M&C通信Vol.134 Give&Takeじゃ、もう苦しい。わたしがたどり着いた心が満ちる"Give&Get”
こんにちは。メルト&クリエイト🔵です。
心が不思議と溶けていくような時間を
ごゆっくりどうぞ。
?:与えたのに、なぜ“損した気分”になるんでしょう?
人の相談に乗って、親身になって、
自分の時間も感情も
使って寄り添ったのに、
いつの間にか、
相手は別の人と仲良くしてて、
感謝の言葉もない。
そんなとき、心のどこかで
「なんでわたしだけ…」って
思ってしまったこと、ありませんか?
「Give & Take」って、
よく言われるけど、
もしかして、
“Give”って、間違った方向になのかも?
↔:「与える人ほど損をする」…それって本当?
あの頃のわたしは、
“与えること”が
すべてだと信じていたんです。
頼まれたら断れず、
お願いされたら引き受けてしまう。
「助かったよ」と言われるのが嬉しくて、
それが愛される秘訣だと思ってたんです。
一方的に与えて、
一方的に消耗していたんです。
人に尽くすたびに、どこか寂しさが残る。
「なんでわたしだけが、
こんなに必死なんだろう」
そんな気持ちが、心を締めつけていました。
∽:「Give & Take」がうまくいかない、本当の理由
その「与える」の裏には、
無意識のうちにある
“期待”という種が潜んでいることに、
気づいていましたか?
「きっと返ってくるはず」
「いつか報われるはず」
…わたしは、そう信じていました。
だけど、あるとき気づいたんです。
わたしの与え方には、
いつのまにか“返ってくるハズ”
という期待が、静かに隠れていたんです。
Give and Takeという構造は、
「与えたら、相手が受け取ってくれて、
返してくれる」
という一連の条件が整って、
初めてバランスが取れる仕組み。
でも現実には、
「相手は気づいていなかったり」
「忙しさの中で忘れられたり」
そんなことが日常的に起きます。
するとどうなるか?
わたしたちは、
「返ってこない」ことに傷つき、
与えることそのものが、
重くてつらい行為に変わってしまう。
「裏切られた」と感じて、
疲れてしまう。
それが、Give & Takeの
見えない落とし穴だったんです。
☹️:でも…優しくしても、結局損するんじゃない?
「いい人」で終わって、
誰からも深く感謝されない。
むしろ、利用されたとすら
感じる瞬間もあるかもしれません。
だから、「もう誰にも与えたくない」って、
何度も思ったことがあります。
でも、それって、わたしの与え方が
“返ってくること前提”
だったからだったんです。
Give and Takeの世界では、
常に“相手の反応”が成立条件になります。
でも、相手はわたしの
期待どおりに動いてはくれません。
そこに、疲弊と痛みが生まれていたんです。
本当の“与える”とは、
返ってこなくてもいいと
思えるときに初めて生まれる
かもしれませんね。
NW:「Give & Get」という循環の法則
「与えたら返ってくる」ではなく、
「与えたものが、別のカタチで巡ってくる」
そう考えると、世界の見え方が変わってきます。
この視点に立つと、
相手から返ってこなくても、
不思議と満たされるようになるんです。
なぜなら、“受け取ること”への
執着が静かにほどけていくから。
愛も、優しさも、豊かさも、
「循環させる」ことで初めて、
受け取れるようになる。
その循環を起こすスイッチが
「Give & Get」
という考え方なんです。
≒:太陽の光は、自分に戻ってくることを求めない

朝、部屋のカーテンを開けた
瞬間にふわっと差し込む光。
あれって、太陽が誰かに感謝されたくて
照らしてるわけじゃないですよね。
ただ、そこにあるから
ただ、惜しみなく降り注ぐ。
そしてその光が、
誰かの心を温めたり、
迷っている人の足元を照らしたりする。
与えるって、本来そんな
自然なものだったのかもしれません。
自分に戻ってくるかどうかなんて考えずに、
ただ惜しみなく、愛を差し出す。
気づけば、その光に自分自身が
照らされていたりするんです。
◉:“返ってくる”のではなく、“すでに得ている”という視点
「与えた瞬間に、もうGetしている」
そう思えるようになると、
不思議と心が静かに満たされていきます。
「返ってくること」が
前提だった頃には気づけなかった、
小さなぬくもり。
それは、自分の中にそっと
芽生える安心感や、やさしい気持ち。
“与えること”で整うのは、
相手じゃなくて、
自分自身の内側だったんだと。
見返りを求めていないのに、
なぜか心がふわっと満たされていく感覚。
それが、“Get”の正体なんです。
受け取ることに執着していると、
この微細な感覚は、すり抜けてしまいます。
でも、
「与えることが自分自身を整えてくれる」
循環の真ん中にいると、気づいたとき、
(M&C通信Vol.124「センタリング・サークル」)
世界の優しさに、
そっと包まれるような感覚になるんです。
noteに綴った文章も、そう。
読む人が「ただの読者」として
受け取るだけで終わらせるのではなく、
共鳴した気持ちを誰かに届けたり、
コメントで返してくれたとき、
そこにまた“循環”が生まれる。
与えたものは、必ず別の形で、
自分を癒してくれる。
「期待」よりも、
「信頼」で動けるようになるハズなんです
→:今日ひとつ、太陽のように差し出してみませんか?
朝、カーテン越しに差し込む陽の光は、
「誰かに感謝されたいから」
照らしているわけじゃない。
ただ照らしたいから照らす。
それが光の本質。
そして、人も、同じなんです。
「ありがとう」や「すごいね」
なんて言われなくても、
誰かの心にそっと灯をともせる
存在でいられたら。
そんな自分って、ちょっと素敵だと思いませんか?
その光は、言葉でもいい。
目を見て微笑むことでもいい。
そっとメッセージを贈ることでも、
noteに思いを残すことでもいい。
大切なのは、「差し出すこと」。
そして気づくんです。
与えたと思っていたその光に、
いつのまにか自分が照らされていたことを。
noteも、ただの読む場所じゃない。
小さな“Get”を渡し返すことのできる場所。
もし、心が少しだけあたたかくなったなら、
その温度を、誰かにも届けてみませんか?
◎:優しくすることに、理由なんていらない
誰かに優しくしたのに、
裏切られたり、無視されたりして
「わたしって損な生き方してるのかも」って、
心がズキッと痛んだ日もありました。
だからこそ伝えたいんです。
優しくすることに、
理由なんていらないハズ。
損か得かで生きる世界から、
そっと抜け出していいんです。
たとえ、思いをかけた
その人に伝わらなかったとしても
どこかの誰かが受け取って、
めぐりに巡って、
あなたを優しく包む日が来るから。
たとえ、誰も見ていなくても。
たとえ、何も返ってこないように見えても。
与えるという行為そのものが、
すでに“満ちる”という贈り物だったんです。
わたしはそう信じています。
見返りを求める世界から、静かに離れていく。
世界がどうあれ、
あなたの中にある愛を信じていますから。
最後まで、読んでいただきありがとうございます。

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