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最近は、気分のいい日が多い

中国に来て10カ月が過ぎた。私の中国生活は、多分あと12~13カ月の命。
最近は、気分のいい日が多い。

これはまずまぎれもなく、自分のお城ができたからだ。

外で何があろうと、家に帰ればどうにかなるという安心感に日々つつまれている。
一人では大きすぎるキングサイズのベッドと、ソファー、そして十分なスペースのある作業用のデスクに大きめの冷蔵庫、広いキッチン、何時間籠っても怒られないトイレといつでも浴びられるシャワー、それにお気に入りの香水と、履き心地の良いスリッパ!

家が学校から遠くなってしまうことも、最初こそ懸念していたものの、意外と、通学時間は頭を空っぽにできるよい時間になっている。(通勤ラッシュの時間帯には、まさかのバイク・自転車の列も渋滞ができて大変イライラするのだけれど、)空いている道をスピードをあげて電動バイクで走り抜けられるとき、風を感じては、ああ生きてる!という爽快な感覚を得られる。

もちろん、ここまで来るのは簡単ではなかった。
家具つき物件のはずなのに、引っ越してきた時、キッチンには調理器具一つなかったし、一部の窓にはなぜかカーテンがついていなくて、朝5時に目覚めることも多かった。カーテンをつけてほしいと仲介業者に頼んだら、「黒い紙でもガムテープで貼れば?」といわれたので、「これは話にならないやつだ…」と思い、自分で寸法を測って、ぴったりのクリーム色のカーテンを買った。デスクについてた椅子はすぐに腰が痛くなるので、ECサイトを見ては「なんかしっくりこない…」となり、届いたら届いたで「部品足りないじゃん…(返品)」を繰り返した末、見た目よりもずっと座りやすい、真っ赤な椅子を手に入れた。

初期投資だけではなく、日々の手入れも無論欠かせない。
リフォームしたてとはいえ建物の配管は古く、たまに謎に下水のにおいが部屋に充満するので、いつでもパイプユニッシュを出動する準備はできている。風が強い高層階なので窓は一切開けられず(網戸もない)、部屋の中に虫が出るのが怖くて、毎日生ごみを外に捨てに行っている。

この前、最近ヨーロッパ駐在から日本に帰ってきた先輩と話し、共感してもらえたのだけど、ヨーロッパ(スウェーデン)で暮らしていたときは、日常のなかにほんのりとした幸せが溶け込んでいて、それがずっと続いている感覚が強かった。

一方日本では、日常生活の中に、あまり幸せを感じる余裕はなかった。だからこそ、たまの幸せを味わうために、退勤後にちょっといいお店でディナーしたり、休日に遠くに旅行に行ったりという消費活動を、頻繁にしていた。

今の生活は、前者に近い。あんまり友達も多くなくて、働いているわけでもないから、自分で自由な時間を謳歌できてるという要因が大きいのかもしれないけど、とにかく毎日のデフォルトがなんとなく幸せな状態、という境地にまた至れたことがとてもうれしい。
(もちろん、消費するだけで一瞬でも幸せを得られるお店があちこちに点在している東京は、凄いと思う。よさそうなお店はあるものの、やはり中国で、中華以外の外食には未だに全く満足できない。この前、見た目がOKそうなケーキを頼んだら、ドリアン味だった。文字通り閉口した。)

さらに中国の面白いところは、自分のお城を一歩出ると、パワフルでクレイジーな世界が広がっているということだ。

最近ツボったのは、日焼け対策に目出し帽さながらの布をかぶって全く顔の皮膚が見えない状態で街を歩いている女性が散見されるようになったことと、地下鉄でめっちゃ生の鶏肉のにおいがする白いビニールにつつまれた何か巨大なモノを台車で必死に運ぶおばちゃんを観測したことなど、例を挙げたらきりがない。

お城にやってくる前は、常にパワフルクレイジーの世界にかき乱されすり減っていたけど、家で私も十分に心身のパワーをチャージしたうえで、そのような世界でいろんなミッションに取り組んでいくことは、とても刺激的で楽しい。

特に私のように、経験が人をつくるという信念が骨の髄まで刻み込まれている人間にとって、日本のようには「こうすればああなる」が一意に定まっていない社会のなかで、トライアンドエラーを繰り返しながら経験値を積んでいくことは、そのたびに自分がアップデートされているような感覚を得られて良い。

実は、ここにきてやっと、もっと中国語をがんばりたいというマインドセットを得ることができた。今は、シチュエーションにもよるものの、中国語では自分の言いたいことの半分くらいしか表現できない。これまでは、必要な手続きとかがあれば、事前にちょっとAIで単語をインプットしていけば事足りるので、それでもいいと思ってた。

だけど、私が中国社会で一番魅力的に思う点は、「気安くしゃべりかけてもよさそうなおじさんおばさん」が日常のそこらじゅうにいること、「友達の役にめっちゃ立ちたいマインド」を持っている人が多いことな気がしてきた。
中国人、他人にはスーパー不愛想で、人口も多いから、そういう顔の見えない人海の渦の中にもまれると、溺死しそうな気分になる。でも、その中の誰かと何かのきっかけで少しだけ会話ができるとき、そのあと決まって見せてくれる人懐っこいスマイルには、何度だって胸を射抜かれてしまう!

だから私は、もっと中国生活の記憶を市井の中国人の笑顔で満たしていきたくて、そのために、必要以上に中国語を勉強していきたいなあと思う今日この頃。