40歳で会社を早期退職した私が、2026年に入ってやってみた5つのこと。
こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。
2026年が始まってから、早いもので5ヶ月が経とうとしています。
振り返ると、自分でも驚くくらいいろんなことを「やってみた」と言える時間でした。「挑戦」というと少し前のめりすぎる。
「面白そう。やってみようかな」くらいの温度感が、正直なところです。
今日たまたまnoteの公式投稿企画で
#やってみた を見つけたので、乗っからせてもらうことにしました。
1月に仕事を辞めると決めてnoteを書き始め、私の誕生日月であるこの5月まで。
人生の中でいちばん「やってみた」と言えるかもしれない4ヶ月弱の記録を、残しておこうと思います。
この記事では、私がこの4ヶ月でやってみた5つのことを書いています。
・noteを書いてみた
・仕事を辞めてみた
・国家資格に挑戦してみた
・AIをつかってみた
・生き方を考えてみた
今の仕事や生き方に、どこかもやっとしている方。
キャリアの転換期にいて、何から手をつければいいかわからない方。
40代前後で、自分らしい時間の使い方を模索している方。
そのどれかに当てはまる方に、少しでも参考になれば嬉しいです。
noteを書いてみた。
1月12日、初めてのnote記事を投稿しました。
特別な準備は何もしていませんでした。
ちょうど会社で早期退職の募集がかかっていて、締切が迫る中で「辞める」と決めたのが、その日でした。
大きなアイデンティティが消えてしまう不安と、少しだけの期待。
この温度感で書ける文章は二度とないかもな、と思ったこと。
AIに人生相談をしたとき、noteを書くことをすすめられていたこと。
「書くなら今日だな」と思って、深夜に新規登録して書き始めました。
40年自分と付き合ってきて、かなりの飽き性な性格だと自覚しています(笑)
でもこの4ヶ月で70本以上書き続けているのを見ると、ああ、文章を書くのは本当に好きなんだなと改めて思います。
書いているうちに読んでくれる人が増えて、スキやコメントをもらえるようになりました。「楽しみにしています」「ファンです」という言葉までいただけるようになった。
自己紹介記事のスキが500を超えたときはさすがに少し驚きました。
500人以上が「いいな」と思ってくれた。「誰かに届いている」という感覚は、思っていた以上にあたたかかったです。
4ヶ月で累計ビューは23,000を超え、スキは3,500を超えました
数字は結果に過ぎないけど、書き続けたからこそ気づいたことがあります。
書く前には「なんとなくそうかもな」と思っていたことが、書き終えると「やっぱりそうだった」に変わる。
あるいは「そうじゃなかったんだな」と気づく。
書き続けるうちに、自分が何者で何を大切にしているかが、だんだんクリアになっていきました。
仕事を辞めてみた。
15年以上勤めた会社を、3月末に退職しました。
やめるまでは、ぐずぐずぐずぐず迷っていました。
本当に辞めていいのか。辞めちゃだめなのか。
でも、決断した理由がいくつか重なりました。
40歳という年齢で早期退職の対象になったこと。
「ああ、そういう年齢なのか」と気づいた瞬間でした。
休職中だったので、会社に引き止められる接点もなかった。
テレワークが続いていたので、会社が少しずつ遠くなっていた。
休職中の今なら引き継ぎもない。 そして妻も賛成してくれた。
結局のところ、私の気持ち次第だったのかもしれません。
心残りがあるとすれば、お世話になった方々に挨拶できないまま去ってしまったことですね。これに関してはキャリアブレイクが終えたタイミングで、改めて挨拶させてもらおうと思っています。
国家資格に挑戦してみた。
退職を考えはじめたことで、これまでかなりザルだった家計を見直すことにしました。
「お金の勉強をするならFPかな」という軽い気持ちで始めました。でも学んでみると、「ああ、こういう知識がほしかった」と思うことだらけでした。
休職中にもらえる傷病手当金のこと。
国民年金だと老後はいくらで、厚生年金だといくらになるか。
知らないまま生きてきたお金の話が、次々と出てくる。
FP3級を受験しました。勉強期間は2週間ほど。なんとか合格できました。
キャリアブレイク中で時間があったのは正直大きかったです。
それでも短期間でやり切れたのは、「知りたい」という気持ちが本物だったからだと思っています。
家計の見直しがきっかけでしたが、勉強を進めるうちに気づいたことがあります。
FPが教えることの根っこは
「ライフプランに始まり、ライフプランに終わる」。
お金の話は、結局、どう生きたいかの話でした。
数字より先に、人生がある。
その順番を、改めて確かめることができました。
今は今年中の合格を目指して、2級の勉強を続けています。
AIをつかってみた。
この春、コードを一行も書かずにWebサービスを4本公開しました。
名作小説の冒頭だけを読める「冒頭収集館」。
世界の名画をスワイプして旅する「名画収集館」。
どう生きたいかから逆算するFIREシミュレーター「FIRE COMPASS」。
虫を集めながら算数を学ぶ知育ゲーム「ムシ算」。
実際に手を動かして作ったからこそ分かったことがあります。
「AIに頼んだら寝ている間に完成しました」という夢は残念ながらみることはできませんでした(笑)
現実は全然違う。AIは平気で、もっともらしい嘘を堂々とつく。
それでも、実際に手を動かして作り続けるうちに、見えてきたことがあります。
2025年に「バイブコーディング」という言葉が生まれ、あっという間に広まりました。
コードを一行も書かずに動くサービスを作れる時代が、もう来ていました。
ただ、使ってみてわかったのは、AIに丸投げするだけではプロトタイプを作ることはできても、完成させることは難しいということ。
AIの仕事の仕組みは、私がしてきた仕事に不思議なくらい似ていました。
AIに役割を与えて、対話してプロダクトを作ってもらい、成果物を自分の目でレビューして、次の一手を決める。
それは私がデザイナー・企画・PMと役割を変えながらも15年以上やってきたこととほとんど同じでした。
「この経験がここで使えるのか」と思った瞬間、会社員時代の地味な積み上げが初めて「自分だけの武器」に感じられました。
魔法のプロンプトではなく、何が怪しくてどこを直すべきか見抜く目。
それがそのまま、AIを動かす力になっていました。
コードを書く力よりも、考える力が活かされる時代が来た。
そう感じたとき、会社員時代の16年がやっと報われた気がしました。
そしてもうひとつ、この4ヶ月でいちばん驚いたことがあります。
息子のために作った算数ゲーム「ムシ算」に、認知症ケア専門士の方からメッセージが届きました。
お母様に試してみたところ、楽しんで遊んでくれた。 虫が嫌いだったお母様と、久しぶりに笑い合えた。 最後に「救われました」という言葉が添えられていました。
「救われました」
その言葉に、今度は私自身が救われました。
会社員時代も多くの人に使ってもらえるサービスを作ってきましたが、個人に向けてここまで直接的な声をもらったことはなかった。
作ったものが、想定していなかった場所へ届いていく。
それを知ったのも、この4ヶ月のことでした。
生き方を考えてみた。
休職し、仕事を辞めて、キャリアブレイク中の今。自分と向き合う時間がずっと続いた末に、ひとつの考え方にたどり着きました。
「人生は死ぬまでの暇つぶしである」
投げやりに聞こえる方もいるかもしれませんが、私はそう思いません。
自分は本当は何がしたいのか。その問いを立て続けた末に、ずっとやりたかった文章を書くことにしました。
文章を書いたから、自分を客観的に振り返るきっかけにもなった。
AIでアプリを作ってみようとも思えた。 FPの試験にも挑んでいる。
それらが少しずつ、ひとつの生き方に繋がっていく気がします。
アイデンティティでもあった肩書への執着を下ろした背中に、新しい風が吹き込んできたような感覚です。
「どうせ暇つぶしなら、思い切り遊べばいい」。
そう開き直ったとき、不思議と気持ちが軽くなりました。
ミッドライフ・クライシスは、私にとっては「ミッドライフ・アウェイクニング」でした。この目覚めのときに得た、いちばん大切な考え方がそれです。
人生を一本道のRPGだと思っていたら、実は広大なオープンワールドだった。好きなサブクエストをひたすらこなしていく。
そのほうが、ずっと自分らしかった。
小説を書く。アプリを作る。資格を取る。noteを書く。
端から見るとバラバラかもしれない。
でも根っこにあるのは、ひとつです。 16年の会社員時代も、今のキャリアブレイク中も、ずっと同じことをしていた気がします。
「伝わりにくいものを、伝わるかたちにすること」
複雑なお金の仕組みをシミュレーターに落とし込む。
算数の勉強を虫取りに変える。 形のない思考を言葉にする。
職種や肩書きが変わっても、ずっと同じことをしていた気がします。
「面白そう。やってみようかな」と手を動かし続けたからこそ、気づけたことかもしれません。
最後に。
アップルを創ったスティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学の卒業式でこんな言葉を残しています。
「点と点は、後ろを振り返ってしか繋げられない」
前を向いているときはバラバラに見えた点が、振り返るとちゃんと一本の線になっていました。
noteを書いて、仕事を辞めて、資格を取って、AIでものを作った。
どれも「やってみようかな」くらいの気持ちで始めたことばかりです。
でも気づいたら、それぞれがちゃんと繋がっていた。
辞めた会社がひいてくれたレールは、たしかに安全だったのかもしれません。でも、どこへ行くかは自分では決められなかった。
それが見えたからこそ「私の人生、それでいいのか」という問いが生まれた。
今は、レールのそばの草むらにいます。
どのレールに乗るか、あるいは自分で敷くか。
サンプルを並べて、ゆっくり考えている最中です。
来年1月、妻と会社を立ち上げる予定です。そのときまでに、自分なりの答えを出せたらいい。今度は、自分たちでレールを創る番です。
人生という壮大な暇つぶしを楽しむために。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
少しでも刺さるものがあれば、スキを押してもらえると励みになります。
