五反田団 『生きてるものはいないのか』(配信)
観劇三昧で演劇三昧で忙しい。
作品概要
2007年に京都芸術センターにて初演。翌年、第52回岸田國士戯曲賞を受賞。映像は2009年の再演時のもの。
人は死ぬ。死は誰にも平等で、誰にとっても未知の出来事。
死体が積み重なっていく様子に世界を重ね、死に直面した者たちの言動に人間存在のおかしみ、輝きを見出した前田司郎の岸田戯曲賞受賞作。
最初の演劇はきっと死ぬ真似だったに違いない。
生きることも、死ぬ真似かもしれない——。
“ 演劇の原初”を思わせる代表作が、キャストを一新し2 年ぶりに登場する。
2012年には石井岳龍によって映画化もされているようだ。
五反田団と前田司郎
五反田団
1997年、作・演出の前田司郎が和光大学在学中に旗揚げ五反田の工場の建物で稽古をしていたため「五反田団」という名称になった。2003年に平田オリザ率いる青年団との共同制作となる「青年団リンク」の若手劇団のひとつとして活動。こまばアゴラ劇場を中心に作品を発表。劇団の活動が軌道に乗り、2005年に青年団リンクを終える。
前田司郎氏は『横道世之介』の脚本を務めた方のようだ。三島由紀夫賞最終候補作となった『恋愛の解体と北区の滅亡』については、「選考委員の中で福田和也のみ高く評価した」とwikiに記述があった(合掌)。
『生きてるものはいないのか』
あらすじは以下の通りである。
あやしい都市伝説がささやかれる大学病院で、ケータイ片手に次々と、若者たちが逝く——。とぼけた「死に方」が追究されまくる、傑作不条理劇。
第52回岸田國士戯曲賞選評(2008年)
選評の中から、自分がしっくりきた評を引いておく。
前田司郎さんの『生きてるものはいないのか』は、「死」ではなく「死に方」に関する見事な不条理演劇になっている。『ゴドーを待ちながら』が「待つ」ことを演劇化したものだとすれば、『生きてるものはいないのか』は「死に方」の見事な演劇化の例である。いっさいの叙情を排して、突然、まさに不条理に訪れる死に対して、死そのものではなく死に方に悩むのは、まさに我々の人生のバカバカしいまでの真実である。
受賞した前田司郎氏は、去年、一昨年と三年続けていいものを書いている。何よりもこの作家が非凡なのは、とぼけているところだ。題名の『生きてるものはいないのか』と言いたくなる様な、一群の情けない若者達が、大学病院という沢山の「死」=「この世の終わり」がある場所で、他者の「死」に鈍感に生きている。が、その若者達に外部からまことに不条理な形で自分の「死」が近づいてくる。それが、どういうことで、どういうものなのかもわからないでいる。自分の「死」にさえも、鈍感なまま次々と、とぼけた風に死んでいく。そして、本当に『生きてるものはいないのか』という事態が起こる。
こう並べてみると、さすが野田秀樹。
若者が次々と死んでいく不条理コメディである。本自体にはクスりとするところもあったが、登場人物18人の中には演技レベルが明らかに要求水準に達していない方もいたように思われ、コント役者がもっと必要だったのかな…というのが正直な感想。石井岳龍の映画版は成功しているのだろうか…。
