この石、誰が積んだんだろう。
我が家には、大きな石積みの塀がある。
でかい。
とにかく石がでかい。
今ならユンボを呼びたくなるサイズの石が、普通の顔をして積まれている。
どうも
移住し、石の上に3年暮らして4年目を迎えたナオです。
家の周りや田んぼの近くを歩いていると、あちこちに石積みがある。
山の斜面。
棚田の縁。
道の脇。
家の土留め。
何気なくそこにあるけれど、よく見るとすごい。
石を積んで、土を止めている。
石を積んで、道を作っている。
石を積んで、田んぼを平らにしている。
今なら、コンクリートを流す。
重機でならす。
業者さんに頼む。
でも、昔の石積みには、また別のすごさがある。
そこにある石を使う。
形の違う石を見て、向きを決める。
大きな石を表に出す。
小さな石を隙間に噛ませる。
奥には水が抜けるように石を詰める。
石積みは、ただの壁ではない。
土留めであり、排水装置であり、昔の人の知恵のかたまりである。
石と石の間に隙間がある。
そこから少しずつ水が抜ける。
完全に塞がないことで、壊れにくくしている。
きっちりしすぎない強さ。
人間関係にも使えそうである。
全部きっちり詰めると、どこかで圧がかかる。
少し隙間がある方が、長持ちする。
石積みに人生を教わるとは思わなかった。
棚田もそうだ。
米を作る前に、まず土地を作っている。
水を引く。
斜面を削る。
石を積む。
土を入れる。
水を張る。
そして、やっと田んぼになる。
つまり棚田は、米より先に石を積んでいる。
そう考えると、昔の人の労働量に少し黙る。
今の自分なら、まず検索する。
「石積み やり方」
「大石 動かし方 人力」
そして多分、動画を見ながら途中でそっと画面を閉じる。
無理だ。
昔の人は、それをやっていた。
人力で。
梃子を使い、丸太を使い、近所の人たちと声を合わせ、少しずつ石を動かしたのだと思う。
一人の仕事ではない。
家族の仕事であり、集落の仕事であり、暮らしそのものだったのだろう。
石積みを見ていると、昔の人の声が残っている気がする。
もちろん、今ある石積みも放っておけばよいわけではない。
草は生える。
木の根は入る。
大雨で石が動く。
昔の人が積んだものを、今の僕らが見て、直して、次に渡していく。
家の裏の石積み。
田んぼの畦。
苔のついた石垣。
名前の残らない人たちが、手で積んだ文化がある。
我が家の石積みを見るたびに思う。
この石、誰が積んだんだろう。
どんな顔で、どんな汗をかいて、どんな文句を言いながら積んだんだろう。
たぶん、めちゃくちゃ大変だったと思う。
でもそのおかげで、今ここに家があり、道があり、田んぼがある。
昔の人は、石を積んで土地を作った。
そして僕らは、その上で暮らしている。
