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私は、ある時期、自分について考えた。

なぜか?
その時の気持ちを書いた以下の記事も併せて読んでほしい。

私は、何がしたいのだろう?
私の存在には、どんな意味があるのだろう?
私の社会における位置づけは?

私は、私に拘っていたし、ある意味、身勝手だった。
わがままに徹する私を 妻は気長に待ってくれた。
つまり 信じてくれたのだ。

視野はどんどん私の内側に向かって注がれていく。
思いつく言葉はどれもがどこかで聞いたようなものばかりで
自分のものでない気がする。

もどかしく それでも 言葉の手垢を落とし
自分を 言葉で 定義していく
すると、私の存在はどんどん薄く、小さくなり、遂に無くなった。

そうだ 私は「点」だ。
座標としては存在するが、大きさを持たない。

夫、父親、社会人、自営業者、市井の人、民生児童委員、市民、県民、国民など様々に呼ばれるが、それらはすべてが関係性によるものだと気づいた。
関係性という座標によって 位置づけられている私

それ以来、自分のことはどうでもよくなった。私の視野はクリアになり、世界が広がって、私は、自分の存在の正体に気がついた。

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