よくわからない映画を、直感で観たら、殿堂入りした 〜 『サンキュー、チャック』とセレンディピティ
僕には、『一年に一回は必ず観る映画リスト』というのがあります。自分の気持ちを上げたい時、感動したい時、要は毎年観たくなる映画たちのリストだ。
そのリストに、今回新たな1作品が加わりました。
それも、観るつもりがなかった映画が。
なぜそうなったのか。少し、遡らせてほしい。
⚠️ この記事は一部映画のネタバレを含みます。
『サンキュー、チャック』を未見の方は、ご自身の判断の元、この記事を読んでもらえると嬉しいです。読んでから観ても、楽しめるとは思います。
※音声解説は下部にあります。
※今回のnoteは、最後まで読んでいただくことで意味がわかるように、意図的にトリッキーに書いています。わからないまま、読み進めてください。
⑥ 殿堂入り。それは真のセレンディピティ
映画が終わったのは、10:50 。まだ一日が始まって間も無い時間に、僕は興奮をしたまま映画館を出たんだ。
夜更かしして朝方まで仕事をして、気づいたら11時に起きる日とは、明らかに違う質の時間が、そこにはあって、「朝から動き出すとこんなに違うのか・・・」という実感と、観終わった直後も、頭の回転が止まらない興奮が、同時に押し寄せてきた。
「これはセレンディピティの話だ!しかも、映画の中だけじゃない。この映画に出会うまでの僕自身の経緯が、すでにセレンディピティだったんじゃないか!?」そう思わされた。
ご承知のとおり、僕はセレンディピティを研究しては、毎週発信している物好きです。僕の定義はこうだ👉「偶然を"意味ある発見"へと変換する営み」。出来事ではなく" 営み "。偶然は誰の身にも起きる。でも、それが意味ある発見になるかどうかは別の話だ。その差を生むのが、営みの質だと思っている。
さらに言うと、セレンディピティには「真」と「擬」がある。以前の記事『note072. セレンディピティとは何かを再定義してみた』で書いたことだけど、科学史の研究者ロイストン・M・ロバーツはこう分けた。
▶︎擬セレンディピティ
探していたものを、想定外の方法で見つけること。
ゴールは変わらないが、ルートが変わる。
▶︎真のセレンディピティ
探していなかったものを、発見すること。
ゴールそのものが変わる。
あの日の夜・・・僕は確かに映画を探していた。
でも探していたのは『サンキュー、チャック』じゃない。
気候変動との接続も、"朝型人間"になる実験も、リストへの殿堂入りも、もちろんセレンディピティとの接続すら、何一つ期待していなかった。だから、これは、僕にとって、"真のセレンディピティ"だったのだと思う。
そのリストに、今、新たな一本が加わった。なぜそうなったかは、この後の章で話したい。
⑤ チャックは、僕の中にもいた
後であらすじは解説するけれど、この映画には、骨格となる言葉が出てくる。ウォルト・ホイットマンの詩だ。僕ら日本人にはそこまで馴染みがないけど、19世紀アメリカの詩人であるホイットマンは、代表作『草の葉』で知られる(らしい)。
彼の詩の特徴は、「私」と「あなた」、個人と宇宙を、上下関係なく並列に置くことだ。人間も星も、自分も他者も、すべてが同じくフラットに存在している。そういう世界観を持つ詩人だったそうだ。
中でも、特に有名な一節がこれだ。
矛盾しているか?
そうとも、私の中には無数の人が存在する
(I am large, I contain multitudes)
自分という存在は、これまで出会ったすべての人、すれ違っただけの人、見聞きしたすべてのものを内包している。だから「私」は小さな個人であると同時に、広大な宇宙でもある・・・ホイットマンが言いたかったのは、そういうことだと思う。
映画の中でこの詩は、単なる引用ではなく、物語の核として機能している。人生で出会ったすべての人、すれ違っただけの人、見聞きしたすべてのもの——それらが積み重なって、「自分」という一つの宇宙を形作っている。
だから映画の中で描かれる「世界の終わり」は地球の話ではなく、チャックという一人の人間の死、つまり「脳内宇宙の崩壊」を意味するというわけ。チャックの死を「世界の終末」として描くことで、一人の人間の死が、どれほど広大な宇宙の消滅であるかが伝わってくる。
そして、このホイットマンの哲学は、僕自身の話でもあった。
僕が毎年必ず観ると決めているティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』。父親が語り続けた「大げさな作り話」を、死をきっかけに息子が紐解いていくと、ファンタジーをベースに実在した人物や場所やエピソードが見つかっていく。リアルとファンタジーの境界がなく、死から過去へ遡り、その"伏線回収"が感動につながる、大好きな映画だ。
『サンキュー、チャック』を観た時、この映画と同じ"匂い"がした。リアルとファンタジーの境界がなく、死をきっかけに過去へ遡る、その伏線回収が感動になる——僕はそんな映画の語り口を、既に知っていた。
ホイットマンが言う通り、僕の中には『ビッグ・フィッシュ』がいた。だからチャックも、出会う前から僕の中にいたんだ。
この映画が描くセレンディピティの核心は、3章構成で描かれる中の、第2章にある。2章のあらすじはこうだ。
会計士として平凡な日々を送るチャックが、街を歩いていると道端でドラムを叩く女性に出会う。彼女が奏でるビートに引き寄せられ、チャックは突然カバンを置いて踊り出す。そこへ偶然通りかかった、失恋したばかりの女子大生のジャニスも引き込まれ、見知らぬ人々と最高のダンスセッションが生まれ、そこに集まった多くの観客から拍手喝采を浴びる。
ジャニスにとって「最悪な日」が、「EL DORADO(理想郷)」に変わった瞬間だ。

ここで一つ補足すると、チャックはこの時点で、すでに脳腫瘍を患っており、余命数ヶ月の状態にあった。しかし本人はまだその事実を知らない。知らないまま、ただドラムのビートに引き寄せられて踊り出した。・・・ということがナレーションで伝えられる。
チャックは余命を知らない。ジャニスは最悪な気分で歩いていた。二人ともEL DORADO(理想郷)のような一日が訪れるとは思っていなかった。意図していなかったからこそ、全力で引き寄せられたのかも知れない。
そして第1章にも、もう一つ美しいセレンディピティがある。あらすじはこうだ。
少年時代のチャックは、ダンスパーティーで女の子に誘われるが「足が痛い」と嘘をついて外に出てしまう。しかし外で偶然見上げた夜空に、一筋の流れ星が輝く。
「宇宙は数学であり嘘をつかない」という祖父から受け継いだ言葉を胸に、チャックはその瞬間に気づく。「星と同じように、自分も一瞬輝いて踊る存在なんだ」と。その気づきが彼を会場へと引き戻し、生涯最高のダンスを踊ることになる。
この流れ星との偶然の出会いがなければ、あの路上でドラムのビートに全力で応えるチャックも、いなかったかもしれない。少年期の思いがけない気づきが、晩年のエルドラドへの、長い長い伏線になっていた。
チャックの人生が逆順で語られるのは、そういうことなのかもしれない。終わりを知ってから遡るからこそ、点と点が線になって見える。
④ アブダクションが走った
朝8:30、映画が始まった。
第3章。終末的な世界の様子が映し出される。そして、【Thanks ! Chuck】という謎の広告が世の中に溢れ出す。誰もこの"チャック"が何者か知らない。なのに世界中が彼に感謝している。なんとも不思議な世界。

僕はこの第3章の比較的早い段階で、ある仮説を立てました。「これは、チャックという人間の脳内で起きていることなんじゃないか?」って。
病院のベッドに横たわるチャックの映像が、終末世界の映像の合間にたまに挟み込まれるんだけど、それは明らかに異質だった。終末世界の登場人物たちとは、まるで別の質感を持つ映像で、その「異物感」が、僕に仮説を立てさせた。
ここで少し、横道に逸れます。
推論には3つの種類があります。
「Aだから、Bだ」という演繹法。「こういうケースが多いから、たぶんそうだ」という帰納法。そして「この断片たちは、きっとこういうことを意味しているはずだ」という仮説推論(アブダクション)。
アブダクションは、言わば"証明のない跳躍"です。でもその跳躍が、直感の正体の1つだと僕は思っている。以前書いた記事『note079. 直感は、鍛えられる』でも触れた通り、直感とは根拠のない勘ではなく、これまでの経験や知識が無意識に統合されて生まれる仮説だ。
そしてまさに、『ビッグ・フィッシュ』という経験が、僕の中で無意識に統合されていた。"チャックの脳内宇宙という仕掛け"を、僕の身体は先に知っていた。だから、第3章で病床のチャックの映像を見た時、僕の中でアブダクションが走った。その仮説を胸に秘めたまま、観進めるごとに、答え合わせが続いていく。
やっぱり、僕の仮説は正しかった。
「わからないまま仮説を立てて観進める」という体験そのものが、この映画との"正しい対話"の仕方だった。そして、これが、2回目を観に行った理由でもあります。
1回目で立てた仮説が正しかったとわかった上で、今度は「どこでどう繋がっているか」を更に確かめたくなったんです。3章の登場人物やそのセリフ・物事が、2章や1章でどう現れるか。"モブ"だと思っていた人物が、実は重要人物だったり、逆に現実世界の重要人物が"脳内宇宙"では登場しなかったり。その答え合わせのために、もう一度劇場へ足を運びました。
見落として、取りこぼしてしまった"伏線"を、
しっかり回収したくなったのです。
③ 『サンキュー、チャック』って?
ここで少し、映画の紹介をしておきたい。
『サンキュー、チャック』(原題:The Life of Chuck)は、スティーブン・キングの短編小説をマイク・フラナガン監督が映画化した2024年の作品。2024年トロント国際映画祭で観客賞を受賞している。

スティーブン・キングといえば、『IT』『シャイニング』など、ホラーの大家として知られる。作品数も膨大で、現代アメリカ文学の中でも最も多産な作家の一人。
ただ、キング作品を知る人はわかると思うけど、彼の本質は「ホラー」というより「怪奇・オカルト」に近い。人間の精神がどれほどの力を持つか・・・ポジティブにもネガティブにも、超現実的にもリアルにも、それを描き続けている作家だと僕は思います。
ホラーとは対照的な『スタンド・バイ・ミー』や『グリーンマイル』のような、いわゆる"善良なキング"と呼ばれる、人間の心の強さや温かさを真正面から描く路線の作品もある。
『サンキュー、チャック』の予告編を観た時、ホラー要素が感じられなかったから、「これは"善良なキング"路線だ」と直感した。ただ、だからこそ正直、そこまで惹かれなかった。"善良なキング"に、僕はそれほど思い入れがないんだよね。
物語は三つの章で構成されていて、時間が「逆順」に進む。第3章から始まり、2章、1章と遡っていく、トリッキーな語り口の映画だ。
⭐️第3章「サンキュー、チャック」
世界中で大規模な自然災害が連鎖し、インターネットも繋がらなくなった終末的な世界に、突然「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告が溢れ出す。誰もチャックが何者か知らない。なのに世界中が彼に感謝している。
⭐️第2章「大道芸人、最高」
時間は遡り、チャックが会計士として平凡な日常を送っていたある日へ。偶然の出会いが生んだ、忘れられない一日が描かれる。
⭐️第1章「私の中には無数の人が存在する」
さらに遡り、チャックの少年時代へ。祖父母に育てられ、踊ることを覚え、自分の人生を肯定していく過程が描かれる。
後で調べたら、映画好きの間では評価が高く、僕が信頼している評論家や映画フリークたちもおおかた絶賛していました。一方で、「第3章の意味が掴めなかった」という人からは評価が低い、という話も耳にしました。
『2020年代最高の作品』という呼び声もある中で、この温度差が生まれるのは、この「第3章の謎」をどう受け取るかにかかっているというわけです。
② 4つの偶然が重なった夜
僕は予告編を観た。正直、予告編からは、世界観がまったくわからない。目に入ったのは「スティーブン・キング原作」という文字だけで、でもホラー要素は皆無。「これはいわゆる"善良なキング"か」なんて思ったけど、前述の通り、そこまで惹かれる理由はなかった。
それでも僕が観ることを決めたのは、4つの偶然が重なったからだ。
1つ目。予告編に映し出された自然災害の映像が、僕が今年から理事を務めることになったJCA(ジャパン・クライメート・アライアンス)——気候変動に取り組む団体——の活動を連想させたから。理屈じゃなく、単純だけど、直感的に「これは観たほうが良いかも」と感じさせた。
2つ目。この映画、1日1回しか上映されてなかった。しかも上映開始が朝の8時30分。夜型人間の僕が、朝から映画館に行く。「映画は夜観るもの!」とすら思っている僕が、朝から映画館に行く。それ自体が"人体実験"だと思ったら、どこか滑稽に思えた。
「朝から動き出すと、僕の1日はどう変わるのか」試してみたかった。夜更かしして朝方まで仕事をしてから寝ると、気づいたら昼過ぎ・・・なんてことがまぁまぁある。だから、その逆をやってみたいと思ったんですよね。
3つ目。配給会社がGAGAだった。メジャーなビッグタイトルではないけれど、アジのある作品を送り出している印象があって、過去にもGAGA作品を何本も観てきた。その積み重ねが、得体の知れないこの映画への信頼に変わっていた。
4つ目。想定外のことが起きたので、ビックタイトルだろうが、クソ映画だろうが、この日、なんとしても映画を見ないと気が済まなかった。ある意味、意固地になっていた。そして、最終的に背中を押したのは、理屈ではなく「なんか気になる」という、説明のつかない引力だった。
この4つの偶然が重なって、僕は朝8時30分に映画館へ向かうことにした。結局その前の日は夜更かしをしてしまい、2時間くらいの仮眠をとって、眠い目をこすりながら渋々行ったけど、行ってよかったよ、本当に。
① 観たい映画は、もう終わっていた
仕事もプライベートもひと段落。珍しく夕方過ぎまでマルッと時間が空いたので、映画でも行きたい気持ちになっていました。
前日の夜中、よく行く映画館の上映スケジュールを眺めていたら、ずっと気になっていた『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は既に終了していたことがわかってショック。観たいと思った映画はその時に行かないと見逃す・・・そんなこと、以前も経験してわかっているのに、また同じ過ちを繰り返している。
そこから僕の頭は、完全に「映画脳」になってしまった。ラーメン食べたいと思ったら、食べるまでずっとラーメン食べたくなる"アレ"と同じやつです。「舌が(口が)ラーメンになった」って現象ね。観たいという気持ちに火がついてしまったら、もう引き返せない。正直、何でもいいから映画が観たくなっちゃって。だから、よく行く近隣の3つの映画館にまで範囲を広げて、スケジュール表を上から下まで隈なく見ていた。
その時に目に飛び込んできたのが、『サンキュー、チャック』。

これが、すべての始まりだった。
チャックが偶然ストリートミュージシャンのドラムのビートに引き寄せられたように、僕も「目当ての映画が終わっていた」という想定外にできた"空虚感"を理由に引き寄せられた。僕もチャックも探していなかった。そして、二人とも意図していなかった。
でも、その"不思議な引力"に逆らわなかった。
⓪ "引力"には逆らわない
あなたにも、「なんか気になる」が訪れる瞬間があります。
説明できない引力。理屈の前に体が動きそうになる感覚。でも、忙しさや合理性や「別にわざわざ今じゃなくてもいいか」みたいな気持ちが、その引力にそっと蓋をしてしまうことがあります。
チャックは、ドラムのビートに引き寄せられた時、踊り出さない理由はいくらでもあったはず。会計士として真面目に生きてきた男が、見知らぬ路上で突然踊り出すなんて、普通はしないですよ。それでも彼は、カバンを置きました。
僕も、観るつもりのない映画に引き寄せられた時、やめる理由はいくらでも作れました。世界観がわからない。善良なキングにそこまで興味がない。実際、朝8時30分は眠かったし。(だから、起きれなかったら、しょうがないって思ってたんですが、起きれちゃったんですよねぇ)
セレンディピティは、引力に気づくだけでは起きないんです。逆らわなかった時に、そして、そこでアクションに移すことで、初めて起動する営みです。
あなたにも、「なんか気になる」が訪れる瞬間がある。
その時、あなたはどうしますか?
もしくは、どうしましたか?
そしてもう一つ、タネ明かし。
気づいた人もいるかもしれないけど、このnoteも、⑥から始まって⓪で終わるという、映画と同じく「逆順」の構成で書いてみました。
『サンキュー、チャック』が第3章から第1章へと時間を遡るように、この記事も「リストに殿堂入りするほどの映画に出逢えた」という結末から始まって、「あの夜、観たい映画が終わっていた」という始まりへと遡っていく。
実はこの遡りながら振り返る構成は、僕が現在セレンディピティのワークショップで使っているワークシートのプロトタイプと同じ設計でもあるんです。結末(起きたセレンディピティ)から問いを立てて、そのきっかけになったと思われる過去の出来事へ遡りながら意味を見い出していく。
終わりを知ってから始まりを読む。
そんな体験を、この記事でも一緒にやってみたかったのです。
085.
よくわからない映画を、直感で観たら、殿堂入りした
『サンキュー、チャック』とセレンディピティ
Fin.
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僕が答えを持っているかどうか、正直わかりませんが、届いた問いには向き合って、赤裸々に、一緒に考えます。記事の内容に限らず、気軽に投げてください。
👉 https://note.com/qa/melo_da_handsome
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🎧音声配信:このnoteの理解を深めたい人へ
このnote記事について、AIによる音声解説もセットで提供しています。
記事の読み上げではなく、あらすじや評論、時に記事に書いていないことを補足しながら解説していますので、音声配信とセットで視聴していただくと、さらに理解が深まる構成になっています。
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【お仕事のご依頼について】
このnoteをきっかけに、セレンディピティやそれに関連したテーマの講演・登壇のご依頼をいただくことが増えてきました。
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