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ミュージカル 『コレット』 (衛星劇場)

最近は近松門左衛門、鴈治郎、文楽・人形劇のことで頭がいっぱいだったはずなのに、唐突にミュージカルに手を出してしまった。新作のオリジナルミュージカル『コレット』である。

[脚本・作詞・演出] G2
[作曲・編曲・音楽監督] 荻野清子
[出演] 明日海りお/今井朋彦 大東立樹(CLASS SEVEN) 七海ひろき/吉野圭吾 花乃まりあ/前田美波里

【あらすじ】
19世紀末、ベル・エポックのパリ。田舎町で育ったコレットは、14歳年上の人気作家ウィリーと結婚し、華やかな社交界に足を踏み入れる。彼女の才能に気づいたウィリーはゴーストライターとして小説を書かせ、「クロディーヌ」シリーズは大ヒット。しかし、著者名は夫のもの。創作の歓びと葛藤に苦しみながらも、コレットは自らの道を切り開いていく―。

(2025年8月 東京・日本青年館ホール)

https://www.eigeki.com/news/780

東京公演は2025年8月6日(水)~8月17日(日)。自分はぼんやり衛星劇場の予告を眺めていて、ビビビときたので鑑賞。ミュージカル初心者なりに自分が感動したポイントを、忘れぬようにメモしておきたい。

シドニー=ガブリエル・コレット

『コレット』とは、フランスでは知らぬ人がいないという程の大作家&踊り子であるシドニー=ガブリエル・コレットのこと。代表作である『ジジ』 (1944年)がブロードウェイで舞台化される際にはオーディションに立ち会って、まだ無名だったオードリー・ヘップバーンを見出したとか。

amanaに写真がある!ココ・シャネルに愛されたというのも分かる

2018年にはキーラ・ナイトレイで映画にも。

ちなみに、パリのサントノーレ通りにあった伝説のセレクトショップ「コレット」とは関係ないっぽい

男性優位の時代に、常識や慣習にとらわれずあらゆる分野で道を切り開いていった彼女の半生を、 G2がオリジナル脚本・作詞・演出で作品を紡ぎ、互いに信頼し合う荻野清子が音楽で彩り、美しくドラマティックに描きます。

https://musical-collet.com/introduction.html

ちなみに、G2さんは歌舞伎版『ナウシカ』の演出をやっていた方。G2x荻野清子では『スワンキング』(2022年)でコンビを組んでいたようだ(他にもあるだろうか?)

また、明日海りおxG2ではこちら。どれも円盤は出ていない…。

あらすじ

さて、前述の映画からあらすじも拾っておこう。

フランスの田舎町サン・ソヴールで生まれ育ったコレット。14歳年上の人気作家ウィリーと結婚し、それまでとは別世界のパリへと移り住む。“ベル・エポック” 真っ只中の活気にあふれていた1890 年代のパリ。コレットは夫とともに芸術家たちの集うサロンで、享楽の世界に浸っていた。そんななか、コレットの才能にいち早く気が付いたウィリーは、自身のゴーストライターとして彼女に小説を書かせることに。
その後、コレットが執筆した「クロディーヌ」シリーズは、社会現象を巻き起こすほどの一大ブームとなるのだった。いつしか、世間もうらやむようなセレブ夫婦として注目されるコレットとウィリー。しかしコレットは、自分が作者であることを世間に認められない葛藤と夫の度重なる浮気に苦しめられていく。徐々に夫婦関係が険悪となるなか、コレットは自らの歩むべき道を見つけていくのだった。激動の時代に流されず、あらゆる困難と闘いながらも、最後まで自分自身に正直であり続けようしたコレット。自らの力で切り開いた道の先に彼女が見つけた“希望”とは……

https://www.tc-ent.co.jp/products/detail/TCED-4913
ウィリーとコレット

ELLEの記事では、夫ウィリーは「バイセクシャルでロリコンで才能のない男だった」とあるが、ミュージカルでは、才能を見出して伸ばすことに長けた出版プロデューサー兼マーケターのような強烈なキャラクターとして登場。一幕目では、このコレット自身が初めて愛し、書くことを教えてくれた人(ウィリー/今井朋彦)から離れるまでが描かれる。

この場面、実話なのか!

自分に正直であり続けるため、本当の自分として生きていくため、孤独を受け取って突き進むコレット。では、本当の自分とは何なのか?がこの舞台の核心部分となる。

ぬくぬくとした自由なんて 
どこにもありはしない
自由と孤独を引き換えに 
切り開いて歩く 茨の道
それでも本当の自分として 生きていけるなら
それでも本当の自分として

奔放なコレットの半生

その核心に入る前に、茨の道を歩むことに決めたコレットの半生も眺めておこう。夫ウィリーはとんでもない男であったが、一方でコレットも自由奔放であった。

1906年に浮気なバイセクシャルの夫(ウィリー)と離婚し、パリのミュージック・ホールでパントマイムや踊り子として活躍を始める。この頃の愛人はナポレオン3世の姪ベルブーフ侯爵夫人マティルド・ド・モルニー(ミッシー)であり、二人は舞台上で共演することもあった。1912年にル・マタン紙主筆のアンリ・ド・ジュヴネルと再婚。ベル=ガズーの愛称で知られるコレット(1913-1981)をもうけた。娘の回想によると、コレットは子供を望んでおらず、赤ん坊をイギリス人の乳母に任せて自分は家を出たきりだったという。<….中略>

1924年に、ジュヴネルの連れ子ベルトランとの仲が取りざたされ、離婚に至る。このベルトランとの関係からインスピレーションを得た作品が『青い麦』 (1922年) 。1935年、17歳年下のモーリス・グドケと再々婚。生涯にわたって挑発的な人物として、結婚生活のかたわらで同性愛体験を謳歌した。

シドニー=ガブリエル・コレット

二幕目はウィリーと離婚して3年後、意外な展開から幕開けとなる。衣装も"貞淑な妻"であったコレットからは一転、金ピカの"踊り子"となって舞い歌い踊る(「哀しみで女は殺せない」は最高の一言)。その後も、ミッシー(七海ひろき)との別れあり、アンリ(吉野圭吾)の不倫相手イザベルとの対決(このアンリも大概な男..)があり、恋愛のイザコザが盛り沢山。しかし結局、恋愛の中に「本当の自分」は見つからない。

全ては「書くということ」のために

連れ子に手を出すあたりにはウディ・アレンを思い出しさえするが、こうした奔放さが観ている側で許せてしまうのも、コレットの辿ってきた心情の変化が、歌を通じて丁寧に綴られるからであろう。

思い返せば冒頭では、まず「書く」という喜びが発見された。

なんて満ち足りた時間 こんなの初めてよ
心痺れ まるで麻薬 
これが書くということ 書くということ

「真っ白なノート」より

1人になれる場所 なんて素敵なの
色鮮やかな言葉 ペン先でつかまえて
心紡ぐありのまま
これが書くということ 書くということ

「真っ白なノート」より

ウィリーと離婚して、言葉の世界とも一旦別れを告げるコレット。今度は、言葉を必要としない踊りの世界へ。ここでは舞台の上が新たに「1人になれる場所」となるが、この段階では「書く」ことと「愛される」ことがどちらも達成されていない。(愛し合うカップルを見て、ジェラシーを抱いたりもする)

正しく清らかな本が書きたい
愛してくれる人 見つけ出して
この世で私が手にする全て 投げ出し 捧げたい

終盤の展開では、娘の才能に気付いている母親(前田美波里)を始めとした周囲の人々に支えられ、励まされ、愛を得ることを通じてコレットが再び書きはじめる姿が描かれるが、ここにコレットのテーマ曲が繰り返され、若干の歌詞の変更と迷いなきコレットの身体/表情の端々から、序盤とは全く違った景色が立ち上がる。

デスクの上が隠れ家よ 言葉の森に囲われて
1人になれる場所 なんて素敵なの
色鮮やかな言葉 ペン先でつかまえて
心紡ぐありのまま
これが書くということ 書くということ

「真っ白なノート」より

例え絶望にかられても 立ち止まったりはしない
冒険が人生を輝かせる そんな奇跡を待ち侘びて

「コレットという生き方」

一時愛を得たコレットはその全てを投げ出す。家庭生活も公序良俗も社会規範も関係ない。全てを打ち捨て、「書くということ」にだけ身を捧げる。茨の道だが、それでも本当の自分として生きていくと決める。「自分らしさを追い求める冒険こそが人生を輝かせる」という大テーゼが圧倒的な説得力と共に響き渡るのだ。

この『コレット』は、男性優位の時代に自分が何者であるかを探した女性の一代記であったが、自分のような中年男性も多いに励まされる所があった。最後は本当に感動的でしたね。

コレットの人生はスキャンダルに次ぐスキャンダル
それから全てがひっくり返り 
彼女は崇拝の的となった
友人であったジャン・コクトーの言葉である

ということで、すっかり明日海りおさんのファンに。宝塚への道もついに開けたか?と思って調子に乗って『エリザベート』まで鑑賞。しかしこれが何ともで….(つづく)

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