削り続けた命の果てに、今思うこと
遠くから聞こえるサイレンの音。 救急車からストレッチャー降ろされる床を叩く振動。 65歳になった今も、ふとした瞬間にあの熱量と冷徹さが入り混じった現場の空気を思い出します。
救急医療の現場は、決してきれいごとだけでは語れません。
眠れない夜。
理不尽な罵声。
そして、どれだけ手を尽くしても、救えなかった命。
自分の命がじりじりと削られていくような感覚のまま、
ただ時間に追いかけられ、心身をすり減らす日々でした。
「もう辞めたい」
「もう、これ以上は耐えられない」
何度、自分自身にそうこぼしたか分かりません。
特に、あの新型コロナウイルスの渦中は、地獄のような日々でした。
未知のウイルスへの得体の知れない恐怖。
終わりの見えない極限状態の緊張。
剥き出しになる人間の怖さ。
そして、命の選択を迫られる、残酷なまでの現実。
「ここから逃げ出せたら、どんなに楽だろう」
暗闇の中で、そう願ったことも一度や二度ではありませんでした。
しかし、その一方で。
世の中には、仕事が激減し、あるいは職を失い、途方に暮れる人々がいました。
働きたくても、働けない。
守りたい家族がいるのに、その術がない。
街のあちこちから聞こえてくる、悲痛な叫びを耳にしたとき、私はハッとしました。
「仕事がある」ということは、決して当たり前ではないのだと。
どんなに過酷でも、自分を必要としてくれる場所があること。
自分にしか果たせない役割が、そこにあること。
誰かがやらなければならない「最後の砦」に立たせてもらっている。
それは、実はとても、ありがたくて尊いことなのではないか。そう思うようになったのです。
採算を考えれば、割に合わないことばかりです。
それでも。
あのとき、あの場所で、自分にできることを精一杯やった。
そう胸を張って言える人生を歩めたのなら、私はもう、何も悔いはありません。
生きるということは、何か特別な成功を掴むことではないのかもしれません。与えられた場所で、自分にできる仕事を全うし、それがほんの少しでも誰かの役に立つこと。
それこそが、本当の「生きがい」というものなのではないでしょうか。
医師には、はっきりとした定年がありません。
続けようと思えば、いつまでも続けられる。
だからこそ、背負う責任は重く、終わりなき苦しみが続くこともあります。
それでも、その向こう側には、私を必要としてくれる人がいる。
仕事があること。
働けること。
そして、誰かの役に立てること。
65歳になった今、ようやく分かりました。
それは、私たちが思っている以上に、奇跡のような、尊いことなのです。
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