気づきを忘れてしまうなら ―リマインダーを身につける
今回はトランサーフィンとは違うお話です。
マインドフルネスという言葉の意味は、わたしの理解では「いまここで体験していることに気づいている状態」です。言いかえるなら「気づきのある状態」となるでしょうか。
マインドフルネスと銘打たれた瞑想法やその他のワークや、ヴィパッサナー瞑想などに取り組むことで、この状態を経験することは誰にとってもそんなに難しいことではありません。それに、なにか特別なことをしていなくても「一瞬、我に返った」経験や、「自分をみているもう一人の自分」という感覚を抱いたことはあろうかと思います。
やや誤解されていることもあるのですが、この「気づきのある状態」と、悟りや覚醒と呼ばれているそれとは、おなじことの程度の違い、プロセスの進行具合の違いではありません。すなわち、気づきのある状態、マインドフルネスであることは悟りへの第一歩である、というような認識は間違いとはいえませんが正確性に欠けています。
なぜなら、悟りにおいて気づいているのは自分ではないからです。上に「自分をみているもう一人の自分」と書きましたが、つまり、マインドフルネスはエゴ(自我)がエゴ自体(が知覚しているものすべてを含む)を観察している状態であり、一方、悟りではエゴは観ている主体ではありません。観ているのは存在しているすべてであるところの非個人的な意識であり、わたしやあなたのその個人的な意識(すなわちエゴ)は観られている対象物です。このことを観照といいますが、詳しいことは例えばブログのこの記事などをお読みください。
わたしはマインドフルネスや、それに取り組むことを否定しているのではありませんし、むしろ推奨するためにこの記事を書いています。それなのに、あえてこのようなことを書いたのは、この違いをあらかじめ知っておくことは大切だと考えるからです。
さきほど、マインドフルネスは悟りのプロセスの一部ではないと書きましたが、実際には悟りや覚醒の起きた人が、それ以前にマインドフルネスの状態を経験していることは多いと思います。もっとも、悟りや覚醒自体、多く起きる事象ではありませんが。
でも、それじゃあマインドフルネスに一生懸命取り組んでいれば、いずれは悟りが起きる(悟る、という言い方をする人は悟りがなにかを知らない可能性が高いです。なぜならエゴが悟るわけではなく、悟る主体などいないからです)のかというと、確率的にいって、なんにもしていなかった人にある日突然悟りが起きる確率と、そんなに変わらないのではないでしょうか?
つまり言いたいことは、マインドフルネスはとってもいいことだけれども、マインドフルネスになったといって、悟った、もしくは悟りに近づいたと思うのは誤りですよ、ということです。このことを知らないとマインドフルネスの進み具合によっていわゆる魔境や禅病といったエゴの勘違いからくる暴走に陥る可能性が高いです。悟りや覚醒が起こると人はとても謙虚で親切になるものなのに、マインドフルネス極めし我は偉大なり、などという雰囲気が多少なりとも滲みでてしまっては、その人が気の毒です。
さて、前置きが本題よりも長くなってしまいました。
いずれにしても、気づきのある状態で日常生活を送られるようになることは、様々な面でメリットがあります。仕事でのパフォーマンスは向上するでしょうし、人間関係においては感情に振り回されることが少なくなるだけで十分に恩恵があるでしょう。また、そのようなメリットが生活上に現れることも含めて、自分の思考や感情、それから外側の世界で起きていることに気づいていれば精神衛生的にもよい影響がもたらされるはずです。
そのような気づきのある状態を経験し、その状態でいられる時間をなるべく長くできるようになるためには、なんといっても瞑想がおすすめです。わたしは教える者の立場としては、瞑想を第一には考えていないのですが、それはわたしの書いたもの(とくにBLOG)を見つけてそれを読む人で瞑想をしたことのない人はいないだろうということを前提としているからです。
とはいえ、わたし自身も昔はせっせと瞑想しましたし、いまでもまったくやらないわけではありません。ただ、こういうことを言ってはなんですが、瞑想って要するにただ目を瞑るというだけのことですから、そのやり方とか意味とか意義とかについてあれやこれやと語る気がしないのですよね。誰でもやろうと思えば簡単にできることですし、お金もかからなければ、特別な場所を用意する必要もありません。やってどうなるか、どんな意味があるかも、やってみれば分かることです。
そんなこんなで瞑想にはあまり触れないのですが、もうひとつには「瞑想で得たもの(つまりマインドフルネス)を日常生活に持ち込めなければ意味がない」と考えているところがあります。今回はそのことへの対応策として、以前わたしが実際にやっていたことを思い出しましたので、ちょっと紹介したいと思います。
といってもそれはとても簡単なことです。その当時わたしは長髪だったので、ヘアゴムで髪をいつも束ねていました。そのためヘアゴムは予備として常にいくつか持っていたんですが、ある時にこのヘアゴムをリマインダーとして使うことをふと思いつきました。
具体的にはヘアゴムを一本、つねに手首にはめておくのです。左右どちらでも構いませんが、左手に普段時計をする人なら、空いている右手のほうがよいかもしれません。そして、ヘアゴムを見るたびに気づきを思い出すようにする。これだけです。
瞑想をはじめた初期のうちはとくに、生活の中ではいつの間にかその時の状況や思考に巻き込まれて(=一体化してしまって)、気づきを忘れがちです。そして、なにもしなければ、気づきを忘れてしまっていることにさえ気づくことがありません。
リマインダーはヘアゴムでなくてもなんでもよいでしょう。女性の方ならネイルをリマインダーにしてもよいかもしれませんし、指輪もよさそうです。在宅ワークしている人なら極端な話、手の甲にマジックで「思い出す!」とか「AWAKE ! 」などと書いてみるのが直接的でよいでしょう。
注意点としては、手とか手首以外の部位だとなかなか目につかなかったりするのでネックレスとかアンクレットのようなものにリマインダーとしての意味付けをするのは避けるべきです。また、手首といっても腕時計は普段からそこにするものであるため、リマインダーとしての意味付けをしてあることを忘れてしまうリスクがあります。その点でいえば、ヘアゴムも黒ではなく、色のついたものにした方がリマインダーとしては効果的です。
応用編としては、たとえば青色のヘアゴムをリマインダーとするなら、ついでに青色=リマインダーというふうにあなたの中で決めるとよいです。こうすることで、ヘアゴムだけでなく、あらゆる場所で青色のものを見かけたとき、それをリマインダーとして気づきを取り戻すことができるようになります。
最初のうちはヘアゴムを見るたびに「あ、思考に巻きこまれていた」「ぜんぜん気づきがなくなっていた」となることばかりですが、慣れてくると気づきのある状態のままヘアゴムを見ているようになっていきます。
この要領に慣れてくれば、たとえば「時計を見たときに(=時間を気にしたときに)気づきを思い出す」とか、「信号で立ち止まったら思い出す」というように、日常生活の様々なシーンにリマインダーを設定していきましょう。いずれはどこにいて何をしていても、ほぼほぼマインドフルネスな状態でいられるようになるでしょう。
実は、そういう状態になってからでないと、さきほど書いた観照ということがらについて、それが本当にそうであること(真理であること)を、自らの体験から検証することができません。このことについてはここではこれ以上踏み込みませんが、詳しく知りたい人はBLOGのほうを読んでみてください。
タイトル画像はGABの画像生成AIに作ってもらった「意識を目覚めさせるブレスレット」です😌 この手のスピリチュアル開運グッズやパワーストーンの数珠とかでももちろんリマインダーには使えますが、逆にいえばリマインダーとしてしか使えません😌 自分の外側にあるものにパワーがあると信じることはやめましょう。それはインチキ教祖に騙されるのと同じことです。
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