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【不登校】不登校の息子の一年間の記録

わが家の息子は昨年、中学生になった。
そして、入学早々、まる1日の登校が難しくなった。

私や夫はもともと、本人がつらいのだったら、無理に学校へは行かなくてもいい、というスタンスだった。

勉強は家でもできるし、社会性を育むのは、心身の不調が落ち着いてからでなければ難しいだろう、という気持ちからだった。

ただ、世の中の大半の人は、学校生活を送って社会に出るわけで。

「同世代が何をしているか」「中学校がどんな場所か」は、通ってみないとわからないし、自分に何が、どこまでできるのかは、若いうちにいろいろ試すべきだと思っているので、


「つらさを抱えながら、どこまで登校できるのか」は、あれこれ探ってみるべきだろう、
とも思っていた。

そして、さまざまなサポート環境を整えるなかで、

「今日の登校をどうするか」
本人に決めてもらい、送迎する家族へ申告してもらう
🟰「フリーダム登校」スタイルが出来上がった。


進級してどうなるかはまだ分からないが、とりあえず以下に、今年1年の我が家のサポート方法や、息子の生活について、備忘録的にまとめてみたい。

不登校に悩んだり、苦しんだりしている方々の、参考になれば幸いです。



1学期

🌸入学式と、サポートの基盤づくり

真新しい制服に身を包み、迎えた入学式。
大きな学ランで入場してくる息子の姿に、成長を感じてしみじみしたのも束の間、式の最中に貧血を起こし、先生方数人で保健室へかつぎ込まれる騒ぎになった。

保護者として駆けつけた私は、保健室で初めて、担任の先生や学年主任の先生、保健の先生と対面することになり、そのときに早くも、これから過ごす中学生活は、息子にとって波乱万丈なのだろうな、と予想していた。


案の定、息子は1学期が始まるとすぐ、涙が止まらなくなったり、腹痛を起こして学校へ行けなくなった。

原因は、漠然としていることもあり
「クラスの○○がしつこくて嫌だ」というような具体性を伴うときもあり

そのつど、担任の先生や学年主任の先生と話し、小学校の頃から知ってくれている教頭先生、超がつくベテランの保健の先生へ相談すると共に

スクールカウンセラーの先生に繋いでいただいた。

また、地域のメンタルクリニックにもかかり始め、とにかく相談先を増やし

その際に、

🔴「体になにか症状が出ているときは、無理をしない方がいい」という医師の言葉と

🔴メンタルクリニックでの検査や診察の結果を学校と共有し

学校で授業が受けられないぶんのサポートと
本人の状態について相談できる人を、少しでも増やしたい、との思いから

本人とも話して、個別指導型の塾へ通うことにした。

そして、本人とは、「1日のどこかで、配布物を受け取り、先生へ現状を伝えるために、学校へ顔を出す」ことにして

なるべく登校を試みることにした。



🔴体育祭に出たくない


これは、別記事にも掲載👇

練習や競技での同調圧力が嫌でたまらず、体育祭を拒否することにした息子

何だかんだありつつ、どうにか体育祭当日を迎え、

「自分なりにできること」を達成した息子。

これをきっかけに、「自分にできることの見極め」と、それを親や友達、先生へどのように伝えるかがわかってきた感じがあった。


🔵1学期のかかわり方

涙が出る、腹痛を起こすといった、身体反応がしばしば出ていた1学期。

行事練習もだが、友達とのやり取りにも疲れてしまい

何か言われると言い返すエネルギーが要ることや、日常を過ごす教室での同調圧力を、必要以上に感じてしまい、疲労感が強かった。

何とか登校したものの、帰宅した途端に号泣することもたびたびあり、

習い事や塾も、涙が出たり腹痛を起こしたりで体と気持ちがついていけずに、お休みすることが多かった。

逆に、学校へは顔出しのみで、習い事や塾だけは行く、という日もあり

学校、習い事、家の3ヵ所を「点々とする」生活だったが

家では、とにかく本人の話を聞き、
「そうだったんだね」
「大変だったね」と同調し、
スキンシップをとり

学校へ顔を出したタイミングで、
担任の先生や学年主任の先生と本人とで話をし、
「いま、何がつらいか」
「何がつらいかもわからない状況なのか」
「体にどんな症状が出ているか」
「どうすればもっと楽になりそうか」
「どんな環境なら落ち着けそうか」を本人から伝え、話し合いを重ねた

そして、
「自分のからだと心に何が起こるか」を、いろいろな場面で把握していく学期となった。


2学期

🐼校外学習

9月に入ってすぐの校外学習は、上野と浅草へ。数人の同級生と、あらかじめ決めたコースで半日観光をする、というものだったが、

「同じ日をもう一度繰り返したいくらい、楽しかった」らしい。

イベントごとはいつも、ナーバスさが先立っていたけれど、友達と出かける楽しさを、目一杯感じられた様子。
一緒の班の子達が、気の合う仲間だったのが大きかったかも。

ここでこのままスムーズに、学校生活にも乗っていってくれれば…と思ったものの、そんなに簡単に行くはずはなかった。


🏥腰痛がまさかの

9月の半ば、なぜかいつも同じタイミングで怪我をする夫と息子が、やはり同じ日に仲良く腰と足を傷め、整形外科を受診することになった。

すると、軽い腰痛だと思っていた息子にいきなり「腰椎分離症」の診断が下り、体育は見学、体操教室はお休み、週に一回のリハビリに通う生活が始まった。

息子は人生初のリハビリテーションだったが、およそ2ヶ月のリハビリ生活で、自分のからだのクセを知り、弱い部位を知り、普段の姿勢や生活の見直しをするよい機会になった。

とくに、うつ伏せで端末を見ることで背骨が反り返り、腰椎の変形を強めて腰痛がひどくなると知ってからは、自分で気を付けるようになり、左股関節と臀部の筋力が弱いとわかったので、自主トレをするようにもなり、「自分の体とのつきあい方」を考える、初めての体験になった。


🎶合唱練習

音楽や、歌そのものは普段からいろいろと親しんでいる息子だが
こと、「合唱練習」となると、息子の苦手な「集団行動」に近いものがあり
練習では「無理矢理やらされる」感の強い雰囲気や声かけが飛び交うため

案の定というか、練習期間に入ると、涙が止まらなくなったり腹痛が出たりし始めた。

「ちゃんとやっているのに怒られる」
「指導役は、自分が歌っていないのに歌い方や声の出し方をあれこれ言ってくる」
といったことを非常に理不尽に感じ、
怒りと涙があふれると共に

塾や習い事も、「行きたい」「行かなければ」という気持ちはあるものの、学校での負担から涙が出たり腹痛を起こしたりで、行けない日が重なった。

それでも、「当日は、口パクで歌いきる」と反骨精神まるだしの目標をひそかに掲げ、予行練習もどうにか1日こなし、

本番は見事?に口パクで歌いきったらしい。

親の参観が可能だったので行ってみたが、本人から申告がなければ、口パクとは分からない歌いっぷりだった。

それがどんな目標であれ、自分で目標設定することの大切さを感じられたかもしれない。 


⚡同級生とのいざこざ


フリーダム登校を送るうちに、同級生たちから、からかわれることが増えた。

「いいなー、好きなときに登校できて」
「なんで朝から登校しないの?」

といったような声かけに対し、息子はすぐに言い返して相手を黙らせていたようで、ほとんどの子はそのまま引き下がったようなのだが

何人か、執拗に息子に絡んでくる子がいて、その対応に心が重くなることが多かった。


担任の先生や、カウンセラーの先生にも話し、本人たちと先生とで話す場を設けてもらったり、席を離してもらったりしてどうにか過ごしていたが

ある時、あからさまに、かけてはいけない言葉を息子に投げつけてきた子がいた。

その言葉に、息子は傷つき、怒り、「俺はお前に何かしたのか!?」とその子に怒鳴り、帰ってきたとたん号泣した。

話を聞き、すぐに担任の先生に連絡を取り、息子から聞いた経緯を伝え

夜、夫と私と彼とで話し合った。

息子の気持ち、憤りに、大いに共感しながら話をしたが、その時に、相手の子と、その家族の話になった。

相手の子と家族を、私たち一家は昔からよく知っていて、親御さんの子どもたちとの接し方もよく見てきていた。

そして、「その子が息子に、そんな傷つくようなひどい言葉をかけたのは、彼自身に何か抱えているものがあるからじゃないか?」という意見を出すと、息子も「そうかもしれない」と言う。

そこで、夫が「お前、そんなこと言うヤツじゃないだろ?どうしたんだよ?ってきいてみたら?」と言うと、息子がすんなり「そうしてみる」と頷いた。


翌日、担任の先生と学年主任の先生、相手の子と息子で話し合いの機会が持たれたとき、息子は夫に提案されたとおりに相手の子へ問うたらしい。

すると、相手の子がぼろぼろと泣き崩れ、学校生活や家庭のこと、成績のことなど、心にたまった重荷を吐き出したらしい。

はからずも、被害者だった息子が加害者側の子の話を聞く立場になったが、相手の子が謝罪し、息子が受け入れたことでこの件は落着となった。


会話量を増やすため、何気ない会話をたくさんした。
「こんな動画が面白い」
「こんなYouTuberが面白い」
「こんな珍しい話がある」
といった息子からの話題は、「???」となるものも多かったが、

🌕否定せず
🌕面白さを掘り下げ
🌕「何が」「どのように」などの5W1Hで話を広げ

楽しくたくさん会話することを心がけた

また、息子の求めで、私や夫の中学生の頃の話
=昭和の中学生の話や、
学生の頃の失敗談などを話したりもした

そうして過ごすなかで、ふとした時に、友達との会話や、最近の悩みなどを話してくれることがあり

そういうときはとにかく

🌕息子の気持ちをそのまま受けとめ
🌕怒りや悔しさといった、マイナスの気持ちにも共感し
🌕息子がすべて話し終えるまで聞く

ことを心がけた


また、時には、気持ちがいっぱいで
「話したくない」時もあるので

そのような時は無理に話しかけず、息子から話しかけてくるまでそっとしておいた。


3学期


⛄寒さと朝のつらさ

冬の朝は寒い。
大人でも朝がしんどい上に、この1年で10センチ以上背が伸びたのもあってか、2学期ごろから朝起きるのがつらくなってきた息子。

脱力発作のような、「力が入らない」症状も頻繁に起きるようになり、腹痛や頭痛が強くなり、朝から行けることはほとんどなかった。

それでも、「学校に行きたい」「学校へ行かなければ」という気持ちはあり、

自身の気持ちや体との対話をしつつ、どうにかフリーダム登校をする日々が続いた。

特にこれと言って、「嫌でたまらない」という事件が起きたわけではなかったが、「朝からまる1日を学校で過ごすのがつらい」とはっきり言うようになり

「○時間目からなら行けそう」
「今日は顔出しだけ」
と、自分の体調や学校の日課に合わせて、登校を調整するようになった。


🌸卒業生関連のイベント

この1年、行事のたびに
「周りと合わせないといけない」ことに疲れ、「できていても怒られる」ことにつらい思いをしてきた息子だったが、年度最後のビッグイベントの練習は、思ったよりも抵抗せずに参加していた。

特に、卒業式前に行われる「卒業生を送る会」は、生徒が自由に考えて、笑いアリ涙アリの演出をするのと

息子は「特集照明担当(ただの懐中電灯役)」で、一幕しか役割がなかったので、練習なしでもとやかく言われず、わりと生き生きと仕事に取り組んでいた。
おそらく、周りもそんな役になるよう配慮してくれたのだろうと思う。

卒業式の練習も、登校できるときに参加していた息子だったが

練習中に「離人症」の症状を自覚するようになり、「学校のつらさ」の一つに「離人症」が関係しているとわかった時期でもあった。


卒業式当日は、倒れたり不調になることなく過ごせた息子だったが

他に具合が悪くなった子がいて、間近でその様子を見てしまったため、気持ちが「引っ張られて」しまい、早くその場を立ち去りたくてたまらなかったと話していた。
 


そんな中学校生活を、どうにか1年間過ごした息子だが、

ひとつ、ハッキリと自覚した「症状」がある。


それが


🧍‍♂️離人症🧍‍♂️


息子の場合、集会やテストなど、皆が静粛に同じ行動をとるときに出てくる症状で

「自分以外の生徒が、サイボーグか人造人間のように見え、自分だけが生きている人間のように感じられて、気持ちが悪い」というもの。

Wikipediaによれば、

離人症(りじんしょう、英: Depersonalization)
とは、自分が自分の心や体から離れていったり、また自分が自身の観察者になったりするような状態を感じること。罹患者は自分が変化し、世界があいまいになり、現実感を喪失し、その重きや実感を失ったと感じる。

息子の場合、「周りと自分の間に距離や分断を感じる」という症状が強いが、かかりつけの先生によるとそれも離人症の症状なんだそう。

ただ、こうした感覚がある人、みんながみんな病的かというとそんなことはなく、

ある程度の離人症や現実感喪失は、一時的な不安やストレスなどによって誰にでも起こり得るもの

Wikipedia より

つまり、ふつうの風邪で言うところの
鼻水が出るとか、ちょっと咳き込むとか
体調に気を付ける目安になる症状。

だから、早めに寝て疲れを取るとか、早い時点でお薬を飲むとか、何らか対処すればひどくはならないけれど

放置したり、状況が悪化したりして、慢性化したり重症化していくと、もっと様々な病気へ繋がっていってしまう。

慢性的な離人症は、重度の精神的外傷、長期持続したストレス・不安などに関係している。
離人症・現実感喪失は解離性障害スペクトラムにおいて最も重要な症状であり、これには解離性同一性障害や特定不能の解離性障害などが含まれるグループである。さらにそれ以外でも、不安障害、うつ病、双極性障害、統合失調症[2]、スキゾイドパーソナリティ障害、統合失調型パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害、強迫性障害、偏頭痛、睡眠不足などでも顕著な症状である。またこれは、ある種の神経学的痙攣の症状でもあり、これは脳のセロトニンレベルが低いことを示す可能性がある[3]

Wikipedia より

つまり、悪化すると様々な「精神疾患」にかかる可能性があるし

「幸せホルモン」とも呼ばれる、心身をリラックスさせる「セロトニン」が、慢性的に足りなくなるかもしれない。


かかりつけのメンタルクリニックで、症状を伝えると、セロトニンを出す薬を提案された息子だったが、

「ずっと症状が続いているわけではない」「特定の状況の時にしか症状が出ない」という理由で、薬は見送ることにして、症状の変化を見守っていくことになった。


周囲の支え

息子の中学生活を支えるために、最も時間を使っているのは母🟰私だが、そんな私と息子の周りで、支えとなってもらっている人・場所についてまとめてみた。


家族の支援


息子のフリーダム登校に、大きな役割を担ってくれているのが、義母と夫の存在である。

特に隣棟にすんでいる義母には、私が仕事のとき、息子の送りを担ってもらっている。

息子にとっては祖母にあたる義母だが、「無理に行かせて精神を壊すと困るから、行けるときに行けばいいんだよ」と、快く送りを引き受けてくれていて、本当に有難い。

夫も同様に、休みの日は息子の送りを担ってくれている。

また、夫と息子は、ゲームという共通の趣味があるので、ゲームをしながら、学校生活についてそれとなく話をしたり、母親の私には話してくれないようなことでも、父である夫にはすんなり話していたりすることもあり、思春期の息子の良い支えになってくれている。


職場の理解


現在、パートをしている私の職場は、徒歩10分、車で3分の距離にある。

もともと、義父の介護と子育てを理由に、同じパート先へ勤めている義母と交代でシフトを組んでもらっていて、経営者や職員も地元の人たちなので、家庭の状況をよく知ってもらっていた。

子どもたちも、赤ん坊の頃から顔を出しに行っており、職員は子育て経験者ばかりなので、今回の不登校についても「そういう時もあるよね」と、あたたかく受け止めてもらっている。

こちらもなるべく迷惑をかけないように配慮はするものの、急な送迎やシフトの変更などにも快く対応してもらい、大変助かっている。


習い事の先生の協力

中学校の部活動へは入っていない息子。
そのかわり、年中から続けている体操教室と、小学校入学以来続けている習字教室は、そのまま継続している。

体操教室は、「運動する機会をつくるため」
習字教室は、「書道に集中して向き合い、端末を見なくて済む時間をつくるため」
が、主な目的で

続けるかどうか、本人と話し合い、決めたわけだけれど

「めんどくさい」「つらい」「行きたくない」は、どうしても出てくるし、休むときもあった。

それでも、学校と平行して続けるなかで、体操教室で知り合った運動好きの伯父さんたちと仲良くなったり

習字教室の先生に近況を話したりして

「第二の居場所」とまではいかなくても、外に出る機会や、学校以外の人間関係は作れている様子。

また、数学の底上げと相談窓口を増やす目的で通い始めた塾も、先生とのやり取りで気持ちをカバーしてもらっているところがあり

今後、継続できるかどうかはわからないが、息子の世界を広げる支えになればいいなと思っている。


現在の成果と課題


🏆成果


🟡出席日数と生活リズム

今のところ、息子は「不登校」ではあるものの、年間を通した欠席日数は10日ほどで済んでいる。

それは、教室で授業は受けられなくても、1日のどこかで必ず登校して、配布物を受け取ったり先生と話をしたりしているためで

カウンセラーの先生が来る木曜日は、朝から登校したり、朝から登校ができない日でも、リモート授業はちゃんと受けたりと、本人なりに決めたスケジュールやリズムで生活できている。

数字が全てではないと思うけれど、「不登校」の目安となる「欠席日数」だけで言えば、3学期は1日も欠席しなかった。ひとつの結果として記しておきたい。


🟡友人関係

不登校になると、友人との距離も遠くなってしまいがちで、それも仕方ないかなとは思いつつ、教室へ入りにくくなることもあるだろうと思っていた。

けれども、息子はその点、本人がサッパリキッパリしていて、周りにも恵まれているのか、どんな時間帯の登校でも、その日は「教室へ行く」と決めたらサッサと教室へ上がっていき

帰ってくると「やっぱり今日も○○はうるさかった」などと言ってきたり

近所で、昔から遊びに来る子がいるのだが、その友達が家に来て、息子とゲームをしていったりする。

たまに、ママさんバレーで息子の幼馴染みの子と一緒になると、その子の方が息子のテストの結果を詳しく教えてくれるので、どうやらテストの結果を友達同士で見せ合っているんだな、とわかったり。

周りから浮いて、没交渉になっているのかと思えば、そういうわけでもなく、だからと言って、一緒にどこかへ遊びに行くほど親しくもしたくない、という、何とも不思議な友人関係を築いているらしい。


🤔課題


🔵成績の伸び悩み

息子の成績は、テストについては科目や時期によって上下があるものの、中の下といったところ。

通知表は、5段階評価で、学期だけなら1がついた科目もあったが、年間を通しては2~3で済んだ。

それでも、じっと座って集中を強いられるという「テストの環境」が苦手なのと、

「なぜ、言葉で説明できることをわざわざ数式で表すかが分からない」という謎の理由で身が入らない数学の成績が思わしくなく

どうしたら、学習に面白さを感じさせられるかが今後の課題である。


🔵将来への見通し

「これがやりたい」というものは漠然とはあれど、具体的にどうすればいいかに繋げるのが難しいのと

高校入試があるので、それに向けてどのように本人の気持ちややる気を整えていくのか、親のできることは何かを考えているところ。

話をし、いろいろなものを見聞きし、人に出会う機会をつくってやりたいなあ…と思いつつ、基本的には、息子から何か頼まれたら、その時に初めて動くようにして、

余計な世話焼きや口出しをしないように気をつけていきたいと思っている。




そんな、息子の1年間。

また、記録に残しておきたい。

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