ります。副作用を過度に強調すればノセボ効果で症状が増え、逆に治療への前向きな期待を丁寧に共有すれば、文脈効果が治療を後押しします(13,14,15)。たとえば低用量の神経調整薬を導入する際、「抗うつ薬ですが仕方なく使います」ではなく、「腸の過敏さを鎮める目的で少量使います。人によっては最初に口の渇きや眠気が出ますが、多くは数日で慣れます」と、目的と見通しをセットで伝えるだけで、受け入れと忍容性は変わります。リスクを伝えないのではなく、正確かつ均衡のとれた形で伝えることが要点です(16)。
技法面では、患者の感情的な手がかりに応じることが中核です(10)。「つらいですよね」と感情に名前をつけ、遮らずに聴き、視線や表情・声のトーンといった非言語的な要素にも気を配る——これらは特別な訓練を要する高度な技術ではなく、意識すれば外来で実装できる所作です(12)。患者が言葉に詰まったり、表情を曇らせたりする瞬間は、共感を示す好機であり、そこで一言「それは心配ですよね」と応じるだけで、関係の質は変わります。過度な安心付与(「心配いりません」の一言で終える)も、過度な不安喚起(あらゆる可能性を並べ立てる)も避け、中立で誠実な説明を組み立てることが、DGBI診療の質を左右します。「心配いりません」は、患者の懸念を軽視する響きを持ちやすく、かえって不信を招くことがあります。代わりに、「重い病気は検査で否定できました。そのうえで、この症状はこういう仕組みで起きていて、こう対処できます」と、否定と肯定をセットで伝えることが、安心と納得を同時にもたらします。診察の最後に治療方針を患者と一緒に決める姿勢を示すことも、アドヒアランスと満足度を高めます(9)。
3-3. 説明が必要な患者層の特定
「丁寧な説明」を全員に等量で行うのは現実的でなく、優先順位づけが要ります。第一に優先すべきは、症状負担が重く、生活の質が大きく損なわれている患者です。こうした患者ほど診断の遅れと説明不足による不満を抱えやすく、説明の刷新による利益が大きいと考えられます(17)。第二に、すでに複数の医療機関を巡り、「異常なし」と繰り返し言われてきた患者です。長い診断の旅を経た患者には、これまでの検査が無駄でなかったこと(=器質的疾患が否定できたこと)を認めつつ、積極的診断へと語りを切り替える必要があります。
ここで見落とされやすいのが、医師と患者の「認識のずれ」です。共同意思決定について、医師の自己評価と患者の受け止めが乖離することが示されており、医師は「十分に説明し、一緒に決めた」と感じていても、患者はそう受け取っていないことがあります(20)。この乖離は、DGBIのように主観的症状が中心で、患者の納得が治療の要となる疾患でとりわけ問題になります。医師の側が「説明した」と思っていても、患者にとっては専門用語が並んだだけで腑に落ちていない、という事態は珍しくありません。したがって、説明が届いているかを患者自身に確認する——「今の説明で、腑に落ちた部分と、まだ引っかかる部分はありますか」と問い返す——ことが、説明を独りよがりにしないための実務的な担保になります。患者に自分の言葉で理解を言い直してもらう「ティーチバック」も、理解の齟齬を早期に見つける手立てになります。
健康不安が強い患者、家族歴を気に病む患者、SNSの情報に強く影響されている患者も、丁寧な説明の優先度が高い層です。健康不安の強い患者には、検査の陰性結果を「異常なし」で終えず、その意味(何が否定できたか)を明示することが安心につながります。家族歴を気にする患者には、DGBIが遺伝性の重篤疾患とは異なることを伝える必要があります。全員一律ではなく、これらの特徴を持つ患者に説明の資源を厚く配分することが、限られた外来時間を最も有効に使う道になります。逆に、症状が軽く本人も納得している患者には、簡潔な確認にとどめてよく、メリハリをつけることが、限られた外来時間の中で持続可能な運用につながります。
4. 今後の展望:専門領域の次の動きと連携への示唆
DGBI診療は、ローマVのプロセスに沿って、生物心理社会モデルに基づく多職種・段階的ケアへと進むと見込まれます(1)。海外では、自己管理教育から、消化器心理士による専門的な心理療法(gastropsychology)までを含む階層的な体制が構築されつつあり、デジタル技術を用いた心理教育・行動療法の提供も広がっています(4)。日本では、こうした行動・心理面の提供体制がまだ限られ、短い診察時間の中でどこまで担い、どこから専門連携に委ねるかが課題として残ります。ジェネラリストがレベル1の説明と関係構築を確実に担い、難治例を心理療法や専門施設へつなぐという役割分担が、当面の現実的な落としどころになります。
ジェネラリストが当面注目すべきは三点です。第一に、日本消化器病学会のFD・IBSガイドラインが、コミュニケーションと心理教育をどこまで診療の標準に組み込むか。第二に、心理療法・行動療法への国内アクセスの整備と、それに向けた連携先の可視化。第三に、患者向けの正確な情報発信の充実で、SNSの誤情報に対抗する信頼できる説明資源が増えるかどうかです。これらが動くたびに、ジェネラリストの説明の型も更新の余地が生まれます。次に読者が自らの外来を見直すとすれば、「異常なし」を口にした回数を、「これは説明のつく状態です」に置き換えられた回数に変えていく——その一点から始めるのが、最も費用のかからない、最も効果の大きい診療改善になります。
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終わりに
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