守り馬のいる魔境
4月。
仕事とかなんやらで落ち込んで、友達に
「秘境・魔境に行きたい」
というと、
「摩天崖(まてんがい)ってのがあるよ。なんか魔境っぽくない?」
と写真付きで返ってきた。
おぉ、たしかに魔境っぽい。なにより名前がいい。よいではないか。よいではないか。
と思い、数週間後のGWに向けて飛行機と宿を速攻で予約した。
摩天崖(まてんがい)は隠岐諸島の西ノ島に位置する。
旅行前は会う人みんなに、
「なんか、崖のある魔境にいくんだよ。」
と自慢げに言って、場所の名前は正直覚えていなかった。魔境に行けるという予定が心の支えになっていた。
旅行当日。鳥取県米子空港に到着。七類港にタクシーで向かい、フェリーに乗る。久々の船旅にテンションがあがる。

港に到着。バスに乗って「だるまや」という名前の宿に向かう。田舎のでっかいばあちゃんの家みたいな宿だ。
自転車を借りて走らせ、目的地付近の駐車場に着く。駐車場があるのか、と思う。
魔境なのに。
着いてみると人が意外といる。
お年寄りや家族一行はバスツアーに乗ってきた。魔境なのに。
どうやらこの魔境は、全体がジオパークとして登録されている隠岐諸島の中でも有名なジオスポットのひとつらしい。摩天崖以外にも、ろうそくのような形のろうそく岩など、幾年月もかけて波に削られ生まれた、自然ありのままの景色が広がる。
海に沿って、崖下から上まで遊歩道があり、ジオパークを散策できる。下から歩いてすぐに、雄大な摩天崖が顔を出す。どぐぅあ、みたいな大地だ。圧倒的な地球の営み。

さらに歩みを進めると、乾いた糞がそこかしこに落ちている。大量にあるそいつらを足元を見てよけながら歩いていくと、人より大きい物体が目の前に現れた。
馬である。かなり大きな体つきで、明るい茶色の毛。私が触れるくらい近くに寄っても気にせず、むしむしと草を食んでいる。
むしむし、むしむしむし。むしむし…
永遠ともいえる草原を食べては海を見渡し、また食べている。なんだかずっと見ていられる。

摩天崖では植物などの生態系を守るために十数頭ほどの馬と牛が放牧されている。魔境の守り人ならぬ、守り馬なのだ。
実は魔境に辿り着くまでの移動中、仕事とか他の頼まれごととかで頭がいっぱいで心は少し荒れて雑草だらけだった。
人に構わずひたすらに草を食べている馬たちをみると、むしむしと私の心の無駄草を食んでくれているようだ。
風が吹きぬける。空は快晴。赤みを帯びていく。馬の白いたてがみが消えるように光る。
魔境から帰ってきて、息もつかぬまま仕事が始まる。キリもなく無駄草は生えていくだろう。
魔境の守り馬よ、いずれまた、私の無駄草を食んでくれ。
