健康とは、幸せ?
“well-being”という言葉を考え続けた理由
「健康とは、完全に身体的・精神的・社会的に良好な状態(well-being)であり、単に病気ではないことではない」
WHOが1948年に定義した、
有名な言葉です。
文章を突き詰めると、
「健康とはwell-beingである」
ということになります。
近年、
“well-being” 日本語でもウエルビーイング
よく耳にするようになりました。
幸せ、とも少し似ている。
well-beingという言葉は、
日本語に訳しきれないと言われます。
幸福。
福祉。
良い状態。
満たされた人生。
どれも少し違う、どれもあっている。
「健康とはwell-beingである」
ということは
「健康とは、幸せである」
に近いのかもしれない。
そう思うようになりました。
もちろん、
医学的には、
健康=幸せ、
と単純には言えません。
病気があっても幸せな人はいる。
逆に、
健康でも苦しそうな人もいます。
だから、
完全に同じ意味ではない。
けれど——
健康を失った瞬間、
人は初めて、
その大切さに気づくことがあります。
普通に歩けること。
歩けなくても、
動けること。
痛みなく眠れること。
少し痛みがあっても、
眠れること。
息が苦しくないこと。
人工呼吸器がついていても、
生きられること。
食べられること。
食べられなくても、
点滴で命がつながっていること。
笑えること。
朝、
目が覚めること。
それらは、
失うまでは、
“当たり前”になってしまう。
救急の現場で、
何度も見てきました。
昨日まで普通に働いていた人が、
突然倒れる。
「こんなはずじゃなかった」
そうつぶやく姿を。
だから私は、
健康とは、
単なる“病気の有無”ではないと思うのです。
元気そうに見えても明日は倒れるかもしれない。
本当に大切なのは、
「生きていることを味わえる状態」
なのではないか。
よく眠れること。
誰かと笑えること。
「ありがとう」と言えること。
安心して食事ができること。
孤独ではないこと。
「今日も生きていてよかった」と思えること。
そういうものが、
実は人の“健康感”を支えている。
だから最近、
私はこう考えるようになりました。
健康とは、
単に病気がない状態ではない。
「その人らしく生きられている状態」
なのではないか、と。
でも私は、
救急医として、
こんなふうに感じています。
well-beingとは、
人生最後の瞬間に「この人生も悪くなかった」
と思える状態なのかもしれない。
もちろん、
人生には苦しみもあります。
病気もある。
老いもある。
別れもある。
それでも——
誰かと支え合い、
笑い、
食べ、
眠り、
感謝しながら生きる。
その積み重ねが、
健康であり、
幸せなのかもしれません。
私は救急医です。
だからこそ、
最後に見えてくるものがあります。
人は最期、
「もっと働けばよかった」
とはあまり言わず
「もっと大切な人と過ごせばよかった」
そう語る人はいるのではないかと思います。
健康とは、
長生きの技術ではなく、
“幸せに生きる力”
なのかもしれません。
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