65歳という節目に、救急医が伝えたいこと
三重県玉城町 成銀式(65歳をお祝いする式典)でお話ししてきました。
「今日が、人生でいちばん若い日」
私は、救急・胸部外科の現場で30年以上、命の最前線に立ってきました。
そして65歳という節目に、あらためて強く思うのです。
「今日が、人生でいちばん若い日」だと。
長寿社会は、もう“未来”ではない
1970年頃、60歳といえば「老年」という印象でした。
しかし今、60歳は驚くほど若々しく、80〜90歳で元気に活動される方も珍しくありません。
100歳以上人口は年々増えています。昨年は10万人に迫る数です。
私たちの世代が100歳を迎える頃には、200人に1人が100歳という社会も現実味を帯びています。
年齢は、言い訳ではなくなりました。
「もう歳だから」は、もう通用しないのです。
生物学的限界と、人間の可能性
生物学的な心拍数モデルでは、人間の寿命は本来20年程度とも推定されます。
それを80年近くまで延ばしてきたのは、栄養、知恵、文化、そして医療です。
「老化は避けられないもの」から「介入できるもの」へと、医学は変わりつつあります。老化は“病気”である。そんな考え方も広がり始めました。
100年時代は、ただ長く生きるのではなく、
どう生きるかが問われる時代です。
医学は“不確か”である
救急現場では、完全な情報はありません。
限られた時間、不十分なデータ、家族の想い、社会背景。
それでも決断を下さなければならない。
私はいつも思っています。医師は人が直る力を阻害しないことくらいしかできないのではないかということを
死は避けられません。
目の前でたとえ助かったとしてもいずれは死んでしまう運命。
だから助けたとしてもいずれは死ぬ、ある意味ほんの少し延命しているだけなのかもしれない。
しかし、「死ぬのは今じゃない」と信じて最善を尽くす。
それが救急医の姿勢だと考えています。
救急の現場が映す社会
交通事故、飲酒運転、暴走、虐待、貧困、自殺未遂。
救急医療は、社会の断面を映す鏡です。
三重県は救急受け入れ、医師不足も深刻です。
私は大学救急の立ち上げ、ドクターヘリ運用、DMAT出動、感染制御、人材育成などに関わってきました。
それでもなお、限界はあります。
だからこそ、平時の医療の底上げが何より大切なのです。
突然死が教えてくれたこと
突然死は、最も辛い別れです。
「ありがとう」
その一言が言えなかった後悔を、私は何度も見てきました。
認知症予防とウェルビーイング
認知症の薬は、進行をわずかに遅らせるだけです。
本当の予防は、生活習慣にあります。
良質な睡眠(脳は夜、アミロイドβを洗い流す)
毎日の運動、軽い体操
禁煙
節酒(可能ならゼロ)
適正体重
新しい挑戦
人とのつながり
一人で食べない工夫
孤独は、タバコ15本分に匹敵する健康リスクです。
幸福は、比較ではありません。
自己決定・没頭・成長・人間関係・意義。
日常の「当たり前」に感謝できる力が、最強の健康法です。
私自身の挫折
アメリカでの人工肺研究の実用化に至らなかったこと。
帰国後、希望とは違う救急配属になったこと。
両親の最期に立ち会えなかったこと。
悔しさも、後悔もあります。
それでも私は気づきました。
感謝されること。
笑顔を向けられること。
つながっていること。
それが、人生の土台です。
65歳からの宣言
私は、生涯現役でいます。
年齢を理由に、挑戦をやめません。
「教養」とは、きょうよう、つまり“今日、用があること”
「教育」とは、きょういく “今日、行くところがある”。
永六輔さんや五木寛之さんが言っていたようです。
歩き、集まり、学び、役割を持ち続ける。
病気になっても、「病人」にはならない。
最後に
もし今、あなたが迷っているなら。
今日が、人生でいちばん若い日です。
ありがとうを伝えてください。
誰かを誘って、一緒に食事をしてください。
15分、歩いてください。
新しいことに挑戦してください。
命は、時間そのものです。
そして時間は、今この瞬間しかありません。
私は、救急医として、
そして一人の人間として、
あなたに伝えたい。
生きていること自体が、奇跡です。
どうか今日を、大切に。
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