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(※2/9 21:15:一部更新)
今週もいろいろな人と話しました。ホテルに帰ってきたら、喉がガラガラになっているくらい、沢山話しました。他愛のない話も勿論したけど、結構真面目に自分のことも語った1週間かもしれません。そして自分が他者にどう見られているのかを知る機会でもありました。


自分への評価を客観視してみた

例えば、こんなことがありました。
出張で一緒に名古屋に行った高校の同級生が、このNoteを読んでくれているようで、「お前、結構、文章うまいね」と言われ照れくさい気持ちになりました。

定期的にビジネスの伴走支援をしてきた方が、「(三上さんは)自分でも深く理解できていない部分に、優しく、問いを投げかけてくれて感謝している」と言って僕のことをお勧めしてくれ、ビジネスでお悩みのお知り合いを連れてきてくれました。
そのお知り合いの方のビジネスの相談を終えた時、僕の言語化について喜んでくださり、「明日から頑張ってみます!」とお帰りになられた姿が印象的でした。

転職を考えている人が、そのタイミングを踏み切れずに悩んでいるのを見て、「今の時代のアドバンテージは行動とその早さだけ」というアドバイスをしたところ、目の色が少し変わり、新しい一歩を踏み出そうと気合を入れていました。

僕の良いところ・才能について語ってくれる先輩。「(三上の)才能がちゃんと評価されていない」とまで言ってくれて、僕自身も自覚/無自覚あれど、なにより、誰かが自分のことを認めてくれているという事実がとにかく嬉しくて、その後もお酒が進みました(笑)

などなど、こういう誰かとの対話の時間は、相手のことを少し知ることができた気がするし、何より自分のことを客観視する機会になるので、僕にとってはとても有意義なのです。

そして客観視して感じたことは、この人たちが評価してくれている部分は、共通して僕の「言葉」に関することだということです。

・本人が気づいていない良い部分を整理したり
・相手を勇気づけ、やってみようと思わせるような後押ししたり
・僕の考えを的確に相手にわかりやすく、受け止めやすく伝えたり
・賞賛だけでなく、批判も含め、素直に率直に伝える姿勢だったり
・本人の無意識のこだわりや思いを引き出すような問いを投げかけたり

・・・これらの僕に対する評価は、決して僕にとっては意外なものではありません。評価されて当たり前!という意味ではないですよ。ここまでの人生、言葉に対して僕なりにできることを最大限尽くしてきたという意味です。少しずつ自分の強みが「言葉」なのかもしれないと自覚するようになってから、"そこはかとなく"磨き続けてきた結果とも言えるかもしれません。そして言葉に対する「こだわり」は日々強くなっていくのでした。

「こだわり」があるって、良いことだと思いませんか?

きっかけとなったのは1つのアンケート

少し話を変えます。僕が運営するLINE公式アカウント『Serendipity 4th Place』では、登録いただいている方にアンケートをお願いしているのですが、とある方のアンケートがとても興味深かったのです。

この方は、これまでのLINEメッセージの満足度という項目について、7点満点中、星6をつけていました。満点をつけなかった方には追加質問で「何が満たされると満点になりますか?」という項目にも任意で回答をお願いしていて、任意ですが、この方は丁寧に書いてくださいました。

素人の私が読んでも親しみやすく書かれていて、完成度は高く、熱を感じる文章です。私自身が満点(完璧)を嫌う傾向があり、⭐️6にしました。文章を書くこと、表現に制限があるかもしれませんが、三上さんの言葉でこれからも伝えてほしいと願います。

アンケートの回答より

ちゃんと僕のnoteを読んでくださっているのを嬉しく思っていたのですが、その中で目についたのは「私自身が満点(完璧)を嫌う傾向があり、⭐️6にしました。」のところです。

人としての器が小さいので、「なぜ⭐️7じゃないんだ!!!」とツッコミたいところをグッと堪えるとしまして(笑)、この方が満点(完璧)を嫌う傾向がある・・・の部分が、まず興味深く思えました。僕の目に留まり、ここで取り上げられることが、この方にとって本意かどうかはわかりかねますが、少なからず僕はこの方の「こだわり」に興味を持ったし、触発されて「こだわり」についてnoteを書くことにし、完璧を嫌う理由についても訊きたくなりました。(是非LINEでのDMもお待ちしています✨)

僕の「こだわり」に関するエピソード

ここで、こだわりの話に戻ります。
この投稿をご覧になってる皆さんは、「自分のこだわり」はありますか?
1分ほど考えてみて、思い付いた人から、以下の続きを読んでください。崇高なこだわりである必要はありません、些細なことでもいいので、日常を思い返してみましょう。



1分考えてみましょう・・・



さぁ、あなたの思いつく自分のこだわりは、どういうものでしたか?
そして、ここで一つ。こだわりという言葉の意味、本来はネガティブな意味合いが強かったこと、知っていましたか?

「こだわり」「こだわる」は、漢字では「拘」の意味になり、
本来の用法では「つまらないことを必要以上に気にする」「つまらないことに心がとらわれている」というネガティブなイメージで使われてきました。

しかし最近は、新しい用法として「細かいところまで手を抜かない」「妥協せずよりよい価値を追求する」というポジティブなイメージで、「こだわりの逸品」「鮮度にこだわる」などという表現をあちこちで見かけます。

光村図書〜「こだわり」の意味は、ポジティブかネガティブか

文化庁の平成27年度「国語に関する世論調査結果の概要」によれば、当時16歳~19歳では新しい用法でこの言葉を用い、70歳以上では本来の用法を使う傾向が若干多かったのだそうです。年代の差によって、意味の捉え方が異なる可能性の高い言葉であるとも言えます。

今日話したい「こだわり」は、どちらの意味の用法にも当てはまる話です。
ちなみに前半の話に戻ると、僕が評価いただいている「言葉」は、まさに僕のこだわりで、評価してくれる他者がいてポジティブなものになっています。でもこれ、評価してもらえない場合、「言葉にうるさいだけの、揚げ足取りのただの偏屈中年」にもなりかねないですよね(苦笑)
↑↑自分で書いてみて、悲しくなった(笑)

今僕は、とある企業の経営理念(MVV:ミッション・ビジョン・バリュー)づくりに携わっています。つい先日、その企業のHPリニューアルに合わせて、約半年ほどかけてお手伝いをさせていただきました。
その際、「その言葉、どういう意味で使ってます?」なんて質問を、プロジェクトチームの皆さんに、毎回のように浴びせてきました。

なんとか無事に完成に近づいてきて、これまでを振り返ると、「三上さんはドSでした」と皆さんは口を揃えて仰っていて、言葉を吟味・推敲することは皆さんにとって苦痛だったのだなと思いました。

これ、終わりが見えた今だからこそ、笑い話ですが、やってる当時は絶対に「うるせーな」「もうえぇでしょ!(地面師!)」「そんなに時間かけてなんの意味があるの?」って思われてたのでしょう。
みんなで作り上げた経営理念に満足度があるからこそ、ポジティブな意味で僕のこだわりに感謝いただいていますが、そこに至るまでのプロセスにおいては、真逆で「つまらないことを必要以上に気にする」というネガティブな意味で「言葉にこだわりのある人」でもあるのです。

僕の言葉へのこだわりは、転校が多かった小学校の頃まで遡ることになりそうです。ここでは詳細には書きませんが、転校が多くいじめに遭った経験もありますし、嫌われないようにするために言葉に敏感になっていた時期もあります。そんな経験を経て、(スクール)カウンセラーという職業に憧れ、心理学を専攻し、「傾聴」の重要性を学びながら、その結果学校の先生をめざすことになります。

その後、紆余曲折を経て、教師の道を辞め、一般就職・ビジネスの世界に飛び込むわけですが、チームビルディングの苦労・挫折も経験し、藁にもすがる思いで「LEGO Serious Play」などの対話を重視したワークショップ手法を身につけましたが、一朝一夕でどうにかなるものでもなく、チームを破綻させて、執行役員を退任、事業部を解散させた経験もあります。

そんな僕だからこそ、言葉を頼り、言葉に悩み、言葉に挫折し、言葉の限界を知り、それでも言葉の可能性を信じ続け、今の自分がいます。その結果、職業病というのか、他人からすれば病的にも思えるようなこだわりが生まれてしまいました。

こだわりから覗くあなたの「ナラティブ」

僕の場合は長い間かけて熟成されてしまったこだわりですが、これほどのものではなくても、大小いろいろなこだわりが(ポジネガ共に)あって、こだわりが無い人はおそらく存在しないと思います。

・靴は毎朝、必ず同じ方から履く
・お祝いの時には、必ずスパークリングワインを飲む
・絶対にメイクを落としてから寝る
・前日の仕事は残さない
・家ではPCを開かない
・缶コーヒーは、ジョージアしか飲まない
などなど、挙げたらキリがなさそうです。

そして、(はたから見たら)こだわりは何かしらあるのに、こだわりを自覚していない・うまく語れない人にもたくさん会ったことがあります。
あなた自身のこだわりだから、本来は誰かに話す必要はないのかもしれませんが、昨今、就活の面接などでも訊かれたりします。それは自己分析能力や、価値観を知るためだと言われます。要は、その人のナラティブ(物語・背景)を知るのに適切な質問なんですよね。

無意識的な会話、使う単語などの節々から、その方のこだわりや信念のようなものが見えることもあり、それはどういう体験から来るものなのかを知ることで、その人のこれまでの発言の真意や、今取り組んでいることへの熱量の源泉みたいなものが垣間見えることが多々あります。そこまで大袈裟でなくとも、その人の価値観や人間味に触れられたことをきっかけに、僕はその人に興味を持つことが少なくありません。そして、これは僕だけではないと思います。

そして、そのこだわりが仮に一見ネガティブなものだとしても、それは見る人が見れば、ポジティブなものに置き換えることができる(リフレーミングできる)ものであることも少なくありません。大事なのはこだわりそのものというよりも、そのこだわりを持つことになった背景であり、あなたの価値観なのです。そして、僕はそのリフレーミングを得意としています

「こだわり」から生まれるセレンディピティ

セレンディピティトリガー(自分に起きている予想外のこと)は普段から色々なところで起きていますが、「行動・気付・受容」を通じて、意図的に結びつけていかなければいけません。セミナーやインタビュー動画をご覧いただいた方は、もうご存知かもしれませんが、セレンディピティトリガーをしっかり受信することが大事なので、自分の感度を上げることばかりに目が行きがちです。

でも、それはとても盲目的な考え方だなと思っていて、そういう人には盲点かもしれませんが、そのトリガーを受信する人は、何も自分だけではなく、”自分の周りにいる人すべて”だということを見失いがちです。だから、僕は発信の重要性も同時に伝えていきたい・・・その想いが「語り好き」という会社名にもつながっています。

完璧を嫌がり、アンケートで⭐️6をつけた人は、それだけでは僕には、満点をつけてくれなかった人に過ぎません。でも、その後、しっかりとその理由を解説してくれたことで、この人のこだわりに触れ、完璧を嫌がる背景にも僕は強く興味を持ってしまいました。発信と受信がうまくつながった結果と言えます。たかがこんなことと思うかもしれませんが、こういうことが普段の生活の中で頻繁に起きては消え、起きては消えを繰り返しているわけです。

以上を踏まえると、自分のことを自覚し、あなた自身のナラティブを表現するということが、セレンディピティに大きく影響を与えるということもわかるのではないでしょうか。

これはこだわりに限ったことではありません。趣味や特技も、強み・弱みもあなたのナラティブを垣間見るための重要な要素です。であれば、「こだわりは無い」と思考停止することが、どれだけもったいないことかもお分かりいただけると思います。

ぜひ、これを機に、今一度、「あなた」について言葉にできるようになってみませんか?

なお、カタリスキーは経営者コーチングや、スタッフ研修・ワークショップなど実施しております。ご興味がある方は、ご連絡をお待ちしております。



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最後に、セレンディピティに関して動画で楽しみたい方は、
三上のインタビュー動画を、こちらから無料でご覧になれます!!

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三上浩紀:Catalyski CEO | セレンディピティオタク| 点と点をつなぐ人 | 8枚の名刺 いただいたサポートは、私の知見を広げてくださる出会いとの交流に充てます。具体的には、お茶代、本代、もしくはここで繋がった方とのコミュニケーション代などです。それをnoteへの投稿で還元していきたいと思います。

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