「信じる」ために「愛する」💓
「『その人のことを信じようと思います』っていう言葉ってけっこう使うと思うんですけど、『それがどういう意味なんだろう』って考えたときに、その人自身を信じているのではなくて、『自分が理想とする、その人の人物像みたいなものに期待してしまっていることなのかな』と感じて」
「だからこそ人は『裏切られた』とか、『期待していたのに』とか言うけれど、別にそれは、『その人が裏切った』とかいうわけではなくて、『その人の見えなかった部分が見えただけ』であって、その見えなかった部分が見えたときに『それもその人なんだ』と受け止められる、『揺るがない自分がいる』というのが『信じられることなのかな』って思ったんですけど」
「東洋経済オンライン」 2020/9/11
芦田愛菜さんコメントより
子どもの将来を「信じている」と言いきることほど、難しいものはない。
それはつまり、親である自分が「揺らがない」必要があるわけで
親だって、40なんねん生きてきたって、「こう生きればいいんだ!」と言いきれるものなんてなかったりするし
勉強はできなくちゃ困る
友達とうまくやってくれなきゃ困る、
手伝いをしてくれなきゃ困る、
早く寝てくれなきゃ困る、
1人でいろいろできるようにならなきゃ困る、
そんなことばっかり気になって。
いつのまにか、人と比べて他所の子と比べて、できていることよりできていないことの方が気になって。
ブレッブレの毎日を送っている😈
🟠🟠🟠
そんな私の子育てだけど、考えてみたら
「あなたを信じる」
って言わなきゃならない機会、
言わなきゃならない相手って、なかなか出会えないなと思う。
それこそ、家族や、よほど仲の良い友人とか、
心の距離が近い人にしか使わない表現
そして、「信じる」と面と向かって伝えてしまうと、相手に大きなプレッシャーを与える場合がある。
それは、愛菜ちゃん(もはや、愛菜さん、と呼ぶお年頃になられた…)の言う、「相手への期待」を、「信じる」という言葉に乗せてしまった場合、相手は「重い…!」と感じて辛くなってしまうんじゃないかな。
だからと言って、期待を全くしない、というのもなかなか難しいんじゃないだろうか。
「もっと見てほしい」「期待してほしい」
🟰「信じてほしい」
と、相手が思っている場合もあり、そのときは思いきり気持ちを込めて「あなたのことを信じているよ」と伝えなくてはならないだろう。
つまり、「信じる」という言葉は、「どれくらい相手が信じてほしいと思っているか」に合わせて、使う必要がありそうだ。
🔵🔵🔵
「信じる」「」期待する」「思いやる」エトセトラ…の気持ちを、一言で表すと
「愛する」
にまとめられる気がする
つまり、誰かを「愛する」ことの中に
「信じる」ことも含まれている
いやいや、信じてはいるけど、愛してはない人なんて、たくさんいるでしょー!
という意見はもちろんあると思う。
うーん、何て言うのかな、
「信じる」「」期待する」「思いやる」エトセトラ…のさまざまな気持ちを、た~くさん抱ける相手のことを、
愛している
と言うんじゃないかな
愛にあふれている人
🟰たくさんの人に、さまざまな言葉で言い表せる相手を思う感情を抱き、行動に移せる人
ってことなんじゃないかな
そんな人に、なれたらいいな💓
なんてことを思ったので、ちょっと文字に起こしていたら、日付をまたいでしまいましたとさ😢あー、連続記録がぁ…😢
まっ、いっか😛
☝立ち直り早
