月の階段が消える時
満月の夜、
森の奥にだけ現れる階段がある。
石でできたその階段は、
ゆるやかに空へ伸びていて、
まるで月へ続いているように見える。
村の人たちはそれを
「月の階段」と呼んでいた。
そして、こんな言い伝えがある。
その階段を最後まで登った者の願いは、必ず叶う。
ただし――
夜が終わる前に、階段は必ず消えてしまう。
私は昔から、その話を信じていた。
どうしても叶えたい願いが
あったからだ。
満月の夜、
私はひとりで森の奥へ向かった。
そして――
それは本当にあった。
月明かりの中に浮かぶ、
白い石の階段。
そっと一段目に足を乗せる。
一段、また一段。
登るたびに森が遠くなり、
月はすぐそこにあるように見えた。
あと少しで願いが叶う。
けれど、その代わりに
地上の記憶をすべて失う。
そんな話も、
確かに聞いたことがあった。
家族のことも。
友達のことも。
ここで過ごした日々も。
全部。
そのことを思い出したとき、
足が止まった。
ふと空を見上げる。
満月が、
ゆっくりと雲に隠れていく。
その瞬間。
足元の階段が
淡く光を失いはじめた。
石の段が、
少しずつ夜に溶けていく。
私は振り返る。
森の匂い。
遠くの灯り。
ここで過ごしてきた時間。
そして、静かに思った。
「……これでいい」
最後の月の光が消え、
階段もまた静かに消えた。
月の階段が消える時。
それはきっと、
願いを諦めた瞬間じゃない。
この世界を選び直す瞬間なのだ。

今回こちらの片桐みかんさんのお題に
参加させていただきました👇️✨️
