夢を食べる獣
その獣は、夜のいちばん静かな時間にだけ現れる。
眠れない子どもの部屋の窓辺。泣き疲れて眠った人の枕元。大人になっても、誰にも言えない不安を抱えたまま目を閉じた人のそば。
白くて大きな身体をした獣は、音もなく近づいてくる。
ふわふわと揺れる毛並みには、星くずが混ざっている。歩くたびに、月のかけらみたいな光がこぼれ落ちた。
獣は、人の夢を食べる。
けれど食べるのは、悪い夢だけだった。
追いかけられる夢。
大切なものを失くす夢。
ひとりぼっちになる夢。
誰にも見つけてもらえない夢。
獣はそれを、静かに飲み込む。
だから朝になるころには、泣きながら眠った子どもも、不安で眠れなかった大人も、少しだけ心が軽くなっている。
「昨日、嫌な夢を見た気がするんだけど……思い出せないな」
そんなふうに首をかしげながら、あたたかいお茶を飲んだり、窓を開けたりする。
それでいいのだと、獣は知っていた。
嫌なことを全部忘れられなくてもいい。
少しだけ軽くなれたら、それだけで人はまた歩ける。
ある夜。
獣は、小さな女の子の部屋を訪れた。
女の子は眠りながら、ぽろぽろ涙を流していた。
獣はそっと夢をのぞく。
そこには、春の公園があった。
満開だった桜は、気づけばもう葉桜になっていて。大好きだったブランコは、誰もいないまま風に揺れている。
女の子は、その景色の真ん中で泣いていた。
「もう会えないの」
「もう戻れないの」
「もっと一緒にいたかったのに」
獣は、その夢を食べようとして、少しだけ動きを止めた。
これは悪い夢ではない。
悲しい夢だ。
失くしたくなかった時間を。
忘れたくない気持ちそのものだった。
獣は迷った。
この夢を食べれば、女の子は少し楽になる。
でも、食べてしまったら。
きっと女の子は、大切だった誰かのことまで少しずつ忘れてしまう。
獣は静かに目を閉じた。
そしてその夜は、夢を食べなかった。
代わりに、女の子の枕元へ、小さな星をひとつ置いていった。
朝。
目を覚ました女の子は、枕元で光る小さな星を見つけた。
手のひらに乗せると、ほんのりあたたかい。
すると、胸の奥に残っていた悲しさはそのままなのに、不思議と少しだけ息がしやすくなっていた。
忘れなくていい。
悲しいままでもいい。
それでも、人はまた春を見つけられる。
夢を食べる獣は、今日もどこかで夜空の下を歩いている。
本当に食べるべきものと、残しておくべきものを、静かに見つめながら。

片桐みかんさんのこちらのお題に参加させていただきました😆
ファンタジーな素敵なお題を出されるみかんさんに日々感謝🌷✨️笑
みなさんも興味あったらぜひ参加してくださいね👇️✨️
