ボヘミア王国英雄伝説【アレシュ編・序章第三話】

přijď mě navštívit〜私に会いに来て


リーズンブルクの夜。
太郎とマグダレナさんは夕食を終え、就寝のためにそれぞれの部屋へと戻って行った。


太郎の部屋は混雑していた。幽霊で。

太郎には見えていないが、アレシュの仲間の幽霊たちが大挙して部屋にやって来ており、太郎の就寝を待ち構えていたのだ。

太郎には若干の霊感がある。それは「不思議な夢を見る」という形で現れていた。
不思議な夢の中で、一時的に霊界と交信できるのである。

実際、その不思議な夢が有力な手がかりとなって、太郎は自身の前世の名前に辿り着いたという経緯もある。

また、ごくたまにであるが、太郎の夢の中にボヘミア時代の幽霊が現れて、「オラの町にも来てちょうだい」というリクエストをくれたのを覚えて目覚めることもある。

今回の旅では、ジェルノフへ向かう電車に乗った際、目的地に向かうはずの電車が何故か逆走し、想定外の駅に強制連行されるというアクシデントも発生したりしていた。
車内を巡回してきた車掌さんが言うには、線路工事を迂回するため急遽路線を変更したとのことだ。

マグダレナさんが通訳してくれるのを聞きながら、太郎はなんとなくボヘミアの幽霊たちが「オラの町にも来てちょうだい」と言った夢を思い出していた。

このアクシデントは、幽霊のしわざではないかと。
自分のゆかりの地にアレシュを立ち寄らせるために、電車を逆走させたのだろう。
健気で、微笑ましいではないか。


そのように、太郎は夢を介して幽霊からのメッセージを受け取ることがある。

よって、リーズンブルクの太郎の部屋に集まった霊たちは、就寝した太郎の夢に入り込み、各々の言いたいことを太郎にアピールしようという目論見があった。
やはり、自分の生き様を誰かに聞いて欲しいという気持ちはあるだろうし、ましてや、600年ぶりに再会できる友との語らいである。
一晩で足りるものではないであろう。

だが、太郎がこの地に滞在できるのは一夜のみである。時空を超えて存在している幽霊に対して、人間の身体をもつ太郎の時間は有限である。

かくして、その一夜を過ごす権利を巡って、幽霊による壮絶で盛大なジャンケン大会がおこなわれた。


その結果、今夜の太郎の夢に一番に乗り込むのは、生前のアレシュと恋仲だった町娘3人組に決定した。

「このジャンケンての面白いわね。日本人て、こういうお茶目な遊びを考えるのが得意なのねー」

町娘たちは、日本から持ち込まれたジャンケンという遊びをえらく気に入ったようである。

「あのとき、誰がアレシュと寝るのかをこのジャンケンてやつで決められてたら、私たちも喧嘩せずに済んだのにね」

生前の娘らは、アレシュと一夜を共にするとかしないとかが元で、取っ組み合いの喧嘩をしたこともあった。
死後600年経っても、女たちの会話は『つい昨日起きたこと』のようなノリである。

「野球拳というのもあるんじゃがのう、やってみんかい?」

スケベな顔つきの老紳士が、町娘たちにスケベな提案を持ちかけた。
そして、察した娘にビンタされていた。



さてさて。太郎はそんな騒ぎが起きているとはつゆ知らず。

物音のしない、真っ暗な部屋の静かな雰囲気の中で、一人感傷に浸っていた。

太郎が今回チェコに来たのは、まさにこの瞬間のためだったのである。

太郎が3歳のときに母に言った、「ぼくの本当のお父さんとお母さんのところに帰りたい」というセリフ。

それがいよいよ実現するのである。

太郎は、この部屋に泊まることによって、夢の中でボヘミア時代の両親に出会えると信じていた。

その裏付けを得るために、太郎はチェコへの出発前に、いつもの占い師の下を訪ねていた。ボヘミアの両親に会うための作戦を相談しに行ったのであった。

作戦と言っても、占い師による「霊視」の能力を介して両親の霊にコンタクトをとり、チェコに到着したあとの待ち合わせ場所の打ち合わせをするというものだった。

「行き先は、ホテルリーズンブルクで間違いないです。その部屋で眠るとき、太郎さんの夢の中でご両親が待っています、と言っています。
もし夢でうまく会えなかった場合は、次の日にホテルの裏山へ来て欲しい、そこにある『あずまや』に行けば会えます、と言っています。」

と、占い師は告げた。夢で会えなかった時のことを考え、二重の作戦を立てたのである。

驚くべきことに、その占い師の予言通り、太郎は夢で両親に会うことができなかったのである。

幽霊たちの騒乱のせいで、アレシュの両親の霊が夢に入り込めなかったのだ!


場面は戻り、再びリーズンブルクのホテル。

太郎は部屋を暗くし、ベッドに横になっていた。

目を閉じれば、ボヘミア時代の両親に会える、そう思いながらわくわくしていたが、やがてまどろみの世界へと入っていった。

太郎の脳裏に現れたのは、若く美しい三人の町娘の姿であった。

ボヘミア時代の服装であろうが、かなりおしゃれをしているのが感じられる。
胸元なんかも開いちゃったりして、太郎に対して腰をくねらせなががら三人がせまってくるのだった。

「せっかく会えたんだから、楽しみましょ?」

と、はだけた衣装で迫る美女。しかし、太郎の意識はそれを拒むのだった。

いや、嬉しいけど、今じゃないのだ。
できれば明日の夜、改めてこの続きの夢を見させてくれと思いながら、太郎はベッドから起き上がる。


何だったんだ、今のは。

落ち着かせるために水を飲み、再度ベッドに入り眠りにつく。
もう一度仕切り直しである。

やがてまどろみの世界に入り、次に太郎が見たものは。


市庁舎の窓から自身が放り投げられる夢であった。

しかも、夢の中での太郎はアレシュの姿ではなく、市庁舎に勤務する評議員のような格好をしていた。
そして、なんとなく他人の人生を見せられているような感覚だった。

「ワシはこんなふうにして人生を終えたんじゃよー」

と、バンザイの姿勢で窓から放り投げられ、転落死する評議員。
現実であれば凄惨な殺人事件であるが、夢の中でのそれはどこかユーモラスであった。

太郎を怖がらせないため、「うらめしやー」的なビジョンを見せるのはやめよう、と霊達の間で取り決めがあったのかもしれない。

ちなみに、放り投げられたのはスケベ顔の老紳士だった。
この老紳士の命日は、太郎は既に知っていた。
1419年の7月30日。

歴史書にも登場する、有名な「プラハ窓外投擲事件」の被害者の一人だろう。

しかし、何度も言うが「今」見たいのはこんなビジョンではない!


太郎は再び飛び起きる。

「なんでこんな夢ばかり見るのだ!両親の夢を見させてくれぇい!」

窓を見ると、夜闇が薄まっているのがカーテンの隙間から垣間見えた。


あああ!夜が明けてしまう!
せっかく父さんと母さんに会えると思っていたのに!


夢の中で会うのが叶わないなんて。

そう思うと、なんだか悲しくなってきた。
太郎はベットに横になったまま、天井に向かって独り言をはじめた。

「父さん、母さん、聞こえてますか?
アレシュですよ。3歳のとき、本当の両親のところに帰りたいって言ったのを覚えてますか?
今日、こうして帰ってきましたよ。残念ながら夢では会えなかったけど、もしできることなら、姿を一目見たかったです。」

すると、不思議なことが起こった。
部屋の中の暗闇がグーっと凝縮され、一点に集まっていく感じがする。

それはやがて「存在感」を放ち、人の姿になっていくのだ。

太郎の目には見えないが、ベッドの横に誰かが立っている、という気配を、太郎は確実に感じていた。

その気配は太郎をじっと見つめ、太郎の右手を優しくさすっている。

「よく来たなぁ、よく来たなぁ」


と、優しい顔で太郎に話しかけてくれているようだ。
姿は見えないが、太郎にはその気配の主がアレシュの父親だと分かった。

「父さん!やっぱり居たのね!あれ?でも、お母さんは来てないの?」

太郎は疑うことも怖がることもなく、すぐに父親の存在を受け入れた。そして、ごく当たり前の会話のように「あれ?母さんはどこ?」というノリで父親に質問をする。


すると、父親の霊は部屋の隅を指差す。

太郎が部屋の隅に意識を向けると、そこにやはり人の気配があった。

女の人が、うずくまって泣いているような雰囲気だった。

父の霊にうながされ、その女の人は立ち上がると、こちらを向いた。
アレシュの母親であった。
太郎自身はアレシュの両親の顔などは見たこともなかったが、太郎の中にいるアレシュの魂は、この人たちが両親である、と告げていた。

アレシュの母は、ふくよかな体格で黄色いドレスを着ていた。
アレシュに会うのは嬉しいのだが、生前の行いを悔いるあまり、アレシュに顔向けできない、と泣いているのだった。
母親とはアレシュが3歳の頃に生き別れとなっていた。
アレシュが他家に養子に出されたためである。

重ねて言うが、太郎には両親の姿は見えていない。
しかし、そこに「誰かがいる」という感覚があるのだ。

母親の気配が、おずおずとベッドに近づいてくる。
泣いているが、父に肩をさすられながら、アレシュと向き合うのを決意したようだ。

そこで太郎は思った。

ここは、アレシュと親子三人だけにしてあげよう、と。
一心同体であるとは言え、ボヘミアの両親との思い出まではアレシュと太郎は共有していなかった。
両親と水入らずの会話をさせてあげよう、と太郎は考えたのだった。

太郎はアレシュの魂を自分から切り離すと、「三人でゆっくり話してね」と言ってベッドから起き、自分は部屋の隅にあるテーブルに移動し、マグダレナさんの旦那さんへ手紙を書くことにした。


1時間も経つと、外は朝日に満たされ、ツバメたちのさえずりと、馬のいななきが聞こえはじめた。


ついに夜が明けた。


太郎はそのまま朝支度をし、同じタイミングで起きてきたマグダレナさんとロビーで合流した。

「ご両親には会えましたか?」

と、マグダレナさんは不安と期待のこもった眼差しで太郎に聞いてくる。


「ええ、ちゃんと会えました!で、今日はこれから裏山に行って『あずまや』を探しましょう。
そこでもう一度会えるはずです!」


太郎はニコニコとして答えた。


占い師さんから言われていた第二の作戦。

『あずまやを見つけてください。そして、両親の魂がいる証拠として、二羽の鳥を飛ばします。』


朝食を済ませた太郎とマグダレナさんは、ホテルの裏山に入って行った。


徒歩5分の距離に、15世紀のままの姿の城壁がある。

その城壁に寄り添うような形で、『あずまや』は実在したのだった。


第三話 了

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