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『メメント・モリ』を名乗る私が、ありふれた今日を見過ごしたくない理由

こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。

つい先日のことです。

夕方の日課のウォーキングを終えて家のドアを開けると、愛犬と愛猫がリビングでじゃれあっていました。

台所からは夕食のいい匂い。

息子は大好きなそぼろご飯を頬張りながら、私の顔を見て「また散歩かい」とつっこんできます。

そして私の返事も待たず、その日つかまえた虫の話を続けている。

何でもない、いつもの夜でした。

ただそのときふっと、この時間もずっとは続かないんだよなと感じたのです。

そういう感覚に、不意打ちされることはないでしょうか。

私だけですかね(笑)。

家族とくだらない話をしているとき。
友人とハイボール片手に笑っているとき。

胸が幸福で満たされているまさにそのとき、終わりの気配だけがそっと横切っていく。

そしてなんとも言えない寂しさが、あとに張りつくのです。

その感覚は、たぶん正しい。
どんな時間も、いつかは終わります。

人生は、片道だからです。

終わりが遠く見えるだけ

ただ人生は、終わりまでの距離が長い。

だから感覚が追いつかず、終わりがあることを実感しにくくなっています。

毎朝これが最後かもしれないと身構えていたら、心がもちません。

だから日常は、当たり前に続くものとして目の前へ並ぶ。

朝が来て、コーヒーを淹れて、誰かと笑う。

その繰り返しの安心感が、終わりの気配をそっと覆い隠してくれます。

東京から二十年ぶりに地元へ戻って、昔いた場所の前を横切る機会が増えました。

通った学校。よく買い物したスーパー。

そのひとつひとつが、ついこの間のようにも感じます。

けれど時計の針は、ずいぶん先まで進んでいる。

その距離に、少しだけ足がすくみます。

終わりを忘れていられるから、私たちは毎日を生きていける。

けれどそのぶん、大切なものが少しずつ遠ざかっていることにも気づきにくい。

私たちはその釣り合いのなかで暮らしているのだと思います。

手を伸ばしても、届かないもの

それでも、ふとした拍子に気づいてしまう瞬間があります。

父と母と三人で交わした他愛のない会話は、もう二度と実現しません。

学生時代の友人と、学生だった頃の私たちに戻って話すこともできません。

昔飼っていた犬と散歩することも、もうできない。

しかも、それは遠い過去の話だけではありません。

去年は抱き上げられた息子が、今年はもう自分の足で先へ行ってしまう。

手が届かなくなるものは、今この瞬間も静かに増え続けています。

誰の胸にも、二度と手が届かない想い出があるのではないでしょうか。

私は昔から、過ぎた時間を思い出して寂しくなることがよくあります。

そんなとき、ふと思い出しては観返す映画があります。

巻き戻せないフィルム

『ニュー・シネマ・パラダイス』です。

エンニオ・モリコーネの音楽で知られる、イタリアの名作です。

舞台はシチリアの小さな村。

映画好きの少年トトは、映写技師アルフレードと歳の離れた友情を育てていきます。

戦争で父を亡くしたトトにとって、アルフレードは父親のような存在でした。

当時その村では、映画にキスシーンが来るたび神父がベルを鳴らしました。

その合図で、アルフレードはハサミでフィルムを切る。

村の人は誰ひとり、映画の口づけを見たことがなかったのです。

アルフレードはその切れ端を、捨てずにそっと手元へ残していきます。

やがて青年になったトトに、アルフレードは告げます。

村を出ろ。ここへは戻ってくるな、と。

少年の可能性を、狭い村へ閉じ込めたくなかったのです。

トトは村を出て、映画監督として成功します。

それから三十年。

訃報を受けて故郷へ帰ったトトに、一本のフィルムが遺されていました。

有名なラストシーンです。

映写室でそれを回すと、かつて切り取られたキスシーンだけが丁寧につなぎ合わされていました。

少年の日に見られなかった場面のすべてが、そこにあったのです。

あの旋律のなかで、トトはひとり静かに涙をこぼします。

過ぎた日々には、もう手で触れられない。

それでも誰かの手のなかで、思いがけない一片となって巡ってくることがある。

あのフィルムは、そういう時間の形をしていました。

この映画は、歳を重ねるほど胸に残ると言われます。

若い頃の私には、正直あの涙の意味がよくわかりませんでした。

けれど四十を過ぎた今は、なぜか自分ごとのように沁みてきます。

レールを降りて、見えたもの

私はこの春、十五年以上勤めた会社を辞めました。

丁寧に敷かれたレールを、自分の足で降りたわけです。

アルフレードがトトの背中を押したように、私も一度は自分に「村を出ろ」と言ったのかもしれません。

会社は、私をずいぶん育ててくれました。

あの場所で積み重ねた時間があったから、今の自分があります。

同時に、多面評価という鏡に映る「良い自分」を保ち続ける緊張感もありました。

あの頃の私は、息子の寝顔を見ながらも翌日の仕事のことで頭がいっぱいでした。

目の前にいるのに、心はここにいない。

そんな夜が、思い返せばたくさんありました。

その鏡から離れてみて、はじめて見えたものがあります。

評価される日々の裏側で、静かにこぼれ落ちていた時間です。

息子が生まれてから小学生になるまでの、あの一度きりの毎日。

気づけばそれは、二度と巻き戻せないフィルムになっていました。

父が漏らした「さみしいなあ」

故郷に帰ると、二十年前のある夜を思い出します。

私が実家を出る前の晩のことでした。

父と母は、あらたまってこう言いました。

最後に、自由と責任をあげる。 自由には責任がついてくるんだよ、と。

反抗期もあって、高校からは父とほとんど話していませんでした。

そんな私を見て、父は普段見せない顔で「さみしいなあ」と漏らしたのです。

当時はその一言の意味を、深く考えもしませんでした。

いまなら、少しわかる気がします。

父が見ていたのは、この数年の私との距離ではない。

生まれた日から十八年、当たり前に隣にいた毎日の終わりだったのだと思います。

あれから二十年。

いま同じ食卓の親の側に、私が座っています。

そぼろご飯を頬張る息子の横顔を見ながら、父のあの声を思い返していました。

父が惜しんだ十八年を、今度は私が数えはじめています。

一期一会という、日本の答え

似たことを、日本ははるか昔から言葉にしていました。

一期一会。

茶の湯から生まれた言葉で、井伊直弼が『茶湯一会集』で大切にした心として知られています。

たとえ同じ人と何度お茶を囲んでも、今日のこの席は二度と巡ってこない。

だから一度きりの出会いとして、互いに心を尽くす。

トトが握りしめたフィルムも、父のあの一言も、突き詰めれば同じことでした。

家族との夕食も、犬とのじゃれあいも同じです。

どの時間も、毎回が初めてで毎回が最後。

似た夜はあっても、同じ夜は一つもありません。

だから私は、この名前で書いている

芽芽斗 守というペンネームは、ラテン語のメメント・モリから取りました。

「死を想え」という意味です。

古代ローマの凱旋式をめぐっては、こんな逸話が広く知られています。

戦に勝った将軍が凱旋パレードで喝采を浴びるとき、背後の従者が耳もとで囁き続けたそうです。

あなたもいつか死ぬ人間であることを忘れるな、と。

暗い言葉に聞こえるかもしれません。

でもこの言葉が本当に伝えたいのは、死の恐怖ではないと思います。

終わりがあるからこそ、ありふれた今日が、二度とない今日になる。

死を想えと聞くと身構えますが、やることはその逆です。

今日の息子の小さな自慢を、ちゃんと受け取る。

壮大な話ではなく、それくらいの小さなことなのだと思います。

私がnoteに残しているのは、MBAで学んだことや個人開発やAIのことだけではありません。

仕事で得たノウハウのような、誰かの役に立ちそうな話だけでもありません。

会社を辞めてからの日々のことも、こうして書き留めています。

たぶんそれも、同じ理由です。

限りある時間を、あとで巻き戻したくなる一片に変えておきたい。

過ぎてから宝物だと気づくのなら、せめて過ぎるそばから書き留めておきたいのです。

時間を止めることは、誰にもできません。

けれど、そこへどれだけ心を向けるかは選べます。

何でもない夜を宝物に変える方法は、たぶんその一点にしかありません。

今夜の、何でもない食卓で

たぶん十年後の私は、今日のこの夜へもう手が届きません。

息子が虫の話をする時間も、犬と猫が足もとを横切る時間も、いつか巻き戻せないフィルムになります。

だからせめて今夜は、息子の虫の話を最後まで聞こうと思います。

続かないから、いとおしい。

それを忘れないために、私はこの名前で書き続けています。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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