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ラーメン屋である僕たちの物語1st ③











「Roller Coaster」










ジェットコースターみたいだった。



一度乗り込んだら、途中で降りられない。


強引に連れていかれるように、急加速と急降下の連続。


頭では冷静なふりをしていても、身体のどこかはずっと揺れていた。


それが、5年ぶりに親父に会いに行く、その日の僕の心の動きだった。


仕事終わり、迎えに来てくれた先輩の車に乗り込みながら、


僕の頭の中は、ずっと同じ場所をぐるぐると回っていた。



この先に、親父がいる。



5年ものあいだ、目を合わせていないあの男が。



時間が空きすぎていた。



何もなかったかのように会えるわけがない。



かといって、あの日のことを持ち出す勇気もない。



どうしたらいい?



何を話せばいい?



最初の一言、どう始めればいい?



……そもそも、僕は会いたいのか?



それすら自分に問いきれていなかった。



心臓がバクバクと音を立てる。



呼吸が浅くなる。



頭は熱いのに、手のひらはじっとりと冷たかった。



僕はこういうとき、逆に口数が増えてしまう。



どうでもいい冗談を言って場を埋めたくなる。



「あの親父のラーメンなんか食べたらおなか痛くなりますよ!人数分の救急車、手配しておきますから!」



「『親父と息子の涙の再会』なんて期待しないでくださいよ!俺、気付かれないようにラーメン食べて帰りますから!」



先輩たちに軽口を飛ばしながらも、僕の意識はずっと“その瞬間”を考え続けていた。




「よっ、久しぶり」



いや、軽すぎる。



「親父、元気だった?」



アホか。



言葉にならないもやもやが、胸の奥で泡立っていた。



気づけば、車窓に「藤沢駅南口入口」の信号が見えてきた。



もうすぐ。曲がれば、そこが“現場”だ。








……ああ、ついに来てしまった。



『七重の味の店 めじろ 』 はスナックの居抜き物件だった。
狭くて、古くて、でもどこか温もりのある店だった。





先輩が車を停めた。


「ここか! 腹減ったな〜。大西、先に行けよ!」


軽く言われたその一言が、すごい力で背中をぐいっと押してきた。


「……はい」



ぎこちない声が自分の口から出るのを感じながら、


僕は暖簾をくぐった。



この一歩で、何かが変わるかもしれない。


……でも、それはまだ怖かった。



「ガチャ」



小さくて軽い黒塗りの扉。


そのくせ、やけに重く感じたノブ。


扉を開けると、屋台のようなオレンジ色の灯りが僕を包んだ。



その灯の先に、…親父がいた。


ニコニコと、お客さんたちと談笑している親父がいた。



子供の頃から見慣れたはずの、でも、初めて見るような笑顔。


僕にとっては、スクリーン越しに見る映像みたいに遠かった。






「……よう」





出てきた声は、それだけだった。



もっと何か言いたかったのに、声が喉でつかえて、出てこなかった。


親父は一瞬だけ固まった。



その目に、驚きとも困惑ともつかない色が浮かんだように見えた。



そして、次の瞬間、




「……ぼくの息子です!」




思いがけない声が、店内に響いた。




えっ?



内心、思わず息を呑んだ。



(そんな風に紹介するんだ……)



ちょっと悔しいけど、素直に言うと、嬉しかった。



「おお〜!長男? 初めまして〜!」



「……あ、どうも」



としか言えなかった。



人見知りもあるし、急すぎて、何も準備できていなかった。



後ろから先輩の声が飛ぶ。



「大西! 腹減ったから、ラーメン頼もうぜ!」



助かった。



その言葉に乗じて、券売機の前に逃げた。




……券売機。



めじろ名物、一文字メニュー
親父は常連さんの名前を当てたりしていた


メニュー、多くないか?



どれも微妙に違っていて、選びにくい。



ちゃんと覚えていないが、この時はまだ「一文字メニュー」じゃなかった気がする。



(たしか「東京ラーメン」とか、そんな名前だったはずだ。)



迷った末に選んだのは「油ねぎら〜めん」。



ラーメン雑誌で知っていたが、親父の代名詞といえば「ねぎ」。



“ねぎの魔術師”と呼ばれていた。



カウンターの奥の、親父に背を向ける席に腰を下ろす。



……ラッキー。



向き合わずに済む。



しばらく、先輩たちとの会話で緊張を誤魔化していると、ラーメンが出てきた。



キラキラと、スープが輝いていた。



ねぎ油の香ばしさが、湯気と一緒にふわっと広がる。



「いただきます!」



先輩が元気に手を合わせる。



僕も、それにならって、そっと箸を取った。



一口。



……ん?



なんか、薄い? パンチがない……?



拍子抜けした。



こんなもん?



期待してたほどじゃないな……なんて、心の中で文句をつけていた。



でも、すすり続けるうちに、



何かがじわじわと変わっていく。




……味が、あとから追いかけてくる。



静かに、でも確かに、口中に広がってくる。



最初の印象とはまったく違う、柔らかな余韻。



気がつくと、完食していた。



先輩たちも同時に丼を置き、「ごちそうさま」と言った。




そそくさと店を出て、外に出た僕らは、煙草に火をつけながら語り合った。




「美味いんだけどさ、なんかパンチないよな〜」




先輩の言葉に、僕は曖昧に笑った。




正直、僕も、あのラーメンが分からなかった。




「ま、うちの適当な親父が作ってるんで、そんなもんですよ」




口に出してみたけど、




それが本音なのか、強がりなのか、自分でも分からなかった。




ただ、ラーメンを食べたあと、心が少しだけ軽くなっていた。




ジェットコースターを降りた後のように、足がふわふわした。




“任務完了”





その日は、お酒を飲みに行く気にはなれず、そのまま帰宅した。













数日後。



仕事中、先輩が言ってきた。



「なあ、大西。今日終わったら親父さんのとこ行かねぇ?」




「え? あれ、パンチないって言ってませんでした?」



「いや、それがさ……なんかまた食いたくなったんだよ、あれ。クセになるっていうかさ。な?」




僕は少し笑った。




僕も同じだったからだ。



あの日から、ふとした瞬間に、思い出す。



あのラーメンの、やさしい香りと後味。



また、食べたくなっていた。




「……分かりました。お付き合いしますよ」




2回目の訪問が決まった。












「よう」




「おう」





ぎこちなかった初回と違って、2回目のあいさつはそれだけだった。



(ちなみに後日談だが、初回の「ぼくの息子です!」発言は、

カウンターにいた親父の彼女への“牽制”だったらしい。

知りたくなかったけど、まあ……あの親父らしい)




今度は塩ら〜めんを注文した。



香りは良い。



でも、やっぱり一口目は味が薄い気がする。



……けれど、そのあと。



旨味が、ゆっくりと、舌に染み込んでくる。





ズズッ…




ゴクッ…




ゴクッ…







また完食してしまっていた。













「いや〜、大西の親父さんのラーメン、美味いわ。俺、分かってきた!」




店の外で先輩が興奮気味に語っていた。



……僕も、分かってきていた。



認めたくなかったけど。



あのラーメンの美味しさを。




そして、少しだけ。




あの男を、自分の父親のことを、知りたくなっていた。




先輩のラーメントークを聞き流しながら、僕は空を見上げていた。




夜風が、紫煙をふわりと攫っていった。









……to be continued

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YOSHIMI LOVINSON|大西芳実 ご一読&応援ありがとうございます!よかったらチップの応援もよろしくお願いします!非常にモチベーションになります!