女の衝動
2023.3月 転勤発令。
職場環境の急激な変化。
適応障害発症。
長期休職を余儀なくされる。
仕事という唯一の自己肯定を取り上げられた私に渡されたのは、うつ病と書かれた診断書だった。
2024.3月 旦那から実家療養の勧め。
荒れ果てた私を少し怯えた表情で見つめる彼の瞳は優しい色をしていた。
自分を守らなくては私も救えないと決めた目だった。
彼は本当に優しい人。
実家に帰った私は、1日中布団から起き上がれずに人の形さえ保っていなかった。
煙草を吸うことでだけ自分の呼吸を確認できた。
薄暗い部屋で時間だけが過ぎている。眠るでもなく起きるでもなく布団の中にいて、そこに私はいなかった。
母は騒がしく私にあれこれと世話を焼いてくれた。朝昼晩のおさんどんはどんな用事があっても欠かさなかった。
何を食べても味がしなかった当時、母と一緒に食べる茶粥は、少しだけ味がした。素の茶粥なのに。生米から炊いたものではなく、煮出したほうじ茶にご飯をいれた手抜き茶粥なのに。お米の甘い味がした。
父は私を遠巻きに見て、自分のペースを崩さなかった。私がいてもいなくてもいつも通りの生活をしていた。荒れ果てて帰った娘を心配するでもなく、日常として受け入れた。
父の変わらなさは私を救った。
可哀想の特別扱いはときに人を殺す凶器になることをこの時の私は知っていた。
そんな両親に見守られる実家療養生活。
薬を飲み茶粥を食み、ぼんやりと人の形を取り戻した頃、母は私に言った。
「道成寺会式(えしき)へ行かんかい?」
道成寺会式とは、毎年4月27日に和歌山県にある古刹道成寺で行われるお祭りだ。
人混みは遠慮したかった。ぼんやりと人の形を取り戻した私が人波のなかで消えてしまいそうだったからだ。 吹けば飛ぶ。同級生なんかに出会ったらその場で霧散してしまう。
ただ日本舞踊をたしなむ祖母が、会式で踊ると母は言う。祖母の背筋の伸びた踊り姿、いつまで見れるかわからない。
「そのハレ姿一目見む」
なんとかそこまでと重すぎる腰を上げた。孫バカ極まれリ。おばあちゃん愛してる。
でも疲れたらすぐ車へ逃げ帰るつもりだった。
母と母の友人に連れられ、天音山道成寺へ参拝。
宮子姫の慕郷の想いと清姫の情念が残る境内で会式は行われる。
祖母の所属する日本舞踊の会が場に花を添える。
誰より目を引いたのは祖母のお友達、御年92歳大先輩の姿である。
日高川の堤防から道成寺まで1km弱踊り歩く。そこから62段の石段をしっかりとした足どりで上るのだ。
履いているのは運動靴ではない。揃いの草履だ。ぺったんぺったんと草履を鳴らし1段ずつ、介助も受けず手すりを掴んでするすると登っていく。
その背中は小さいながらも力強く、私は心底羨ましかった。
踊りも大変上手な方で、鈴をシャラシャラと鳴らしながら舞踊る姿は優雅そのものだった。
しなやかな強さをその方から感じた。
私には持ち合わせのないものだった。
もちろん祖母の姿も見逃してはいない。
笠を深く被り、両手をしゃんっとあげ、踊る祖母の姿を誇らしく感じた。私のおばあちゃんはこんなにかっこよくて素敵なんだぞって思わず胸を張った。
祖母の踊る動画と写真を撮りながら涙がでた。
何の涙かはわからなかった。
演目が一段落し、祖母のお友達10人程で記念撮影をする。肩寄せ合う姿は女学生そのままの姦しさだった。そのきらめく笑顔がこれからもずっとずっと続くことを孫は心から祈っている。
祖母たちは会式のあと女子会さながら夕食で打ち上げをしたそうだ。朝から着付け、リハーサル、打ち合わせ、祭り本番とこなした祖母たち。その活力を見習いたい。今しばらくは祖母の心配はなさそうだ。
また、会式になくてはならないのが天音太鼓保存会のお囃子だ。
太鼓の音がなければ、この会式はやはり迫力に欠ける。視覚的なボリュームは蛇(清姫)が満たしてくれるが、太鼓の聴覚的なボリューム、空気震わす触感的なボリュームがなければ味気ないものになってしまう。
10名の太鼓、笛、手平鐘が場の情景に臨場感を加えていく。蛇(清姫)が蜷局を巻いて鐘を飲み込むにつれ速くなる太鼓の拍子に私の心拍数まで速くなっていった。
私は一緒に来ていた母と母の友人そっちのけで祭りの進行を食い入るように見つめる。
道成寺会式の目玉は「ジャンジャカ踊り」だ。
安珍清姫伝説が演じられ、日高川の堤防から始まる。
少年扮する安珍が道成寺へ逃げ、大蛇になった清姫は安珍を追い境内を探し回る。
今はなき鐘の中へ安珍は逃げ込み、炎を吐く清姫に鐘もろとも焼き殺されてしまう。
清姫が去り、人々が鐘を持ち上げると骨になった安珍だけが舞台上に残るのだ。
安珍清姫伝説のクライマックスを直視できる。
なんといっても圧巻は清姫のスケールだ。その長さ21メートル。大きな身体は安珍への愛しさと憎しみのあらわれだ。
地元の学生や保存会のみなさんが清姫を演じる。
頭部だけでも100キロあまり。大人6人がかりで担ぎ上げる。
頭を担ぎ上げる男たちは、眉間に皺寄せ肩にかかる重さに耐える。その重さは、清姫の想いの重さか。
身体全体は約40人で力を合わせる。小さいビニールハウスの骨材を布で覆い、中に入った人が1本ずつ持って移動する。当然頭を担いでいる人以外は、前の人の背中と足元しか見えない。平坦な道での移動でさえ難しい。
この状態で石段62段を這い上がる。
それもただ上がるのではない。全員が呼吸を合わせて駆け上がるのだ。
その姿は蛇なのにさながら登り龍のよう。
うねうねと蠢くその身体は本当に生きて苦しんでいるようにまで見える。生々しい血がその蛇には流れていた。その血は見物人たちの目を奪い、祭りを盛り立てていく。
境内に入り、鐘に蜷局を巻く清姫激情の光景が広がる。蜷局を巻く清姫は、体を締めたり緩めたり。
えぇい私と安珍様を阻む憎き鐘、この清姫締め壊してくれると言わんばかりだ。
目の前の光景に、恐ろしいやら共感するやらなにも言えず生唾飲み込む。
清姫よ。
そこまでして貴女は何を望む?
その先には何がある?
でも、わかる。
貴女を突き動かす衝動も炎を吐くまでの熱量も私は知っている。
私のなかで何かが形を持ち始めている。
もともと幼い頃から安珍清姫伝説は馴染みのある昔話だ。
学生時代はアクリル絵の具で絵をたくさん描いた。とりわけ清姫の姿はよく描いた。今でも彼女は私のファム・ファタールだ。
私の描く清姫(人の姿)は眉間に皺を寄せたりなんかしない。ただまっすぐに前をみている。下も向かない上も向かない、目の前の愛しき安珍からの言葉に愛が憎しみに変わる瞬間を描き上げるのだ。
その目はもう蛇の目をしている。

最近になって初めて蛇の姿の清姫を描いた。先日noteに投稿した「清姫」である。

紙と黒のペンだけで描き上げた。鐘楼を燃やし暴れ回る清姫を思い一本一本線を引いた。
苦しかろう、なぜその身を蛇にするほど思い詰めたと問いながら描いた。2週間かかった。最後の方は動画を撮ることも辛くてただ無心で描いた。仕上げの記録は撮れなかった。でも、描きたかった。
しんどい、辛い。でも、ペンを止めることができない。
清姫を描き込む私の中にあったのは「衝動」だった。
描きたい。もっと描きたい。止まらない。止められない。もっと、もっと、もっと、もっと…!
「清姫」だ。
私の中にも清姫がいる。
愛した男の裏切りに狂い蛇に化け、男を焼き殺した女の「衝動」。
絵を描く楽しさに狂い、蛇の化け物を描き出す女の「衝動」。
私の中から清姫が炎を吐いて暴れだした。
重たい身体を引きずりながらも祖母思い、人混みかき分け道成寺会式へ行った。それからだいぶ経って絵を描いた。
清姫を描き上げる私はもしかしたら蛇になりかけていたかもしれない。
私と清姫の違いは、身投げしなかったことだけ。
今も思い悩むことが多く、生きていることが苦しいと感じることもある。しかし、いざとなれば人は蛇にもなれる、そう思うとなんだか楽になる気がする。
着物引きずり髪振り乱し自身の思いを遂げるため人目はばからず走った娘は令和にも伝わる伝説となった。
たとえその身が炎吐く異形になろうとも、想う(呪う)男のため最後まで自分のやりたいことをやりきったではないか。彼女はやりきったのだ。愛する男のからかいを真に受け、信じ、走った。その先が破滅とわかっていても足を止めなかった。入海に身を投げるその時まで。
今しばらく堪らえよう。私は身投げするにはまだ早い。自分からいかなくても、死は必ず迎えに来てくれる。その安らぎの両手で抱きしめてくれるその日まで。
思い込んだら最後まで、炎を巻き上げ全てを焼き尽くす衝動にこの身任せて生きてみよう。
肺いっぱいに呼吸して、母の手抜き茶粥に文句を言い出した頃、旦那が私を迎えに来てくれた。
その表情にもう怯えはなかった。
その目は私を救う決意に満ちていた。
相変わらず彼の瞳は優しい色をしている。
彼は本当に優しい人。
では、旦那様おそばに。
焼き殺される未来だとしても、御免遊ばせ。
鐘でも被って逃げ惑う貴方も見てみたい。
女の衝動見た貴方は何処へ逃げむ。
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