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塩田 武士 様

私は、かつて、このような心震える作品に出会ったことがありません。頭をガツンとやられました。この作品は、極めて野心的で、挑戦的で、かつ、叙情的でした。

序章「宣戦布告」では、「第五の権力」へ強烈な問題提起がなされました。伝統的な三権(立法・行政・司法)は、人間の叡智の産物であり、「第四の権力」であるマスメディアは、先の大戦へ加担した代償として、ようやくリテラシーを獲得しました(今や、オールドメディアと揶揄されていますが…)。

「第五の権力」となったネットメディアは、そのあまりにも急激な膨張力故にリテラシーが追いつかない状態になっています。まるで一般道を交通ルールなしで、しかも、速度制限なしで走っているようなものです。

そこにあなたは、「誰かが死ななきゃ分かんないの?」とシンプルに問い、「表面的な正義感で研いだナイフ(P17)」を振りかざす輩や「『匿名性』の笠の下で湿気ている自らを棚に上げ、真偽不明の情報を弾丸にし、ひたすら”悪い奴ら”を撃ち続ける(P259)」『安全圏のスナイパー』を糾弾しました。

しかし、これらは個人に向けられているものではなく、社会システムに向けられた「怒り」だからこそ、私を感動させたのだと思います。「怒り」とは、大きなチカラにこそ向けられるべきものです。

その反面、作品を彩る表現は、極めて叙情的で、多重的でした。私は、この小説を読むにあたり、作品に登場するすべての楽曲をプレイリストにまとめ、各々のシーンで音楽を聴きながら、作品を読みました。いや、そうしないとこの作品が活きないと直感したのです。

直木賞の選考委員は、果たしてそのような読み方をしたでしょうか?していないなら、この作品の良さは「わかんねェだろうナ(松鶴家千とせ)」です。

言葉は、舟。僕らは、その舟に意味という荷物を載せて、相手に伝えようとしますが、昨今、その意味の共通理解が取れなくて困惑しています。同じ言葉を使っているのに、話が通じないのです。

世の中には、まだ上に掲げたような「ロゴス(Logos)の問題」があります。だから、ますますのご活躍をお祈りします。私も微力ながら発信し続けます。良い作品をありがとうございました。

塩田武士著「踊りつかれて」2025.5.25 文藝春秋

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