一年前の私は世界から消えてしまいたかった
先日。母と電話した時、一年前の話になった。
『去年の日記を読み返していたらね。
めぐはこの日何時まで仕事をして、この日は体調が悪くてとか、そんなことが書いてあったよ。
もうこの頃から少しずつ悪くなっていたんだよね。』
確かこの頃、母と毎日のようにLINEや電話のやり取りをしていた。
そして、毎日のように母に弱音を吐いていた。
あの頃の状況は、私にとって深刻で重くて絶望としか捉えられなかったのだ。
2024年の手帳に書いていた日記を読み返してみても、とてもしんどそうな言葉が並べられていた。よく生き延びたと思う。
いつからだったか、休みの日もずっと仕事のことが頭から離れなくなった。
それが楽しければ良かったのだが、全く楽しいと思えず寧ろ憂鬱でしかなかった。
その時の職場の状況、新しい業務に対するプレッシャー、残業続きの日々。
趣味の一つであるゲームも楽しめなくなり、休日は重たい気持ちを抱えながらひたすら眠る日が続いた。眠っている間は何も考えなくて良いからだ。
それでも前を向いて頑張らなきゃいけない。
環境や状況がどうであれ、やるべきことはやらなきゃいけない。仕事は待ってくれない。
確実に心は悲鳴をあげているのに『無理だ』と言ってはいけないような気がした。
だから何度も自分に『大丈夫』と言い聞かせていた。本当は絶望を感じているのに。
『こうでなきゃいけない』という気持ちは次第に自分を追い詰めていき、少しずつ心だけでなく身体も壊していった。
大切な誰かが同じ状態に陥った時であれば
『無理をしすぎないでね』
『心と身体が一番大事だよ』
などという言葉をかけると思う。
しかし、私は私自身にその言葉をかけることが出来なかった。
むしろ
『まだやれる』
『まだ頑張れる』
『自分は全然頑張れてない』
などという言葉が頭をぐるぐるしていた。
これは余力がある時なら良い。
ただ、余力がない状態でのこの声掛けは私にとっては逆効果だった。
だんだん、普通なら許せることが許せなくなったり
あらゆる物事をネガティブな方にしか捉えられなくなったり
お祝い事があっても素直に祝福出来なくなったり
誰かの幸せそうな姿を見ると辛くなっていった。
当時電車で通勤をしていたのだが
『電車に乗るのが怖い』
『ホームに立っている時、気が抜けると線路に吸い込まれそう』
『きえてしまいたい』
毎日そんなことを感じていた。
『何のために働いて、何のために生きているんだろう』
考える気力すらなかった。
毎日ヘトヘトになるまで働いて
家に帰ったら無理矢理ご飯を食べて寝る。
しかし、寝つきが悪い日が増えていき睡眠時間は減っていった。
疲れが取れるはずもなかった。
ある日、めまいが酷く起きるのが困難になってしまった。
動けないから会社に休みの連絡をするが、迷惑をかけているとしか思えず休むことにも罪悪感でいっぱいだった。
結果的に仕事は休職することになった。
病院の先生から『休んだ方が良いよ』と言われた時は正直ホッとしたというより、迷惑をかけてしまったという申し訳なさでいっぱいだった。
一年前の自分に言いたいことはいくつかある。
まず、心と身体が壊れるくらい働く必要はないです。
心と身体が健康なのが一番大切なのです。
じゃないと、やりたいことも出来ないよ。
あと、職場は突然誰かが倒れても何とかなるというか寧ろ何とかなる体制でなければいけないんです。
だから迷惑かけるって思うだろうけど、休むことが何より大事です。
働くにも健康じゃないと働けないしパフォーマンス発揮も難しいので。
あと、無理に明るく振る舞おうとしなくて大丈夫だよ。悲しい時は悲しいでいいし、辛い時は辛くていい。
湧き出た感情を否定しなくて大丈夫。
いろんな物事に真面目に向き合うことはとても素敵なことだけど、向き合い過ぎて心も身体も疲れ切っちゃうなら一旦別のことに目を向けるか、心が休まる何かをすることが大事なんだと思う。
それをしてもバチはあたったりしないよ。
全部今だから言えるけど、あの時それが分かっていたらまた違う人生だっただろう。
とも考えるけれど。
あの頃に比べるとだいぶ落ち着いたが、今も消えたいと言う気持ちは時々顔を出す。
楽しくて幸せなことがある時でさえ、だ。
それが出てくると結構しんどいのだが
そんな時は無理に感情を否定せず『そうだね、消えてしまいたいんだね』と受容すると、いつの間にかどこかにいなくなっている。
消そうとすると膨れ上がるから要注意。
結局仕事は退職し、今は自分のペースで勉強を進めながら新しい道を開拓中だ。
通院は今も続いている。
体調に波はあるものの、少しずつ元気になってきているから、きっと大丈夫。心からそう言える。
大丈夫と思えない日がきても大丈夫なのだ。
