花びらの舟
花の王国は、大きな湖のほとりにありました。
春になると、王国中の花々が一斉に咲き始めます。
風が吹くたび、色とりどりの花びらが空を舞い、やがて湖へと静かに降り積もっていきました。
その景色は、まるで花が湖へ帰っていくようだと、人々は語ります。
けれど、王国には誰もが知る、もう一つの春の物語がありました。
満月が湖を照らす夜。
水面を埋め尽くした花びらは、ゆっくりと集まり始め、一艘の美しい舟へと姿を変えるのです。
人々は、その舟を**「花びらの舟」**と呼んでいました。
花びらの舟に乗れるのは、一輪の花に大切な想いを託した人だけ。
願いを叶える舟ではありません。
想いを、そっと未来へ届ける舟でした。
ある年の春、一人の少女が湖を訪れます。
胸に抱えていたのは、大切な人へ伝えられなかった「ありがとう」。
言葉にできないまま季節だけが過ぎ、その想いは一輪の桜とともに、ずっと心に残っていました。
少女が花を湖へ浮かべると、風が優しく吹き抜けます。
散っていた花びらが静かに集まり、淡い桃色の舟がゆっくりと形を作っていきました。
少女はそっと舟へ乗り込みます。
花びらでできた帆が風を受け、舟は音もなく湖を進み始めました。
水面には夕焼けが揺れ、遠くには花の王国のお城が優しく輝いています。
舟は急ぐことなく、ただ春風に身を任せるように進みました。
その時間は、不思議なくらい穏やかで。
少女は閉じ込めていた想いを、花びらへそっと預けます。
すると一枚の花びらが、小さな光になって空へ舞い上がりました。
まるで「ちゃんと届いたよ」と知らせるように。
やがて舟は静かに岸へ戻ります。
少女は何も持ち帰りませんでした。
けれど湖を振り返ったその横顔には、春の日差しのような穏やかな笑顔が咲いていました。
花の王国では今も語り継がれています。
花びらの舟は、願いを叶えるために現れるのではない。
誰かの大切な想いが、これからも優しく咲き続けるように。
その想いを、未来へ運ぶために現れるのだと。
だから来年の春も、満月が湖を照らす夜には、一艘の花びらの舟が静かに水面を渡っているのかもしれません。
片桐みかんさんのこちらのお題に参加させていただきました👇️✨️
