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救急医がたどり着いた幸福

「医者って、幸せ?」

そんなことを考えることがあります。

目の前で消えかけていた命が助かり、感謝される。
それは確かに、何物にも代えがたい幸せです。

けれど、その裏側には
24時間365日いつ呼び出させるかわからない緊張感。当直、緊急手術、
どれだけ手を尽くしても救えない現実。

良い医者であろうとすればするほど、
家族のイベントには参加できず、
大切な約束も守れないことがある。

気づけば
家族にとっては、最悪の存在。


「命を背負っているのだから」

その覚悟ひとつで、
家族を後回しにし、
自分の体をも後回しにしてきた30年。

そんな最前線で多くの感情に立ち会ってきた私が、

幸せとは、成功や出来事ではない。
その出来事をどう受け取るかという解釈である。

 成功しても、幸せとは限らない

世間ではよく「医者は成功者だね」と言われます。

けれど、
救急の現場で働く医者が本当に幸せかどうか
私は何度も自問してきました。

救急外来には、
誰もが羨むような功績を持ちながら、
孤独や後悔に震えている方も運ばれてくることもあります。

人生の最後に残るものは、貯金残高ではありません。

「健康」と「人間関係」かなと思います。

どれだけ成功していても、救急に搬入されると健康の大切がやはりわかります。そして家族を含めた人間関係。
この土台がなければ、
成功を「幸せ」として感じることができないのではないでしょうか?

だからこそ思います。

失わないとなかなかわからないけど
健康こそが、幸せの最低条件なのです。

幸せに「運」はいらない

救急の現場は、不条理です。

「なぜ今、なんで私が」

そんな出来事が、日常的に起こります。

不幸なのかもしれません。

けれど――
その後の人生は、人によって大きく変わります。

やはり解釈、前を向く人と、立ち止まる人。

その違いは、
何が起きたかではなく、
その出来事にどう「意味づけ」をしたかです。

そして、その解釈を支えているのは、
精神論ではなく「身体の状態」です。

幸せとは、
出来事やお金や成功も必要かもしれませんが、
身体と人との関係に支えられた状態”でもあるのです。


幸せを支える「3つのバランス」


救急外来は、
人生のバランスが崩れた結果が集まる場所でもあります。

・無理を重ねて「健康」を壊した人
・孤独の中で「人間関係」を失った人
・生活の困窮から「お金」の問題で受診が遅れた人

幸せとは特別な魔法ではありません。

健康・人間関係・お金

この3つが“そこそこ整っている”状態。

100点満点で3つとも完璧である必要はありません。
むしろ、バランスが崩れないことのほうが、ずっと大切。

幸せは「貯められない」

幸せは、貯金のようにはいきません。

昨日幸せだったからといって、
今日も幸せとは限らない。

放っておけば、
静かに、しかし確実に崩れていきます。

だからこそ必要なのは、

日々の小さな「整え」そしてやはり解釈です。


■ 救急医が思う、幸せの三原則

① 成長が、幸せになる

派手である必要はありません。
昨日より少し体調が良い。
少しだけ安心して眠れる。

その小さな積み重ねが、
人生後半の幸福をつくります。


② 非日常より「普通の日」を整える

人生を劇的に変えようとする前に、
今日を少し楽にする。

苦しいことを、少し減らす。

それが、もっとも確実な方法です。


③ 視点を変える力を持つ

つらいときは、少し引いて見る。
嬉しいときは、しっかり味わう。

その切り替えが、
人生の感じ方を大きく変えます。


■ 医者は幸せなのか

「医者は幸せですか?」

今なら、こう答えます。

「幸せにも、不幸にもなり得る仕事です」

命を救う喜びがある一方で、
どうしても救えない現実もある。

忙しさの中で自分を見失えば、
簡単にバランスは崩れてしまいます。

だからこそ大切なのは、

医者である前に、
仕事があるということ、そして社会に貢献しているという実感は、
確かに大きな意味での幸せだったかもしれません


 最後に

幸せは、どこか遠くにあるものではありません。

つくるものでもなく、
「気づくもの」に近い。

今日、無事に一日が終わること。
誰かと話せること。
自分の足で歩けること。

それは当たり前ではなく、小さな幸せ、奇跡の連続です。


「死ぬまでは、生きている」

だからこそ――

その「生きている今」を、どう受け取るか。

その解釈の積み重ねこそが、
私たちの人生の「幸せ」そのものなのだと思います。

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