014.権限を譲渡し、キャパシティの線を引く:上司の言葉が導く未来
今回はnoteと日本経済新聞社の企画「#心に残る上司の言葉」に乗っかって投稿です。普段のセレンディピティの話とは違いますが、でも、結局は、セレンディピティに関連する話にもなると思います。
先日セミナーでセレンディピティとキャリアについて掛け合わせた話をしました。キャリアの語源は「キャラリア」で「轍(わだち)」を意味し、要は「轍は前にはできない」という話をしました。自分の前に伸びていくものではなく、自分が歩んできた人生を振り返ると、自分の努力や成果など、成しえてきたことや周りの人に与えてきた影響が残されているというものだということです。
そこで言いたかったのは、キャリアプランニングとか、キャリアコンサルタントという言葉が珍しくなくなった世の中で、みなさんが自分の将来のことについて考えることが比較的当たり前になってきたけれど、doing(何をしたいのか)や、being(どうありたいのか)について考えることができない人、それを考え続けることに窮屈になったり、疲れてしまっている人が一定数いて、何者かになりたい人と、何者にもなれない(なりたいとも思ってない)人の二極分化が、この5年ぐらいではっきり起きたような印象があります。(何度も言いますが、僕はNewsPicksなどがけしかけた現象だと思っていますがw。)
ちなみに、私は未来を考えること、キャリアプランを描くことが悪いとは一言も言っていません。ただ、セレンディピティの話で私がよくあげる「プランドハップンスタンス」の事例のように、思いがけない偶発的なことで自分のキャリアが決まっていくというデータもあるだけに、そのような偶発的なことに柔軟に対応できる力もとても重要だと思っていて、それを身につけるためには、目の前のことを一生懸命やることが大事だと思っています。
そしてそれを気づかせてくれたのが、2人の上司の言葉でした。
最大の評価は、地位や金銭ではなく、権限の譲渡
一つ目は、僕が新卒で入ったベンチャー企業での話。正確にはこの人は僕の直属の上司ではないんだけど、社長室付で顧問として関わっていた方でした。今思えば恵まれてたんですが、僕は新卒の割には色々なプロジェクトに横断的に関わらせてもらえることが多かったので、ただでさえ経営陣との距離は近い会社ではありましたが、比較的経営陣に顔を覚えてもらえていたのでした。
当時僕は大学院まで行って、学校の先生になるという夢を一度脇に置いて、まずはベンチャー企業で石の上にも三年、経験を身につけて、キャリア教育ができる先生として学校現場に戻るつもりでした。だからこそ、30人いた新卒の同期(とはいえ、大学院生の僕は2歳年上だけど)には負けたくなかったし、最短距離で駆け抜けたいと思っていました。
でも、新卒の給与水準は高くなかったし、個人評価において全社の業績の比重が高いこともあり、僕個人の成績は良くても、会社の業績が悪いと、ボーナスが雀の涙みたいなことが続いて、ボーナスをもらえてる、大学の友達とかを羨望の眼差しで見ていた時期がありました。(僕らの入社前はボーナスも弾んでた時期があったと聞いていただけに、余計がっかりしたものです)
そんな時に、たまたま、その顧問の方とゆっくりコーヒーを飲みながら話す時間があり、「三上くん、頑張ってるね」と気さくに声をかけていただきました。その時にその顧問の方が、僕に問いかけてきたのです。
『従業員に対しての最大の評価は何だと思う?』と。
10年以上前の僕は、あの時になんと答えたか定かではありませんが、ボーナスの不満とかもありましたから、きっと「ボーナスとか地位」 と答えたように思います。すると、『それも一つの評価の形だけど、それよりも大事なことがある。それは権限の譲渡だよ』と言われました。
まだ若い僕には、わかったようでわからないというか、なんなら経営陣側の視点で、ボーナスに不満のある僕を丸め込もうとしてるのではないかと疑念すら感じてしまいましたが、どうやらそうではないことはすぐにわかりました。
ベンチャー企業ですから、当時の状況として、社長の発言力も大きかったのか、当時のボードメンバーもイエスマンが少なくなく、社長に物申したり、時に社長から権限を譲渡して何かを任せられるということも少ない会社の状況を危惧しての発言でした。そしてその社風は、経営陣に限らず、その下で働く従業員であっても、状況は似ていたのかもしれません。
「やりがい搾取」なんて言葉も昨今あるくらいで、言ってしまえばお金も欲しいし、権限ももらえたらなお良いわけで、世代によっては全く受け付けられない言葉かもしれません。
でもね、人生の大半の時間を仕事に充てる私たちですから、お金を稼ぐためだから我慢して仕事しているとか、心を無にして定時になるのをやり過ごすなんていう、一部の社会人の極端な例なのかもしれないけど、そういう話を聞くと残念に思えるし、僕がその立場なら、やはり息苦しいと感じてしまい、なんとかその状況を打破したいと考えてしまうのです。
今、目の前のことに一所懸命取り組み、あなたの、いわゆる「信用残高」を積み上げ、「信頼」を勝ち取り、いずれは「権限を譲渡」されることで、自分で責任を持ち、意思決定の範疇と権限を広げていくというのは、とても緊張感があり、チャレンジングで、刺激的で、難儀で、おもしろみがあることです。
必ずしも、大それた仕事である必要はありません。失敗成功はあれ、一生懸命取り組んだその先には、一つや二つ視座が上がるような経験と、それによって見えるこれまでと違った景色がきっとあるはずです。
キャパシティの線は、上司である私が引きます
この言葉は、新卒の会社から出稿していたグループ会社がM&Aをされて、そこで初めて直属の上司になった方の言葉です。ここまでの新卒2〜3年目の僕は、新規事業などに携わることが多く、ほぼ一匹狼みたいな仕事の仕方をしていて、上司と呼べるような信頼できる上司もいない状況だったので、初めて「これが上司(というもの)か・・・」と思えた人でした。
この方は、あまり人を褒めるタイプではありませんでした。いや、少なくとも僕に対しては、褒めて育てることはしなかった・・・が正しいかもしれません。
その代わりにどうやって育てられたか?常に煽られましたね。私のナニクソ根性みたいなものを見込んでくれてのことかもしれませんが、常に張り合ってくるというか、そう簡単には越えられない壁としてはだかる存在で居続けました。
褒めて欲しいとは言いませんが、報告も兼ねて「〇〇しました/できました」というと、「私なら・・・というやり方をしますね。まだまだですね」と言った感じ。でも、その指摘はごもっともで、嫌味もないので、それすらおもしろがれるような良い関係性でお付き合いをさせていただいた上司です。
その上司と、営業先の帰り道に、初めて僕の過去や経緯などを聞かれました。新卒の会社では、入社1年目で新人賞やMVPのプロジェクトに関わり、社内表彰をしてもらったので、天狗になっているつもりはありませんでしたが、それなりに自信もついていた。でも、この上司と知り合ってから、常に張り合っていたこともあり、少し謙虚になり始めていた頃で、加えて、その頃から上司と二人で難易度の高いプロジェクトが続き、"負け戦"が続いた頃だったので、自信を失いかけて、その帰り道で、珍しく少し弱音を吐いてしまいました。
その時に言われたのが
『キャパシティの線は、上司である私が引きます』でした。
人は往々にして、本来のその人の実力よりも(かなり)手前にキャパシティの限界の線を引こうとします。この言葉も今では、もしかしたら「パワハラ」と一蹴されてしまう言葉なのかもしれません。
僕が弱音を吐いて、ある意味、諦めかけ弱音を吐いたことに対し、叱るわけでもなく、そしてその弱音を受け止める慰めるわけでもなく、ただ一言。それ以上でもそれ以下でもなく。
だからこの言葉の真意は何だったのか、それ以上詳しくは聞きませんでした。でも、この言葉は「(とりあえず)もっと頑張れよ!」という根拠もなく、とりあえずやれ!というメッセージというよりは、「あなたならできるはず、できないならできるようにサポートするから、やってみなさい」というセーフティネットのようなものを感じ取れる温かいものだったと記憶しています。
その後なんとか二人でプロジェクトをやり遂げることができました。
今自分がその上司たちと同じ世代になり思うこと
あれから10年以上が経ち、当時の上司たちと同じ世代になり、自分もチームを持つことになった時、この言葉の意味を深く噛み締めました。そして同時に、この言葉を用いる上司にも、同時に責任が伴う重い言葉だということに気づきました。見様見真似で、軽い気持ちで無責任に使うのは憚られる言葉だったのです。
そのお二人に共通していたことは、常に上司自身が、部下たちよりも成長しようとインプットと努力をされていて、チームとしての最終的なケツは自分が拭くから、まずは挑戦をしなさいと送り出してくれる存在だったという点です。要は、大怪我はさせるつもりはないし、君のミスくらい私がいくらでも取り返せるからという言葉だったようにも感じるのです。
上司のマジックとでもいうのでしょうか、当時の僕は、その後やる気がみなぎり、我武者羅に頑張るのですが、あの時は、自分で自分を鼓舞して、モチベートしていた気になっていました(笑)
でも、今思えば、あの言葉を聞いた時点で、自分は何かのレールに乗せられ、その導きに従っていたのかもしれません。
コーチングの語源である『コーチ(coach)』は「馬車」という意味です。ブランドの「COACH」も馬車の絵が描かれていますね。要は、『大切な人をその人が望むところまで送り届ける』ということです。まさにそれですね。
社会人として経験値が乏しく拙い時期に出会った二人の当時の言葉は、あの当時の自分が思っていた以上に、今の自分の中に染み込んでいます。
ChatGPTが気づかせてくれたこと
この投稿をするにあたり、DALL-Eに挿絵をアウトプットしてもらうため、プロンプトとして、今回の企画の趣旨と、私の投稿のプロットを書いて指示しました。
そして描き出されたのが、この挿絵。

僕の中では全く接点もなかった二人の上司の、それぞれの言葉でしかなかったのですが、この画像を見てもらうとわかる通り、ChatGPTは、一つのストーリーのように連続性を持った挿絵として書き出しました。
この二人は私の知る限り、物理的に交わることはなかったと思いますが、最初の方から、目の前のことに一生懸命取りかかり、その後しっかりと権限を持ち、責任を持ってやり抜くことの重要性を学んだ僕は、社内表彰という結果を出すも、その数年後、自分の実力の無さに気付かされ、思うような結果が出ないという挫折を味わいながら、それを乗り越えていくわけです。
この二つのエピソードを繋ぐのは、まさに「僕」という存在であり、僕のこれからの人生ストーリーなのです。
この教えを胸に刻んだ僕が、今後どうやって咀嚼し、自分の言葉として、伝承していけるか。その一つの形が、この企画への投稿なのかもしれません。この投稿を見て、刺激を受けてくれる人が一人でもいたら、それほど嬉しいことはありません。
最後に
そんな僕は、今、セレンディピティ(偶然と才気によって、探していないものを発見すること)について(個人の趣味として)研究をしています。
セレンディピティを、ただ降りかかってくる運として捉えるのではなくて、普段の過ごし方や考え方を少し変えることで、その頻度を増やすことができる後天的に見つけられるスキルやマインドセットにできないかと僕は考えていて、このnoteで週1配信を行っています。
今後も、色々な経営者との対話から得た知見や、ビジネス書、論文などの文献を織り交ぜながら、生煮えの考察を言語化し発信していきます。
NOTEのいいね&フォローや、公式LINEアカウントへの参加も併せてよろしくお願いします!
🔽LINE公式アカウント『Serendipity 4th Place』

いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは、私の知見を広げてくださる出会いとの交流に充てます。具体的には、お茶代、本代、もしくはここで繋がった方とのコミュニケーション代などです。それをnoteへの投稿で還元していきたいと思います。