【何かが始まりそう物語】ざらざら
初夏。真っ青な空がいまにも落ちてきそうな午後。
カオリは「恋ってクソだな」と思っていた。
2年2組の教室の窓は開け放たれていて、時折、窓から入った風がふわりと、生徒たちの間を通り抜ける。自習時間で教師はおらず、昼休み後の教室はなんとなく全員が集中力に欠けていた。ときおりクスクスとした笑い声や話し声がそこかしこで起こる。
カオリの右隣の席からも、「この問①の答え教えてよ!」「え〜、自分で考えなよ〜!」「お願いお願い!」などと、男子と女子のきゃいきゃいとした、楽しげなコソコソ話が聞こえてくる。お互い意識しているのは明白であり、いかにも青春で、他人から見れば微笑ましい光景だろう。
カオリの右隣に座るのは、菊永くん。
野球部で坊主で、目は二重なので可愛い顔つきをしている。しっかり者で成績もよく、よく喋る方ではないが、いつもクラスの中心的なメンバーとつるんでケラケラ笑っているような男の子だ。
そして菊永くんのさらに右隣にいるのはアミだ。
カオリの小学校時代からの同級生で、親友である。
はつらつとして、愛嬌の塊みたいな子だ。
とにかく人付き合いが上手い彼女は、相手の話を引き出して共感したり、ちょうどいい気の利いた軽口を叩いたりして、大人でも子どもでもどんな人からも好かれている。
どうしてなのかは分からないが、そんな人気者の彼女は、なぜか昔からカオリと行動を共にしていた。
小学校を卒業するときに、「中学では他にもっと気が合う子ができて、私とは居てくれないだろう」と思った。だが、ずっと変わらず、カオリの横にアミはいた。
「カオリが1番素を出せて、一緒にいて1番楽しいんだよね」と下校中に立ち寄った公園で、アミは鉄棒で逆上がりをしながら言った。なんで逆上がりしていたのかは忘れたが、その姿はカオリに気を遣っているようには見えなかった。
「ふーん、そっか」と答えた。ほんとは人生で1番ぐらい嬉しかったのだが、照れて答えはそっけなくなった。
アミはその答えを聞いてアハハと笑った。彼女はもう一度くるりと回ると、今度は何故か靴がぬげて飛んでいってしまい、それがおかしくて2人で息が出来なくなるくらい笑った。
カオリは人付き合いが得意ではない。
でもいつもアミと一緒にいるおかげで、アミを仲介として知り合いが増え、1人浮いたりすることなく、それなりにクラスの和には馴染むことができていた。アミが隣にいるだけでとにかく心強く、自分が学校にいても大丈夫だと思えた。
ちょっとした秘密を共有して、バカ話をして、2人で大笑いして。そんな日々がカオリにとっては楽しくて楽しくてしょうがなかった。しかし。
カオリは頬杖をつく。
なんだか机がザラザラしている。火山灰だ。
今日の桜島上空の風向きは、カオリの学校の方ではなかった気がするが、朝から窓は開けっぱなしだから、風に乗って入ってきたのだろう。
先月のとある放課後。
アミが「菊永くん、好きかも」と急に告白してきた。
先生にプリントのホッチキス留めを頼まれて、2人で教室に残って作業しているときだった。
「え、まじ!?」と私は驚いたふりをした。
もっと前から、アミが菊永くんのことが好きなのはうっすら勘づいていた。明らかに目で追っていたし、菊永くんを話題に出す回数が日に日に増えていたから明白だった。
「フツーにカッコいいとは思ってたけどさ、この前の席替えで隣になって、話すようになったら、めっちゃ話合うんだよね。好きな映画とか、漫画とかさ。」と、プリントをトントンと揃えながらアミが答える。
「かっこいいね、菊永くんは、たしかに」
「やっぱりそう思う!?」
「でも話合うんだ?何というか、アミって誰とでも話合わせて盛り上がれるタイプじゃん。それとは違うの?」
「違うの!それが!」
アミは頰を少し赤く染めながら言う。
「こう、『そうそう!それが好きなのー!』っていうポイント?みたいなのがさ、同じなの。こういうの感性が近いって言うのかな?」
「意外、菊永くんって、アミみたいに感性豊かなタイプには思えないんだけど」
「ね、私もここまで同じ熱量で語れるとは思ってなくてさー!話しててすごい楽しいんだよねー」
アミはプリントで顔を少し隠しながら続ける。
「だからもっと話したいなーとか考えちゃって。夜、メールとかしてたら、会いたくなっちゃうし。あ、もしかしてこれ、好きかも、みたいなさ」
「もしかしてどころか、めっちゃ好きじゃん、それは」
「夏休み入る前に告白しちゃおうかなぁ」
「しちゃえしちゃえ!」
「きゃー!緊張する!応援してね!」
カオリは、パチン、とホッチキスを止めながら答えた。
「もちろん!応援してる!」
しかしカオリの心はざわざわとしていた。
ああ、私がアミの1番じゃなくなっちゃうんだ。
そんなことを思った。そんなことを思った自分が最低に思えて、さらに自己嫌悪に陥った。
友情と恋愛は別だ。
菊永くんへ対する気持ちと、私への気持ちは別のものだろう。
独占欲とはまた違う。彼女の全てを私のものにしたいなんて思わない。そういうわけじゃない。
それに、アミの恋愛を応援する気持ちは、心からのものだった。本当に、うまくいってほしいのだ。
でも私は、アミの1番の理解者で、私の1番の理解者はアミだったのに、ここ最近で急に登場した奴が、もしかしたら私に「アミの1番の理解者顔」をするかもしれないのだ。
悔しい。なんか、訳もわからず、悔しい。
カオリは複雑な気持ちを抱えたまま、今日まで過ごしていた。
そして今、楽しげに、2人はコソコソ話をして盛り上がっている。
様子を見るに、菊永くんの方もアミを好きなのは間違い無さそうだ。
いや、アミを振ったら振ったでムカつくのだが。
大切な宝物を取られた気持ちだ。アミは物じゃないけど、でも、できれば返して欲しい。
カオリはアミに聞こえないように小さくため息をつく。
午後は過ぎていく。入道雲は白く光る。
夏休みはもう目の前まで迫っていた。
