"すき"が波紋の入口になる〜応援されベタだった僕が気づいたこと
突然の告白・吐露ですが・・・
僕はどうやら、「応援されベタ」らしいんです。
例えばですが、セレンディピティについて発信を続けていると、DMをもらうことがあります。「刺さりました」「背中を押されました」という言葉が届くたびに、時間をかけて発信した甲斐があるなと、その手間が報われる思いがします。
でも同時に、気になっていることもある。
▶︎ コメントやリアクションが少ない。
→だから、広がらない。
▶︎ クローズドなところに届いている実感はある。
→でも、波紋が広がっていかない。
そしてある時、僕の発信を好意的にチェックしてくれている人に言われた言葉が、ずっと引っかかっている。
「 (三上さんの投稿は) 隙がないんだよね 」
「ロジックとして完璧」、「非の打ち所がない」という意味での"褒め言葉"ではないことは瞬時にわかった。そして同時に、なんとなく、正しいと思った。凹んだけど(笑)「それって、僕にとって、結構、致命的な弱点じゃね?」って思ったんです。
応援される人の特徴をまとめた記事は世の中に溢れている。僕もまぁまぁ、いろんな記事を読み込んだ。
・自分から応援しよう
・プロセスを見せよう
・弱みを出そう
などなど、言ってることは正しい。でも、「なぜそれができないのか」については、あまり書かれていない。
そして、弱みを出せば誰でも応援されるのか?
本当にそうなのか?この記事は、そこを考えてみようと思う。僕自身にも当てはまる話だからね、真剣に。
※音声配信は下部にあります。
強みの自己申告だけじゃ、面白くない
仕事柄、ビジネスコミュニティに携わることが多い。
こういう場の異業種交流会に行くと、自己紹介の場面で、ほぼ9割の人が強みを語る。
「〇〇を手がけました」とか、「△△のプロジェクトに関わっています」やら、「〇〇の分野では負けません」・・・気持ちはわかる。僕もそうでした。
でも、よく考えると、その強みって自己申告でしかないことがほとんど。相対評価でも、客観評価でもない、言ったもん勝ち。だから、僕のように少し斜に構えている立場からすると、「本当かな?」ってフィルターで、その人の話を見聞きしてしまう。
それに、その強みを聞いた相手はこんなことを思うかもしれない。「へぇ、すごいですね」なんて、わざとらしく感心しながら、心の中では「で、私に何の関係が?」、「どれほどのものかね?」と思っている可能性だって無きにしも非ず。
強みの自己申告は、「完成品の展示」みたいなもの。自分が求めるものにピタッとハマる"完成品"なら、すぐにでも欲しい人はいる。それはそれで、成立する関係だ。
ただし、その展示品が本物かどうかは、買ってみるまでわからない。「4」のレベルで「10」と言う人もいれば、「10」なのに控えめに「8」と言う人もいる。自己申告は玉石混交だ。強みを前面に出す自己紹介が当てにならない理由の一つでもあるように思うんです。
でも、もう一種類のニーズがある。
「自分も関心があることを、より素晴らしい他の誰がやっている。だったら一緒にやりたい・関わりたい」というニーズ。このニーズを持つ人からすると、完成品は、入り込む"すき"がない。
だから「自分はこういうことをやりたいんだけど、このパーツが欠けてる」と言える人の方が、後者のニーズに刺さる。欠けているパーツを聞いた瞬間、「それなら自分が埋められるかもしれない」と感じる。そして気づいたら関わっていた・・・みたいなことが起こる。
僕は、「諦める」の語源が、仏教用語の「明らめる」だという話が好きなんだけど、要は、自分の輪郭を掴むためにも、できないことを認め手放し、注力すべきを"明らか"にすること・・・それが、戦略的な開口部になる。
弱みは、欠落じゃない。 "関わりシロ" なんだ。
そして、もう一つ。
強みや成果って固有化しづらく、コモディティ化しやすい。「〇〇ができます」という正解っぽいものが世の中に溢れている。対して、弱みは埋めにくい。非合理だし、その人にしかない特有さが含まれるから、弱みの方が独自性を産みやすい。完成品が均質化していく中で、欠けたパーツの形こそが、その人らしさになると思うんです。
ただ、ここで一つ補足しておきたいです。
弱みだけが"すき"ではない。
「これが好きなんです」「これをやってみたいんです」「ここだけは譲れないんです」・・・そういう偏愛や途中経過もまた、他者にとっての立派な"関わりシロ"になるんです。
"弱みを曝け出す"というよりは、
"自分の輪郭を正直に見せる"ことの方が、本質に近いかもしれませんね。
ただ弱いだけでは、応援してもらえない
ここで少し立ち止まりましょう。
「弱みを出せば応援される」というのは、本当なのか?
例えば、社会心理学者のエリオット・アロンソンが1966年に発見した「プラットフォール効果」という現象。すでに有能だと認識されている人が小さなミスや欠点を見せると、むしろ好感度が上がる、というもの。完璧さは心理的距離を生むけど、脆弱性はそれを縮める可能性があるってことだ。
ただし、これには条件がある。「すでに有能だと見られている人」にしか効かないんだとか。平均的な評価の人が同じことをすると、逆に印象が悪化するらしいから、困ったもんです。
つまり、弱みが共感に変換されるためには、前提として「この人は有能だ」「信頼できる」という認識が相手にないといけないわけで、ただ弱みを出せばいい、という話じゃない。
さらに、「アンダードッグ」、要するに"弱い立場の人"を応援したくなる心理についても同じことが言える。研究によると、弱い立場の人を応援するのは「自己関連性」が高いときに限られるらしい。「この人の苦労は、自分の苦労でもある」と感じられるときだけ。ただ弱いだけでは、応援は生まれないらしいから、困ったもんです。
ふと、森岡毅さんと『ジャングリア』の話を思い出した。「マーケティングの神様」と呼ばれた彼が立ち上げたテーマパークは、現時点では、「苦戦」と評価されつつある。
でもさ、プラットフォール効果の理屈でいえば、"神様"ほど有能な人の欠点は好感度を上げるはずだったよね、と。
でも実際はそうなっていない。なぜか?
それは、プラットフォール効果が機能するのが「小さな欠点」のときだからだ。満を持して完璧な形で出した結果が期待値に届かないと、人は「挑戦を見ている」モードではなく「結果を審査している」モードで見てしまう。
ある人の話を聞いて面白い視点だなって思ったのは、これ、もし最初から、「今回は自分にとっても大きな挑戦で、壁にぶつかっている。みんな助けて!」とプロセスを見せることができたら・・・見る側の目線が「審査」から「応援」に変わり、いわゆる「プロセスエコノミー」になって、共感が生まれていたんじゃないかって。なるほど、その可能性は否定できない。(森岡さんは絶対やらないだろうけどw)
完璧を目指すほど、失敗したときの落差が大きくなる。どこまで見せて、どこまで隠すのか・・・その判断は、思った以上に難しい。
なぜ、弱みを出すことに躊躇するのか
少し僕の話をします。振り返ると、気づけば、弱みを見せるのが怖くなっていた自分がいたように思います。
幼い頃から強くいなきゃと思っていたし、新卒になってからも、即戦力になるつもりで1人で戦う場面が続いた。言い訳はしたくなかったし、舐められたくなかった。
自責志向は昔から強かったから、できないことも自分のせいだと思っていたし、それを人に見せることは、負けを認めることのように感じていた。そうやって着重ねた鎧が、いつの間にか「隙がない人」を作っていったのかもしれないなって思うんです。
思えば長いこと、「助けて」と言う前に、まず自分でなんとかするべきだと思っていた。できないことを人に頼るより、できるようになる努力をした方がいい、そう考えていた。でも今思う。それは責任感でもあったけれど、同時に他人を信頼していなかっただけかもしれない。応援されベタな人は、自己肯定感が低いというより、人に迷惑をかけたくない人が多い気がする。
心理学的には、人は自分の失敗を他者がどれだけ厳しく評価するかを「過大評価」する傾向があるらしい。実際には、他者は本人が思うほど厳しく評価していない。弱みを隠すのは「実際のリスク」への恐れじゃなく、「想像上のリスク」への恐れというわけだ。
もう一つ。平野啓一郎の「分人」という概念がある。人は相手や場によって、異なる自分として存在している。プライベートの自分が弱みを見せることと、仕事の自分が弱みを見せることは、全く別の行為だ。
どの分人の、どの弱みを、誰に出すか
その判断は、人によって異なるわけです。
そして、「(強みではなく)弱みを出せ」という言説が流行するとき、それが「弱さを出すことを強制する空気」に転化してしまうことがある。弱みの開示を強要する環境は、それ自体が別の支配になりうる。
考えるべきは、「(弱みを)出す/出さない」の二択ではなく、どう出すか、誰に出すか、どんな土台があるかです。
強みは尊敬され、弱みは愛される
少し、受け取る側の話もしたい。
弱みを出したとき、それが共感に変わるかどうかは、受け取る側にも条件がある。
一つは「この人だから受け容れられる」という関係性の蓄積。もう一つは「この人のやろうとしていることが実現した世界に共感できる」というビジョンへの共鳴。
クラウドファンディングで考えるとわかりやすいかもしれません。知人が支援する時は「この人だから」という関係性が根拠になる。でも、たまたま見かけた見知らぬ人が支援をする場合、それはビジョンへの共感だ。人を知らなくても、やろうとしていることの世界観に自分が入れると感じたとき、人は動く。つまり、知人に応援されることと、見知らぬ人に応援されることは、全く別のスキルセットが必要ってこと。
では、相手に「受け入れてもらえる土台」はどうしたら作れるのか?直接的な答えじゃないかもしれないけど、相手を「受け容れてきたかどうか」が、大切なんじゃないかと思っている。これは断言できない。でもね、応援される人を見ると、応援してきた人が多い。受け容れてきた人のところに、人が集まる、そんな気がするんだよね。
「受け容れる」というのは、「この人のことが好き」ということだけじゃない。「この人を応援したら、何かが動く気がする」——外側に何かが生まれるか、自分の中に何かが生まれるか。そのどちらかが見えたとき、人は関わりたくなるってことなのかなって。
だからこそ、強みは尊敬され、弱みは愛される。
"すき"(好き・隙・鋤・数奇)が、波紋の入口になる
唐突ですが、「主人公」という言葉が、禅の用語だと知ってますか?
禅における「主人公」には、三つの意味があるそうで。
・本来の自分
誰もが生まれながらに持つ、純粋な心の本体。
・主体的なあり方
他人の評価や周囲の意見に流されず、自分自身で物事を見極める姿勢。
・目覚めた状態
常に「今この瞬間を大切にしているか」と問い続ける心構え。
他人の評価に流されず、強みも弱みも含めて、自分を主語にして語れる人。それが、禅の言う「主人公」だとしたら、僕はまだ、主人公になれていない。
僕の会社の社名である「Catalyski(カタリスキー)」の「すき」には、もともと"四つの意味"を込めていた。
【 好き ・ 隙 ・ 鋤 ・数奇 】
誰かに関心を持つこと、関わりシロを作ること、土を耕すこと。
そして、思いもよらない縁に開かれていること。
気づいたら、この記事で書いてきたことが、全部その四文字に入っていた。
好きな人を応援すること。
隙を作って波紋の入口を開けること。
鋤で土を耕すように、関わりシロを耕し続けること。
そして、数奇な縁に開かれていること。
隙がない人のところには、波紋は来ない。
関わりシロがあるところに、予期しない縁が生まれる。
セレンディピティは、そういうところに起きる。
「自分を主語に自己表現できる"語り好き"を増やす」
それが僕の会社活動の核心にある。でも、気づいたら自分自身が、自分を主語にして弱みを語ることを、ずっと避けていたとも言える。自分のジレンマでもある。
だから、こうやってnoteを書くこと自体が、
僕なりの「すき」を作ることだと思って書いています。
・あなたにも、着重ねてしまった鎧はありますか?
・そしてその鎧は、いつ着たものでしょうか?
鎧を脱ぐ必要はない。全部見せる必要もない。
ただ、その着重ねた鎧のどこかに、
ほんの少しだけ、小さな隙を作ったとき、
誰かの波紋が、そこから入ってくるかもしれません。
084.
"すき"が波紋の入口になる
〜応援されベタだった僕が気づいたこと
Fin.
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この記事を読んで、何か引っかかるものがあったなら、それが、あなたの最初の波紋かもしれません。 隠れて読むより、存在を示した方が波紋は重なりやすい。
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📬 質問箱、はじめました
noteに「質問箱」機能が先行解放されました。
セレンディピティのこと、仕事のこと、AIの使い方のこと・・・
僕が答えを持っているかどうか、正直わかりませんが、届いた問いには向き合って、赤裸々に、一緒に考えます。記事の内容に限らず、気軽に投げてください。
👉 https://note.com/qa/melo_da_handsome
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🎧音声配信:このnoteの理解を深めたい人へ
このnote記事について、AIによる音声解説もセットで提供しています。
記事の読み上げではなく、あらすじや評論、時に記事に書いていないことを補足しながら解説していますので、音声配信とセットで視聴していただくと、さらに理解が深まる構成になっています。
こちらも併せてお楽しみください。(20分05秒)
【お仕事のご依頼について】
このnoteをきっかけに、セレンディピティやそれに関連したテーマの講演・登壇のご依頼をいただくことが増えてきました。
「自分の組織やチームにも、この話を届けたい」
「イベントや勉強会で、セレンディピティをテーマに話してほしい」
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