退行催眠(2回目)
前回、初の退行催眠を受けたのでした。
しかしそこで見えた景色というのは、いわゆる歴史書にも載っていることだったのです。
言うなれば、今までに調べ上げた既知の情報に、当事者の感情面の情報が上乗せされた、というような内容だったのです。
もちろん、それも素晴らしい体験ではありましたが、私が求めているのはそうじゃない。
私は歴史書には載っていない情報を知りたいのです。
具体的には、アレシュ・リーズンブルクはどのような理由があって歴史の表舞台から姿を消したのかが知りたいのでした。
また、空白期間を経て再び歴史書に名が登場した際には、いきなり高官職に就いているという不思議な経歴を彼は持っています。そのいきさつは、どんな歴史書を解読してもまだ不明なままなのです。私はそれを解明したいと思うのです。
予想としては、命を狙われて国外へ逃亡したとか、他国への外交のために数年に渡り旅をしていたとか、政治闘争に巻き込まれて投獄されたとか、その辺が可能性のあることだと思いました。
しかしそれらの記述は、今のところ歴史書の中には発見できておりません。他の貴族や聖職者などは、投獄されたり亡命したりすれば、一行なりともそういった記述が残されているものですのに。
よって、アレシュの空白期間については歴史書に書くまでもないような事なのか、それとも誰かによって意図的に隠蔽されているか、といった所のものではないかと考えました。
隠蔽されているなら、やはり直接見るしかない。
私は第二回目の退行催眠を受けることにしました。
前回と同じ退行催眠師さんの元を訪ね、退行催眠のセッションを受けました。
そこで見えた景色はやはり中世ヨーロッパの貴族だった時のビジョンで、貴族の館か教会の一室で、会議か食事会をしているような雰囲気です。
しかし周りが騒がしい。
外で暴動が起きたような騒がしさの中、私(アレシュ)は身の危険を感じて部屋から脱出しようとします。
部屋の扉を開けて外に出た瞬間、私の右手方向から何かの刃物で斬りつけられました。
私は右の二の腕でその刃物を受け止めますが、そりゃあもうざっくり斬られてしまいました。(切り落とされはしなかったようです)
驚いたのは、斬りつけた犯人がどうやら私の知り合いだということです。
斬った犯人は私の顔を見て狼狽していました。たぶん人違いで、誤って斬ってしまったんだろうなと、その時の私(アレシュ)は感じました。
アレシュの傷は重傷でしたが、致命傷ではありませんでした。しかしその襲撃事件が元となり、歴史の表舞台から一時撤退したのだと思います。
第2回目の退行催眠で見た景色はそんなところでした。
惜しむらくは犯人の顔がぼやけていたことと、名前も分からなかった事です。
しかし驚くべき事実もあります。
現世の私も右手の親指に重傷を負っていまして、その怪我の後遺症で、雨の日や気圧の乱れる日などに、右手全体が焼けるように痛むことがあるのです。
しかし不思議なことに、痛みの中心地は怪我をした親指ではなく、全く関係のない二の腕なのです。
しかも、その二の腕には肉をえぐられたような形のアザがあり、痛みはそこから来ているようでした。
退行催眠を受けるまで、なぜ怪我と関係のない箇所がこんなに痛むのだろうと疑問に思っていたのですが、どうやら前世で襲われた時の傷跡が今世ではアザとなって受け継がれ、雨の日などに疼くようです。
厨二病的なあれですが、実際にそうなのだから仕方ないことです。
2回目の退行催眠は、とても満足の行く成果を得られました。
あとはこのビジョンを別なツール(占い師さん)を使って検証することにしました。
私はその後、3名の占い師さんに見てもらいました。
すると、細かいディテールに違いはあるものの、アレシュが右腕を斬られた、という事と、斬りつけた刃物の形状が3者とも一致していました。
また、3名中2名の占い師さんは、アレシュを斬りつけた犯人も分かると言いました。
それは何と、後にプラハ大司教にまで出世する聖職者の、ヤン・ロキツァナという人物です。
ロキツァナとアレシュはお互いに若い頃に知り合っており、とても親しい関係だったようです。
ロキツァナはまだ駆け出しの聖職者見習いのような立場だったと思われます。
アレシュを政治から排除しようとする勢力があり、それがロキツァナに嘘を吹聴してアレシュを襲撃させた、というシナリオだと言います。
どんな嘘を吹聴されたかというと、ロキツァナには妹がおり、アレシュがその妹を弄んだ、ということらしいです。
それを聞いたロキツァナは逆上し、アレシュを斬りつけたというわけです。
後でその誤解は解け、二人は仲直りをするのですが、その後ロキツァナはぐんぐん出世していき、プラハ大司教にまでなります。
しかしそうなると、いくら若い頃の事とは言え、逆上して友人を斬りつけた、というようなことは他者に知られたくないでしょうし、ましてや記録にも残してはならないと思ったことでしょう。
なので、歴史書からはその襲撃事件は削除され、後世には残らないようにした、という流れが推測できます。
ともあれ、アレシュは襲撃で受けた傷のために、政治の第一線を退きました。怪我の治療に専念したと思われます。
そして、アレシュが政治に復帰したとき、いきなり要職に就いて再スタートできたのも、プラハ大司教であるロキツァナの後押しがあったということならば、大いに納得できるものです。
ちなみに、史実ではロキツァナには姉か妹がいたのは間違いないと言われています。
その姉か妹が、どこかの貴族に嫁いで男児を産んでいます。その男児はやはり歴史的に重要な役割を果たす人物となるのですが、父親については不明とされています。
ひょっとすると私生児だったのかもしれません。
暴漢に襲われ、望まぬ妊娠をしたのかも。
その犯人の濡れ衣を着せられ、親友に斬りつけられてしまったアレシュなのです。
歴史書と退行催眠と霊視を併用し、このような筋書きにたどりつきました。
これを裏付けるような史料の発見があれば、なお嬉しいことです。
