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039.「計画的偶発性」から考える 〜 一人称で語るキャリアとセレンディピティ

今週は、父親の三回忌のため、地元岩手に戻ってきています。
僕ら親子の関係については、私の自己紹介noteでも触れていますので、よかったらこちらもご覧ください。

障がいのある作家が描くアート作品を製品化するアートライフブランド『ヘラルボニー(HERALBONY)』の旗艦店『ISAI PARK』にもやっと行くことができました。とてもゆったりした店構えで、+新しい観光スポットにもなっているようです。地元発の企業ですから、応援したいものです。

ISAI PARKのカフェで息子と

気づけば、地元岩手・盛岡を離れて、15年強。社会人になるまでを過ごした街ではあるものの、年1〜2回しか帰らないので、懐かしさも愛着もありつつも、帰って来るたびに知らない街になっていく印象もあります。

そもそも大学院を卒業後、そのまま岩手で先生になるつもりでいたのに、まさか現在関東に住み、教員とは全く違う道に進んでいるとは、夢にも思いませんでした。まさに人のキャリアというのは予想外そのものです。

今日は、そんなキャリアの話をしたいと思います。


今回も読者の方のコメントから

前回のnoteを読んでくれた方からDMをもらった。

おはようございます。
僕は、人のキャリアを左右するのは偶発的な出来事なのだから、その偶然を計画的にチャンスにしていこうという「計画的偶発性理論」が好きで、刹那的に落ちてくる偶然にチャンスがあると思っています。

これを読んだとき、「うん、わかるわかる」って思った。
この方は定期的にコメントやDMをくれる方で、『計画的偶発性(プランドハップンスタンス)』は、セレンディピティと親和性が高い理論なので、「さすがよくわかっていらっしゃる!」って感じ。

もし僕がセレンディピティで本を出すなら、①総論編、②キャリア編、③ビジネス編、④日常編の4〜5部作ぐらいにできると妄想しているんだけど(笑)、まさにキャリアについてはどこかのタイミングで論じてみたいと思っていたところだったので、今回このコメントをきっかけに、キャリアというテーマについて考えていきたいと思う。

ちなみに僕も冒頭に書いた通り、先生になる気満々だったし、なんなら父親からは仕事を継いでほしいという期待もあった。でも先生になるからって理由ではぐらかし続け、結果的に先生にならずに、一般就職。今や、会社を辞めて独立してることだって想定外。

そんな人生の中でも、これまで偶然に意味を見出したり、あとから「これが伏線回収か」なんて思ったりしながら、なんとなく自分の道を歩いてきて今に至るわけ。そんなある時、『キャリア』という言葉の語源を聞いた時、スッと腑に落ちた気がしたんだ。


🚙 キャリアは、轍(わだち)だった

「キャリア」って言葉には、ちょっと硬いイメージがある。
昔の僕は、キャリアって未来のために設計図を描くものだと思ってた。でも、キャリアの語源を知った時、「やっぱりそうだよな」って確信した。

『キャリア』の語源は
ラテン語の carrus(車)やフランス語の carrière(道・轍)。
つまり馬車や車が通ったあとの道筋のこと。

昨今、キャリアプランとか、キャリア形成なんて言葉が日常的に使われていて、キャリアコンサルという仕事もある。それくらい『キャリア』に対して悩む人が少なくないということ。

「轍」って、当然だけど前には作れない。通ったそのあとに、はじめて地面に刻まれていくものだ。未来に向かってきれいに線を引くものじゃなくて、選んだ道を走ったあとに、あとから振り返って「これが自分の轍だった」と気づくものなんだと思うんだよね。

だからキャリアって、きれいに未来に向かって線を引いていくものだと思ってたけど、今では、そこから解放されたんだよね。


🐎 コーチは馬車。乗るのは誰か?

ついでに「コーチ」の語源も面白い。

コーチはハンガリーの Kocs(コチ) という町で作られた馬車から来ている。人を目的地まで運ぶもの、つまり馬車

『コーチング』という言葉もあるけど、それの語源でもある。

先生、メンター、コンサルs、ファシリテーター・・・みたいに"誰かが導いてくれるもの”というイメージが強いじゃない?

でも語源は馬車なんだよね。つまり”目的地に人を運ぶもの”
ってことは、本来、《どの馬車に乗るかを選ぶのは自分でしかない》

誰に教わるか、どんなコミュニティに属するか、
どんな街へ行くか、どんな旅をするか・・・
それは結局、自分が選ぶ。
どの馬車に乗るかを決めるのは自分なんだ。

誰かにただ導かれる存在ではなくて、自分の意思で選んで、その馬車に乗り込んで、進む。そうやって進んだ結果、轍ができる。そういう関係性だ。


🎯 計画的偶発性、という考え方

そしてコメントの『計画的偶発性理論(プランドハップンスタンス)』、ジョン・D・クランボルツ教授が提唱したので、通称『クランボルツ理論』とも言われています。

これ、ものすごくかいつまんで言えば、
”人のキャリアの8割は《偶然の出来事》で決まる”ということ。

ね?セレンディピティと相性良さそうでしょ?

だから偶然をただ待つんじゃなくて、偶然に出会いやすい場所に自分を置く。小さな偶然をちゃんと拾う。意味がわからない偶然は、一旦棚に置いておく。いつかそれが伏線を回収するかもしれないから。
この辺の話が、前回の『刹那』と『劫』の話とも密に関わっているように思えるんだ。

ちなみに、『計画的偶発性理論(プランドハップンスタンス)』では、豊かな人生を送る5つの習慣として、

①好奇心
②持続性
③柔軟性
④楽観性
⑤冒険心

以上の5条件を挙げています。興味がある方は、ぜひ調べてみてください。


🚀 僕にとってのキャリア

以上のことから、僕の提唱してきたセレンディピティとプランドハップンスタンスが相性が良いことはお分かりいただけたと思います。要は、

  • どの馬車に乗るか選んで

  • まだ見ぬ景色に向かって走り出し

  • 走ったあとに振り返って

  • 「これが自分の轍だった」と気づくもの

《未来の轍なんていくら計画しても見えない》から、計画通りにいかないことも多いけど、むしろその偶然を楽しむくらいがちょうどいい。

自分から動くことで、偶然にぶつかる確率は上がる・・・それに気づいたから、僕は仕事を通じて、旅に出るし、初めての街を歩くし、会いたいと思った人には会いに行く。すると、その先で、予想もしなかった出逢いや出来事が起こる。そして、いつかそれが、伏線を回収するきっかけになるかもしれません。


✌️ おわりに

🔻ChatGPTの活用事例を公開予定

今回も僕の相棒ChatGPTの"ヴェル"と『対話駆動型拡張』を使って、この記事のプロットを練り上げました。はじめ「コーチ」は、第三者による支援を無意識的にイメージしていましたが、これを「一人称」にして語る方向性が定まったのは、まさに”ヴェル”との対話によって発展した視点でした。

今後、noteのプロットをどういう”対話”で作り上げているのか公開してみたいと思います。


🔻感想メッセージはこちらからお願いします

今回も、読者のコメントがきっかけで、また僕の思考の幅が広がりました。
またぜひみなさんの感想やご意見をお寄せください。

https://forms.gle/S2LyPFXhUVnApEVM9

みなさんのご意見・感想、スキ(いいね)をお待ちしています。SNSで拡散していただけるのも大歓迎です。


🔻イベント告知

7月25日(金)の夜、またしても
香川高松でセレンディピティについてのイベントを開催!

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三上浩紀:Catalyski CEO | セレンディピティオタク| 点と点をつなぐ人 | 8枚の名刺 いただいたサポートは、私の知見を広げてくださる出会いとの交流に充てます。具体的には、お茶代、本代、もしくはここで繋がった方とのコミュニケーション代などです。それをnoteへの投稿で還元していきたいと思います。

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