『リボルバー』を読んでいたら、私にも託されるものがあった
原田マハさんの『リボルバー』を読んでいた数日間、私自身にも、本の中の出来事と重なるようなことが起きていました。
ある「もの」が私のもとに託されたのです。その話は、また後で書きます。
あらすじ
パリのオークション会社に勤める高遠冴のもとに、ある日、錆びついた一丁のリボルバーが持ち込まれる。
裏表紙にはそう書いてあります。その先はネタバレになるので書きませんが、ゴッホとゴーギャン、二人の画家をめぐる物語です。
読みながら、いくつもの記憶が呼び起こされました。
私の中のタヒチは、ゴーギャンの色彩
絵が好きで、海外に行くと美術館にもよく足を運んでいました。
作家の背景に詳しいわけではなく、ただこの絵が素敵、この絵を見ると心が落ち着く、そんな感覚で見ていただけです。
以前オルセー美術館で見たゴーギャンの絵も、そうやって眺めた絵画達でした。
独特な色彩で、決してきれいとは言えない。
それでも南の国特有の、湿った暑さやけだるさのようなものが絵から伝わってきて、ここに行けばゆっくりと夏を楽しめるのではないかと、なんとなく思っていました。
結婚して何年かした頃、南の国に行きたいと思ったことがあります。
候補に挙げたのはタヒチとモルディブ。タヒチと聞いて思い浮かぶのは、あのオルセーで見た絵でした。
私の中のタヒチのイメージは、行ったこともないのに、ずっとゴーギャンの色でできています。
結局、モルディブに申し込んだのですが、ちょうど息子を妊娠していることが分かって、旅は取りやめに。だからどちらの南の島にも、まだ行けていません。
ゴーギャンが南の国へ行こうと思った気持ちは、なんとなく分かる気がするのです。
嫉妬の相手が「人」とは限らない
物語の中で心に残ったのは、ゴーギャンの妻ヴァエホの嫉妬でした。
夫が自分以外の何かに夢中になっている。その瞬間、隣にいるのに、届かない存在になったような気がする。
その気持ちの描写がとても生々しくて、マハさんご自身も、こんな気持ちになったことがあるのかなと思いながら読みました。
私たちはゴッホとゴーギャンの関係が濃いものだったと知っているから、ゴーギャンがゴッホを気にかけるのは当たり前に思えます。
でも異国の少女にとって、ゴッホなんて知らない画家です。
知らないからこそ、夫の心を奪う「何か」として、嫉妬の対象になったのだろうなと。
ゴーギャンがタヒチで幼い少女たちと関係を持ったことは、今の感覚では到底許されない話です。
時代が違ったとはいえ、そこは現代の目で読むと苦いものが残ります。
でも幼い妻の嫉妬の気持ちは、愛情だっと思うのです。
彼は、最愛の娘を先に亡くしてもいる。人の生死だけは、どんなに名を残した人でも、どうにもならないものなのだと思いました。
女友達への嫉妬と、親への「取り繕い」
もうひとつ、心がざわついた場面があります。
主人公には、莉子という女友達がいます。両親ともに美術の専門家で、莉子自身も有名なサザビーズに勤めている。
その明るさに惹かれながらも、どこかで嫉妬してしまう。サラブレッドの莉子を、少し羨ましく思う自分もいる。
そんな女性同士の複雑な友情の描き方が、とてもリアルでした。
それから、親に対して自分の仕事のことを「安心してもらえるように」伝えておく場面。
うまくいっていなくても、大丈夫だと思ってもらえるように、少しだけ取り繕って話す。
あの感覚、マハさんご自身も経験したことがあるんじゃないかと思うほど、生々しく描かれていました。
私にも「リボルバー」があった
実はこの本を読んでいた時期、私の身にも少し似たことが起きていました。
結構重要なものなんじゃないか。そう思える資料を扱うことがありました。周りは捨ててしまおうとしていました。
私は「それは捨てないでほしい」と必死で言って、家に持って帰ってきました。
一カ所、古本屋さんに問い合わせてみたけれど、つれない態度。
ゴッホのリボルバーほどの物語は背負っていないかもしれない。
それでも、モノには誰かの人生が染み込んでいて、その価値を分かる人の手に渡るまで、誰かが守らないといけない時があるのだと思います。
資料を残した人が、それを私に託してきたのは、亡き人の意思なのではないかと思う時があります。私に託しておけば、悪いようにはしないだろう。元の持ち主が、そう思って託してくれたんじゃないかと。
冴のように、モノの価値を見抜いて、その来歴ごと受け止めてくれる人。
現実世界でそんな人に出会えたらいいなと思いながら、本を閉じました。
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『ゴッホのあしあと』についても書いてます。
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